ど-325. 冷静?
最も似合わない言葉。
「冷静になれ、俺」
「如何なさいましたか、旦那様?」
「ん? いや、いつも俺はちょっとしたことで熱くなりすぎる癖があるからな。こうして努めて冷静に自分を保とうとしているわけだ」
「そうで御座いましたか。それは大変な無駄な努力、お疲れ様に御座います」
「ふん、無駄かどうかはすぐに分かる事だ」
「そうで御座いますね?」
「でもこうして冷静にしてお前の事を見てると、色々と粗が見えてくるな」
「粗、ですか?」
「そうだ。たとえば、そう。お前が今みたいな挑発行為をする瞬間には微かに躊躇いが、そして今みたいに俺が挑発に乗った瞬間に少しだけ機嫌が良くなってるお前がいる」
「……ふむ」
「つまりどういう事かと言うと、俺に構って欲しいお前は内心ドキドキで、今は俺に構ってもらう事に成功したから喜んでるわけだ」
「……」
「しかし……こうして冷静に分析してみると何とも可愛げのある行動じゃねえか。ただ行動の内容とかが派手過ぎるってのが大問題なんだが」
「……今ので講釈はお終いで?」
「ああ。そしてズバリ今は自分の行動を指摘されて照れてるってところだなっ!」
「流石は旦那様」
「ふふんっ、伊達に何年も付き合ってないさ」
「いえ。そのように要所でのみ見事誤認をされるのは流石旦那様であるとお褒めしただけです」
「……ん、誤認? いまの俺の言った事が間違っているとでも?」
「はい、一応旦那様にでさえも通じる言葉でそう申し上げておりますが、旦那様はそう聞きとる事が叶いませんでしたでしょうか?」
「言うな、照れ隠しの癖に。……それじゃ今のどこが違ってたのか、指摘して見せろよ」
「はい。では旦那様、僭越ながら申し上げますがヒトとは事実を指摘されることほど腹が立ってしまう、というのはご存じでしょうか?」
「ああ、それくらい当然だろ。本当の事を云われて逆上するバカほど傍迷惑なもんはないしな」
「で、ございますね」
「それと今の俺の間違ってたって所の指摘と何が関係あるんだ?」
「では旦那様、重ね重ねご質問いたしますが、私が旦那様の仰られた通りであったとして、……――」
「……ん?」
「そうなのっ、だからお願い、もっと私に構って、旦那様っ!」
「ぇ、ぁ、あぁ、仕方な」
「――……などと言うと思いますか?」
「……今の演技は迫真だったけどな。そう言われると確かに、むしろお前の事だからソレを逆手に取って俺に何かを仕掛けてくるという考えも……はっ!? なるほど、今のがそれかっ!!」
「……」
「危ない危ない。何時もみたいにまたお前の策略に流されるところだった。そうだ、冷静だ、冷静になれ、俺」
「……今更の様な気もいたしますが?」
「気の持ち様なんだ。放っておけ」
「そうですか。そこまでご理解しているのであれば、私は何も口を挟みはしませんが」
「……よし、俺は冷静だ。極めて冷静だ、俺」
「……しかし旦那様にも困ったものです。どうしてこうまでピンポイントで、余計な事ばかりにお気づきなさるのか。そしてどうしてあそこまで気づきながら、あっさりと騙されてしまわれるのか、本当に、私の旦那様は――」
すたこらさっさと逃げ出そう。
愚痴ノート選抜
『本当に、旦那様は余計な事にばかり無駄な気が回ると実感した。
それがあのヒトのいいところであるとは理解しているけれど、もどかしい事に変わりはない。
もっと、気づいて欲しい事が他にもあるのに』