ど-320. 好きも嫌いも
にゃむむ……
「全く、何なんだっ!」
「全く、何なんですか?」
「それは俺の科白だ。お前、一体どういうつもりだよ?」
「旦那様の意図が理解できてしまうのですが、詳しい説明をお願いいたします」
「判ってるなら説明も何もないだろ、てかおまえの事だからやっぱりちゃんと理解しての行動だったか」
「当然では御座いませんか。御自身の事を何一つ理解しようとなさらない、もしくは全く見当違いの方向にのみ理解される旦那様とは、私は異なりますので」
「よーしっ、最近のお前の行動と言い今の科白と言い、喧嘩売ってるな? いや売ってないって言ってもむしろ俺の方から売りつけてやるから覚悟しやがれよ、おい」
「まあ旦那様、今更ながらの反抗期でしょうか。実に……微笑ましい限りで御座いますね?」
「ふふふふっー、俺にも我慢の限界があるって事を教えてやるっ!!」
「私としては旦那様の辞書とも言えない薄っぺらいだけの頭の落書き帳の中に我慢などという言葉が在ったこと自体が驚きですが?」
「も―怒った! いや怒った!! 絶対怒った!!! 俺は怒ってやるぞっ!!!!」
「まるで好きな異性の注意を引きたくて思わず悪戯をしてしまうような微笑ましいだけの、実に見事な台詞に御座いますね、旦那様」
「お前がそう余裕ぶっている事が出来るのも今の内だ。今回ばかりは俺はほんっっっとうに怒ってるんだからなっ」
「……、冗談でも演技でもなく、本気で?」
「そうだよっ!!」
「……はて? 私の微笑ましいイタズラで旦那様が転ぶ傷つく吹き飛ぶ落ちるなじられる嬲られる死にかける――などなどはいつもの事ですし、旦那様が女性の方々に振られ怒られ嫌悪され追いかけまわされるのも旦那様の自業自得に御座いますし、件の花壇の方は鋭意再建中……は全く関係ないこととしましても、秘密の引き出しをねつ造の上皆様方にそれとなく伝える等の旦那様の冤罪を遠まわしに勘違いさせることは引き続き行っておりますが旦那様もまだ完全な把握はなされておられないはずですし、何に怒っておられるのでしょうか?」
「効いてるだけで涙が出てきそうな内容だったな」
「その様な感動的な話でもなかったはずですが?」
「悲しくてに決まってるだろうがっ!!」
「そうでしたか」
「そうだよ……つーか、叩けばまだまだ埃が出てきそうな勢いだよな」
「旦那様がお望みとあらば短くまとめて……そうですね、一日半ほどで日々の私の成果の程を語ってみますが如何なさいますか?」
「結構だ」
「それは残念」
「んな聞いてるだけで鬱が入りそうなもの、誰が進んで聞くかっての」
「旦那様がいるでは御座いませんか」
「さも俺が喜んで鬱に入るみたいな言い方は止めろっ!」
「『えむ』とはマッドサイエンティストの略称でしたでしょうか?」
「いや違うから。それとおまえの言いたい事はちゃんと理解してるつもりだから、それ以上言うな、喋るな、口を開くな」
「……」
「そもそも、だ。今回ばかりは――いや、今度こそ俺は本気で怒ってるんだよ。日ごろの溜まった鬱憤ももう限界だ!」
「……」
「おい、黙ってないで何とか言ったらどうだんだよ?」
「……」
「ナントカ――って、そんなくだらない事を言うほど、流石のお前も馬鹿じゃなかったか」
「……」
「でもな。お前、俺が日頃何もし返さないからって何しても許されるとか、そういう勘違いしてるんじゃないのか?」
「……」
「お前がな、日頃からどう思ってるかは知らないがやって許せる事と許せない事があるんだぞ、つーかお前のやってる事は俺以外だったら絶対許せないような事ばっかりだよ!」
「……」
「ああ、そうか。何も言う気はない、言うことはないってか」
「……」
「はっ、お高くとまりやがってっ!!」
「――」
「……ん?」
「旦那様、ご無礼を承知でご命令を――旦那様が下さった心よりのご命令を破らせて頂く、この私めの不遜をお許しください」
「はぁ? 今更命令を破るとか破らないとか言える口か、このっ」
「旦那様の方こそ――高々料理の中に嫌いな野菜が一種入っていた程度で何ですか」
「煩いよっ。嫌いなもんは嫌いなんだよ。大体ピエトロは絶対、食べる物じゃねえ! こればっかりはたとえファイの料理をたらふく腹一杯食うのとどっちが良いって言われたとしてもファイの料理を選ぶね、俺はっ」
「しかし旦那様、モノは考えようですね。“軽く酔っている”とはいえ、日ごろから旦那様が私の事をどのように見ていたのか、本日は大変良く理解する事ができました。喜ばしくないのが、誠に残念な事では御座いますが」
「はあ? はぁぁ!? お前、ナニ開き直ってるの? 俺は怒ってる、そう言ってるだろうが。お前、覚えてる? 覚えてますか―?」
「覚えておりますとも。旦那様の暴言の数々も、私自身の行いも全て。――えぇ、全て」
「そうか。なら――」
「少し、頭を冷やせ……――旦那様♪」
眠いっす。
身に覚えのない話
「……何だ、この被害請求っていう詐欺は。凄い金額だな」
「あ、それは私ので御座います、旦那様」




