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DeedΣ. ミーシャ-1

ちょっと、暗い話になってしまいました。

それは館内のとある一角。誰も知覚出来ない、だが確かに存在する一部屋の中。


窓はあるのに入口が存在しないという矛盾を抱えたその部屋の中、どうやって入ったからすら定かではないのだが、男はいた。


男は部屋に唯一ある家具、“天蓋付き”のベッドへと無造作に近づいて行き、そこに横たわっていた女を無遠慮に覗きこんだ。



――……らけ、……の海馬



◆◆◆



女――少女と呼べる年頃ではないが、かといって“女”と表すにはまだ未熟さの残る顔立ちの彼女が着ていたのは少し背伸びをしているかの様な、胸元と太股の辺りが大きく開いた真蒼なワンピースであり、ベッドの上で身じろぎをした所為か健康的な太股が大きく露出していた。



だが男はそんな彼女の煽情的とも言える格好には一切目もくれず、ただただ無造作に彼女の両のほっぺたを摘まむと引っ張った。




「おい起きろ」


「ん〜、あさぁ?」


「違う」


「ならもう少し〜……」


「俺が起きろと言ったら起きろ、ミーシャ」




何度も摘んだ頬をこねては引っ張るのが流石に効いたのか、やや煩わしそうにしながら漸く女が寝惚け眼を開く。




「……れむ?」


「ああ、俺だ」


「……――っ!? レム!?」


「やっと起きたな」




次の瞬間には女はベッドの中から飛び起きて部屋の端まで逃げて――いたことだろう、本来ならば。



身体を起こそうとした女を片手でベッドへと押さえつけて、そのまま顔をぐっと女へと近づける。




「どうして逃げようとする?」


「そそっ、そういうレムはどうしてそんなに顔が近いんだっ!?」


「お前が逃げようとするからだ」


「だっ、誰だって起きるなりあんたの顔が目の前にあれば逃げ出したくもなるさっ!!」


「……そうなのか?」


「そそそうだよっ!」


「……そうなのか」


「だっ、だから早く顔をっ、さっきから近っ、近いってば!!」


「でもそれはダメ。例え俺の顔が見るに堪えなくても、退いてやらない」


「なんでさ!?」


「だって俺がここから退いたらお前、逃げる気満々だろう?」


「当り前だろうっ!!」


「だからダメ、退かない。まあ退いた所でどのみち逃げ道ってのはないんだが、何かと都合がいいんでこのまま話させてもらおうか」


「なななんでよりによってこの体勢なのさっ!?」


「この体勢だと何か不都合でもあるのか?」


「ふつっ!? 不都合も何も、まるでこれじゃああたしがレムに襲われてるみたいじゃないかいっ!?」


「当たらずとも遠からずだな。ここなら他の誰の邪魔も――たとえあいつだろうと邪魔はないらないしな」


「んにゃっ!?」


「と、言う訳で覚悟は良いな、ミーシャ?」


「――」




覚悟は良いな、という言葉に。


言葉に女は耐えるようにぎゅっと両目を閉じて、両掌を白くなるほど握り締めて。




「――なんで?」




ぽろぽろと、ぽろぽろと涙をこぼしながら、その青みがかった瞳で真っ直ぐ男の瞳を見つめ返した。




「なんで、どうして今更そんな事を言うんだよ。……ねえ、“わたし”の事を弄んで、レム様は楽しいの?」


「……ミーシャ」


「わたしを捨てたくせに、“あたし”を見捨てたくせに――どうして今更、どうして“わたし”はまだ生きてるの? こんなことするくらいなら、なんでレム様は“あたし”を殺してくれなかったの?」


