Act XX アイシャ
ひとやすみ、一休み……?
ちなみにアイシャさんは『ど-255』辺りのヒト。
「おや、アイシャ様。お久しぶりに御座います」
己の主にいきなり斬りかかっている相手――この世界では実に珍しい金髪青眼の活発そうな少女を目の前にして彼女は平然と、むしろいつもよりも少しだけ柔らかい声色で声を掛けた。
「久しぶりって、お前この危ない奴を知ってるのか?」
「旦那様は覚えておられませんか?」
「アイシャ……いや、何かどこかで聞き覚えがある気もするんだが、どうにも記憶が曖昧つーか、思い出せそうにない」
「何ともつれない旦那様」
「つれない、って言われてもなぁ。思い出せないモノは思い出せない。第一よ、こうやって刃物向けられるって一体どんな関係だよ?」
「さて。言葉では言い表せない御関係なのではありませんか?」
「せんか、と言われてもな。実に不本意だがこの場合はお前の方が事情知ってるだろ、多分」
「多分とはどのような意味合いで?」
「何となく、勘でだ」
「勘、に御座いますか。それは参りましたね」
「で、俺とこの子はどんな関係なんだ?」
「っっ、さっきからっ! 平然と避けてくれてっ! このっ、このっいい加減当たりなさいよ!?」
手にした短剣を無茶苦茶に振るいながら叫び声を――だがその姿は決して見苦しくはなく、猛る獣の様に爛々と瞳を輝かせながら声を上げる少女の姿はむしろ美しいと言えた。
そしてそのすぐ近く、ゆるんだ表情で困ったような、それでいてどこか楽しげな表情を浮かべている男の姿は実に情けないものだった。
「誰が当たるか、つーか当たれば痛いし。それにお前……アイシャ、って言ったな。刃物扱うの慣れてないだろ? 危なっかしくて見てられないぞ」
「私の事なんて放っておきなさいよっ!」
「いや、そうもいかないだろ。ほら、怪我する前に止めとけって。な?」
「冗談っ! あんたをコロすまで止めないわっ!!」
「大変仲が宜しいようで、私も嫉妬してしまいますっ」
一人、殺し合い(?)を繰り広げる二人の様を傍観する彼女の態度は何も変わらない。
例え情緒ある言葉を叫ぼうとも――表情には相変わらずの仮面の如き無表情が浮かんでいるだけだった。
「――ゃ、今の言葉をどう聞いたらその仲が良いとかその類の言葉が出てくるのか不思議でならないんですが? と言うよりもお前、傍観してないで俺を助けろよ!?」
「と、旦那様が仰られておりますので。申し訳ございませんがアイシャ様、少々落ち着くきださいませ」
「っ!?」
それは気がつくと――音もなく、アイシャの両腕は背後にいた彼女に押さえつけられていた。その手は万力のようで、僅かでも逃れる事は叶わない。
「ナイス! そのまま押さえておけよ」
「はい、旦那様」
「ちょっと放しなさいよ、このメイド!!」
「そうは参りません。何故に旦那様に危害を加えると分かっていながらこの手を放す事が出来ましょうか」
「おーい、どの口がそんな言葉を吐きますかー?」
「手がうっかり故意に滑ってしまいそうです」
「それは既にうっかりじゃないからな。あと放すんならせめて宣言してから放せ。いいな?」
「はい、承りました、旦那様」
「よし」
「くそー、放しなさいよ、このっ!」
じたばたと暴れる事さえもできない。両腕を掴まれただけで、アイシャの全身はぴくりたりとも動かす事が出来なくなっていた。今の彼女ができるのは、ただ小声で精いっぱいの叫び声をあげる事だけ。
「で、アイシャ。俺の命を狙ってきたわけを話してもらおうか……とは言ってもどうせこれが原因に決まってるだろうけどな」
そう言ってレムが掲げたのは一枚の手配書。罪状こそ書かれていなかったものの、似顔絵あり、目撃情報だけでもそれなりの金額が出ると言う破格の条件付きの手配書だった。そしてその似顔絵は当然レムと瓜二つ――とは流石に行かず、いくらか美化されたレムの姿が描かれていた。
