Deedα. ミーシャ-2
オチとかいうの、禁止。
「――やられた。ちっくしょう、あのクソ野郎め」
忌々しそうに、そして苛立ちを隠さずに呟く男の表情は、だが不思議と言葉に反して嬉しそうなものだった。
反面、男の傍に控えていたくすんだ銀髪の女の表情は一見無表情だが――ほんの微かに苦いモノが浮かんでいる気がしないでもなかった。
「……伊達に私の手伝いをしている子たちではありませんので」
「だな。それに加えて今回は――あの性格最悪・陰険野郎の用心深さのお陰だな」
「はい、旦那様。さすがに蘇生ともなると、そんな事は私と言えども不可能ですので」
「そりゃ当然だ。蘇生なんて馬鹿げたモン、できて堪るか。そんなインチキが出来るのはあの清々しいほどのバカ野郎一人で十分だよ」
「それもそうですね。あの方をおいては……仮に創生の女神と言えども、恐らくは“完全な”蘇生は無理でしょうし」
「ああ、だな。けどしかし、なんというか、俺が“視た”限りでも十分死んでると思ったんだが……まあ、今回は助かったから良しとするか」
「そう、ですね?」
「……なにか、歯切れが悪くないか?」
「そうでしょうか?」
「ああ、俺の勘違いじゃなく悪いな。それに……そう言えばミーシャの好きになった奴が助かってたんなら、どうして誤解を誤解のまま放っておいたりしてるんだよ?」
「それは、まぁ……ですね」
「大体、さっさと彼は無事でした〜とかってやっておけば今回みたいにあのクズに付け込まれる、なんてことにはなってなかっただろうに。それを助けるだけ助けておいて、はいそれでおしまいってのはちょっと手際が悪いんじゃないのか?」
「確かにその件につきましては旦那様の仰います通りなのですが……実は一点、少々困った事が起きておりまして」
「困った事?」
「はい。そのため、単純にミーシャ様の近くへ彼をお返しするより、黙っていた方がまだ良いと私どもは判断していたのですが……いえ、今に至ってもこの件については間違った判断ではなかったと私は思っております」
「お前が其処まで言い切るってんなら必ずしも間違いってわけじゃないんだろうが……何なんだ、その困ったことってのは? そんなに困った事なのか? あの状態のミーシャを放っておいてでも?」
「それは……はい。場合によっては、その通りかと」
「……別に深刻――例えば怪我の後遺症で性格が変わってたりとかじゃないんだよな?」
「はい。怪我の後遺症がない事はこの私が誓って保証致しますし、問題となる点も深刻でない……と、言えば深刻ではないのですが、いえ、ある意味においてはミーシャ様にとってはこれ以上なく深刻な問題でありまして――」
「んで、ぐだぐだと言ってるけど結局のところどうなって、何が問題なんだ?」
「はい。ミーシャ様が好意を抱かれた彼――ロチル様と言う旦那様には遠く及ばない好青年なのですが……私が怪我の“再生”を行った際、気がつかれるなり私の事を見て、その――告白、されてしまいまして」
「……、告白? 実は何かトンデモな性癖の持ち主でした、とかそう言う事か?」
「いえ、それは旦那様に御座いましょうに。そうではなく結婚してくれと、申し込まれてしまいまして」
「へーさすがだね、もてるねひゅーひゅー」
「それは当然です。容姿端麗にして良妻賢母になること間違いなし、顔良し頭良し体つき良し性格良し、何よりも深い慈愛の心を持っております。そんな私の事を放っておくなど、それは男性として生まれを間違えているかと」
「ぐっ……全部が全部、あながち間違いとも言い切れないところが恐ろしいというか、憎たらしいというか」
「当然です、私は常に真実のみを申し上げてはおります」
「まあお前の自慢は今は良いとして、」
「いえ、自慢などと言う高慢無知な振る舞いをする気は微塵も御座いませんが?」
