ど-329. お坊ちゃまではない
とある所に、お金持ちで我儘な御坊ちゃまが居ましたとさ
「旦那様、言えばモノが出てくるような時代は終わりを告げたのです」
「は?」
「ですから旦那様、言えば――」
「いや、別に繰り返して言う必要はない。お前の言ってる事が理解できなかったわけじゃないから。ただお前がそんな当たり前のことをいきなり言いだした理由が分からねえんだよ」
「当り前の事、ですか」
「ああ。だってそうだろ? 言えばモノが出てくるって、そりゃなんだって話だ」
「何だも何も昨日までの旦那様ご自身では御座いませんか」
「え、俺?」
「旦那様、もしや気づいておられなかったので?」
「いや、気づくも何も……って、え、俺の事?」
「そう何度も確認を取られずとも、そうであると申し上げているではありませんか」
「いや、だって、なあ? つーか、一体いつ俺が何か言ったらその通りのモノが出て来た時があったと?」
「お金が欲しいと言えばお金を渡した記憶が御座いますが?」
「いや、それ俺が稼いだお金じゃね?」
「服が欲しいと言えば服を与えた事も御座います」
「服はそもそも放っておいても被服部の奴ら……特にカラオーヌの奴が勝手に作るだろ、ってか俺の為に作ったんだから着ろとかって最初に強制してきたのは確かお前じゃなかったか?」
「その様な事も御座いましたと、確かに記憶しております」
「そうだろ、そうだろ」
「棲む処がないと言えば住処を与えた事も御座います」
「いや、それは――まぁ反論のしようがない事実ではあるんだけどな」
「そうでしょう、そうでしょう」
「……うわ、お前にそうしたり顔されるとムカつくなー。いや、表情変わってないけど」
「食事が欲しいと言えば餌を与えた事が御座います」
「それは……つーか、お前の言ってる事が次第に酷くなってきてる気がするぞ」
「何の事でしょうか?」
「さっきも“すみか”やら“餌を与える”やら、俺はどこぞの野生動物かって」
「そうであったならまだ可愛げああるモノを……」
「……おい」
「事実では御座いませんか。旦那様に可愛げというモノが、ある一面においては皆無であるのは羞恥の事実」
「……いま、何か凄く聞き違えた言葉があった気がする」
「そうでしたか? 旦那様の『ヒトにばれるなど以ての外、恥ずかしくて外も出歩けません』などと思わずにはいられない“羞恥”の事実などいくらでも、それこそ捨てて吐く程にあるでは御座いませんか」
「いや、ないだろ」
「……ふぅ」
「なんだよ、そのため息は?」
「いえ、私は旦那様に一度にすべてをご理解していただ事などという浅はかな考えを持っているわけでは御座いません。今は取り敢えず、『“おい”とか“アレ”とか言って、何でもすぐモノが出てくると思ってんじゃねぇぞ、んな事はテメェ自身でやりやがれ、このボケェがっ』と、言う事を頭の隅に置いておいてくだされば宜しいのです」
「……今、お前の本音を垣間見た気がする」
「そうですか? ――私としては、旦那様の真似をしてただけなのですが、似ていませんでしたでしょうかね?」
涙を拭いてぇ〜、彼はてるまで〜
やんや、やんや!
愚痴ノート選抜
『悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい。
目を覚ますと目の前にはあのヒトの顔。なんて憎らしい顔で“よう”なんて声をかけてくるのか。
少しとはいえ動揺してしまった事も悔しいし、動揺させられたことも悔しい。
何より、安心して二度寝してしまったんど深くもいいところ。
今更ながら、こんなふがいない私をあのヒトに呆れられなければいいのだけれど』




