ど-309. お前はもう……負けている
勝負事は勝負をする前からほぼ勝敗が決定しているもの?
「喧嘩と言えば勝負事だろう」
「それはまた単純安易愚直なお考えに御座いますね、旦那様」
「……悪いかよ?」
「いえ。悪いなどとは申し上げておりませんとも。ただ旦那様の在り様の如く面白みに欠ける考えである、と率直な感想を申し上げただけの事。如何程の問題が御座いましたでしょうか?」
「そうか、そうだよな。お前と俺、今喧嘩中だものなっ! ……って、別に喧嘩してなくてもお前の態度は変わってねぇよな、絶対!!」
「では旦那様、勝負事と仰りましたがどのような勝負をされるおつもりで?」
「んー、そうだな。肉体的なモノはどうせ圧倒的にお前が有利だろうし、かといって頭を使うようなヤツは……お前の方が頭いいしなぁ」
「勝負になっておりませんね、旦那様」
「くっ……何だ、初めから勝った気か? 頭も身体能力もちょっと俺よりいいからってもう勝った気でいやがるのか!?」
「旦那様のお言葉を訂正しておきますが、ちょっとの差ではなく明らかな差があると申し上げておきましょう」
「なんだよ! ちょっとくらい見栄張ったっていいじゃないか!!」
「私は事実を申し上げたに過ぎません」
「勝者の余裕かっ、それが勝者の余裕なのか!!」
「なんでしたら私が旦那様にも勝てる勝負事を提案いたしましょうか?」
「要らねえよ、このヤロッ」
「そうですか。では頑張っていつもどおり十二割方は無駄な思案をお続け下さいませ」
「十二割って100パーセント超えて、てか俺の考えは全部が無駄と断言してる!?」
「いえ。残り二割……旦那様が何やら不穏極まりない事を考える以前から、つまりは考えようとする以前の段階から既に無駄であったと申し上げております」
「俺には考えようとする事すらも無駄だと言うのか!?」
「元より頭より先に本能が先走ってらっしゃるお方が何を仰います?」
「その俺がいつも本能の赴くままに行動してる、みたいな言い方は止めい!!」
「非常に貴重な、自らのアイデンティティの一つをご自分から否定なされるとは、浅すぎてそこが知れませんね、旦那様」
「そんなモノは断じて俺のアイデンティティじゃない!」
「流石は旦那様。口がうまいのは相変わらずでいらっしゃる。突っ込む才能は遥かに私を凌駕しておられますね?」
「んなモノが凌駕してても何も嬉しくねぇ……いや、ちょっと待てよ?」
「如何いたしましたか、旦那様?」
「……ふむふむ。なるほど閃いたっ、そう言う事か」
「如何なさいました?」
「お前に申し込む勝負の内容が決定した。ずばり――口論だ!」
「……はあ」
「お前はさっき俺が口がうまいと、俺の方が突っ込みが上手いと認めて暴露した。つまりは口論では俺の方が上であるという事実っ。これで俺は勝ったも同然!!」
「やはり何とも単純安易愚直なお考えとは正にこの事。では旦那様、僭越ながら口論に勝つための一番の方法をお教えいたしましょうか?」
「はあ? んな必勝法なんて、口論にあるわけないだろ? 一応聞いてやるけど、何だよその方法ってのは」
「喋らない事、ですよ。そうすれば負ける事はなく……旦那様の心を挫く事など造作もない」
「いや待て俺の心を挫くとか、それはなんですか一体!?」
「……」
「無言のプレッシャー!?」
「……」
「――くっ、何の、俺も負けてなるものかっ!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「睨めっこにするのですか、旦那様?」
「いや、そんなつもりはないんだが。やっぱり最初に話した方が負けかなーとか思って」
「では旦那様ルールでは私の負けですか」
「いや、何か俺の方が負けっぽい気がする」
「……そうですか」
旦那様、勝てる見込みなし
身に覚えのない話
「何か最近、周りの視線が痛い気がするんだよなぁ」
「このように美人な私を連れているからでは御座いませんか?」
「……いや、それだけじゃない気がするんだけどなぁ」