「……何、それ?」
「何って、俺の手配書」
「あ――あんたっ! やっぱり性犯罪者だったのねっ!? 私のサラサを誑かしただけじゃ飽き足らずっ」
「いやまて、どうしてそこで性犯罪者って決めつける?」
「それ以外の罪状がある――……と、言う事はもしかして誘拐でもしたの?」
「そもそも犯罪から離れるって事はないのか?」
「――はぁ? だってそれ、手配書なんでしょ。あんたがやった悪事が世間にばれたって言う証そのモノじゃないの。何を知らばっくれようとして……図々しいっ!!」
「いや。よく見るんだ。ほら、罪状とか書かれてないだろ? つまりこれはあくまで俺の事を探してるだけで、別に俺が悪さしたとかじゃ断じてないんだぞ?」
「……」
「なんだよその眼は。全く信じてない目だな、おい。ほら、お前からも何か言ってやれよ。俺は無実潔白だってさ」
「旦那様はただ今、スフィア王国の新女王、リッパー様に追われております」
「そうそう、そうなんだよ。……て、それだけじゃ何か凄く聞こえが悪い気がするんだが?」
「私は嘘は申して居りませんが?」
「いや、確かにその通り、だけどな……」
「ほらっ、やっぱり!」
「やっぱりって何だ、やっぱりって!?」
「どうやったか知らないけど、その上手い口と強引な手段でスフィアの女王様を誑かしたんでしょう、この女の敵!!」
「いや、それは誤解……」
「けどっ、そんな事はどうだっていいのよっ。私にとって重要なのは、よりによってあんたが私のサラサを誑かした事よ。この罪、万死に価するわ!!」
「アイシャ様、申し訳ございませんが万死程度ならば旦那様は既に相応以上のの経験はなさっておられますが?」
「――……あんた、日頃からどんな生活してるのよ?」
「こういう事を平然と言う奴と四六時中一緒にいるんだ。あとは察してくれ」
「……いろいろ大変そうね」
「ああ、大変なんだよ」
「けどそれとサラサの事とは別モノだけどねっ!!」
「それでアイシャ、サラサがどうしたって? もしかして容体が悪くなったのか?」
「――旦那様、覚えておられるでは御座いませんか」
「いや、これは何となくだ。……で、アイシャ。どうなんだ?」
「っ、サラサは元気よ! あんたの所為でね!!」
「――そうか。そりゃよかった。それにアイシャも久しぶりに会った……はずだけど、元気そうで何よりだ」
「っっ」
一瞬で――アイシャの顔が真っ赤に染まる。
「おや? ようやく力が抜けたようですね。旦那様、アイシャ様を解放いたします」
「ん? ああ、良いぞ。やっと落ち着いてもくれたみたいだし」
項垂れたアイシャに、レムの了解を得て彼女は取り押さえていた両手を離す。
そして。
「――……も、まぁ」
しゃんっ
「うおっ!?」
綺麗な一閃が間一髪、レムが退いた空間を奔って消えた。
「よくも、まぁ抜け抜けと……そんな言葉が言えたものね?」
静かに、重い声で、顔を上げたアイシャは両頬を興奮と怒りによって、真っ赤に染めていた。残念ながら浮かんだ感情の中に羞恥は――“ほとんど”見てとれない。
「あ、アイシャサン?」
「やっぱり、あんたは危険だわ。あの時とどこか雰囲気が違う気もしたけど……やっぱり危険、いいえ、前の時よりもっと危険よ」
「あのー、一体何の事だ? 俺が危険って……」
「あなたは、うちのサラサにとって凄く危険な悪い虫よ。そして悪い虫は――早めに駆除するに限るわ」
しゃんっ
空気を斬る、澄んだ音が一つ。
ソレを聞いて――全力で走って逃げているレムに平然と並走しながら――彼女は実に満足そうに頷いた。
「良い動きです。やはり、“無駄な”力がぬけている。筋もよろしいようで」
いたってふつーの、レム君の日常風景です。殺傷事件とか、その他色々。