「……お前の厚かましい言い分は横に置いておくとして、つまりはアレか。ミーシャの想い人が命を助けた拍子にお前に一目惚れしました、とそういうオチか」
「ええ、その通りに御座います、旦那様」
「それは何と言うか……参るな、おい」
「はい。それも彼の申し出は一度二度、十度ほどお断りしているのですが、『まだ俺の事を知ってもらってないから』と旦那様には決して出来ないような爽やかな笑顔で言われてしまいますと、私も無碍にはできないと言いましょうか、」
「無碍に出来ない? お前、日頃の俺へのあの態度でよくそんな事が言えるよな」
「旦那様は旦那様ですので」
「どういう意味だよ、おい」
「そのままの意味で、旦那様が今お考えになられているような深く歪曲した意味合いで捉える必要は一切ないかと」
「……まあお前への文句は言ってると話が先に進まないからな。それより今はミーシャの話だ」
「はい、その通りです。流石は旦那様」
「ウルセーよ……っと、んでミーシャの事なんだが、どうしよう?」
「どうしよう、と申されましても……その件で私どもは誤解させたままの方が良いのでは、という結論になっていたのですが」
「でもなぁ、ミーシャの方が思ってたよりも深刻そうなんだよな。トラウマつーか、あのまま放っておくのはちと拙い」
「それは確かに。……申し訳ございません、旦那様。私どもの見通しが浅すぎました」
「いや、それは気にしてないから良い。それよりも今のミーシャをどうするか、なのだが……」
「旦那様のありもしない魅力でオトしてみると言うのはいかがでしょうか?」
「在りもしないモノに頼るほど俺は馬鹿じゃない」
「……つい先日まではその馬鹿な行いを大変良く見ていた気もいたしますが」
「てか、それならむしろお前が口説き落とした方が確率は高いはずだ。ただその場合は真っ当な恋愛観から道を踏み外すかもしれないけどな」
「私、女性の方々に付きまとわれるのは正直遠慮したいのですが。いえ、男性の方々と言えども遠慮致したいのは同様では御座いますが」
「ま、それは俺としてもお勧めしないから止めておくとしてだ。やっぱりこういうのはゆっくりと時間を掛けて癒していくってのが常套手段なわけだが……あのクソ野郎の横やりの所為でそうもいかないって訳だ。つくづく忌々しい」
「はい、先ほど少々ミーシャ様のご様子を伺わせて頂きましたが、あの様なモノは早めに処理しておく方がよろしいかと」
「だよな。かと言って方法なんだが……はぁぁぁぁ、実はこっちの事情がそれほど深刻じゃないって分かっただけでも良しとして、もう少しだけ考えてみるか」
「旦那様、頑張ってくださいませ」
「他人事みたいに言うな。お前も考えるんだよ」
「私もなのですか?」
「当然だ」
「当然なのですか」
「ああ。お前もちゃんと考えておけよ? 俺も何とかならないように考えては見るけどさ」
「はい、旦那様。分かりました」
「よし、ちゃんと聞いたからな。それじゃ、頼むぞ」
「はい。しかし旦那様も、努々怠らぬようお願いいたします」
「当り前のこと言うな」
そう言いながら、男はわき目もふらず早足で部屋から出ていった。
恐らく、なんだかんだ言いつつも独房に残してきている彼女の事が気になっているのだろう――と面白くもない心当たりをつけながら、女は僅かばかりの嘆息を吐いた。
「……とは申しましてもあの時のミーシャ様の反応から察しますに――やはり旦那様のありもしない魅力でオトして傷を癒すというのが一番現実的な方法と思ってしまうのですが。果して如何なものなのでしょうね?」
他人の記憶の中はどうあれ、現実はこんなもの。悲劇はやっぱり勘違いによる思い込みの方がステキです。
キスケとコトハの一問一答
「良く目をこらせ、お前になら見えるはずだ、野生の本能で察しろ」
「ダメです、霧が深くて何も見えません師匠! そもそも道に迷ったのは師匠の所為ですからねっ!?」