「……、俺がお前を欲しいと思ったからだ。それ以外に理由が必要か?」


「欲しいと、思った? ……あたし、を?」


「ああ。それに、一度捨てたモノを思い出したからもう一度拾おうとする時にわざわざモノの気持ちを考えるか?」


「っ、やっぱり……――やっぱり、あんたはそんな奴だったんだっ!!」


「ああ、俺はずっと昔からこんな奴だぞ。要らないモノは捨てて、欲しいと思ったモノは拾う。それが悪いか? 悪いってお前に言えるのか?」


「レムッ!! 百面が、お姉様が居るあんたはどうせあたしたちの気持ちなんて解かってないんだ! そうさっ、一度……一度酷い目見ないとあんたは――」


「――知ってるか、ミーシャ?」


「何を!!」


「そう言うのは弱者の遠吠えって言ってな、弱い奴には泣言を言う資格も何もありはしないんだよ。だから、今お前が其処でどれだけ吠えようが無意味だ」


「っっ、……そうだとしてもっ、あたしはあんたを許さないっ!!」


「許さない? だからどうするんだ?」


「そんな事は――」


「“黙れ”」


「っっ!?」




急に喉を引き攣らせたかのように、女が言葉を止める。




「……どう抗おうと“隷属の刻印”がある限り過去から未来、お前は俺の奴隷だ。逆らうなんて意味すらない」


「っっ」


「だから、昔の事なんて全て忘れて現状を受け入れろ、ミーシャ。お前は敗者で、お前に選択権なんてないんだから」


「っっ、……っっ、っっ」




“黙れ”と云われた奴隷の女は――喋る事も叶わずにただ涙をこぼしながら、それでも何かに縋るようにじっと目の前の男の事を見つめ続けていて。

だから、男は視線を逸らした。












――≪Snooze――それが転かの夢で在れば良いと請おう≫




◆◆◆




「――参った」




そっと、気を失った女の頬の涙をぬぐって、男は心底参ったとばかりに深く吐息を吐いた。


だからという訳では決してないが、何処からともなく届いた声に対して男の反応は緩慢だった。




――旦那様がそのように参られるなど、珍しいですね?


「……参りもするぞ。ったく、『好きなヒトができました』とか幸せそうに言って、俺の前からいなくなったのがどれくらい前の事だと思ってんだよ、おい」


――長くて数年、と言ったところです、旦那様


「だよな。たった数年だぞ、数年。それを――記憶を『視た』けど、目の前でその相手をあのクズに嬲り殺されて、記憶人格に至るまで書き換えられ汚された奴に、どういえと?」


――……在りのままを


「それを耐えられるようなら、そもそもあのクズ程度の記憶操作に掛かってねぇよ。それに『視た』限りじゃ“自分から”掛かりにいってる節もあったしな。その程度、お前ならお見通しだろう?」


――それは……はい、旦那様、彼女の才気を考えれば


「ちっ、やっぱりあの野郎、シャトゥに邪魔されようが此処で確実に消しておくべきだったかも知れねぇな」


――ならば、今からでも追いましょうか?


「……いや、いい。どっちにしろ過ぎたことには変わりないんだ。あのクズの事も……ミーシャの事もな」


――はい、旦那様


「どちらにしろミーシャの事は結局は俺の所為だからな。俺を悪役にする事で少しでもこいつの気が楽になるって言うんなら、俺はいくらでも理想の悪役になってやるよ」


――旦那様、そのような事は決して……


「いいや、俺の所為だよ。俺が気付けなかったからだ、俺の見通しが甘かったからだ。だから、ミーシャをこんなに変えちまった」




男が髪を梳かす仕草に、女が僅かに身動ぎをする。


口元に消えそうな笑みを浮かべて、その様子はまるで幸せな夢を見ているかの様でもあった。




「……まったく、つくづくクソッタレな世界だよ」


――そうに御座いますね、旦那様


「だからこそ、せめて俺の周りの奴らだけでも幸せにしたいんだが――……中々上手くはいかねえなぁ」


――旦那様、旦那様の責は私の責でも御座います。その辛さ、お一人では決してなさいませぬよう、旦那様には私が居ります


「ああ、そうだな。ありがとな」


――……いえ、このような事しか申し上げる事が出来ない私を、どうかお許しくださいませ


「ああ、許すよ。俺が許す」


――身に余る、光栄


「こいつの事はもうちょっと考えないと駄目そうだな。――んで、お前の方はどうなってるんだ?」


――キスケ様に御座いますか?


「ああ」


――調教、もとい教育的指導は順調です、近々予定通りの成果を上げられる事かと


「そうか。……あぁ、それとコトハだけどな、何か様子が変だったから、手が空いたら少し見ておいてくれ」


――コトハ様が、ですか?


「そうだ」


――了解いたしました、旦那様


「スヘミアは……あいつは問題ないとして、今この館の方での問題はやっぱりミーシャ、か」




男が髪を梳く仕草を止めたとたん、女の表情が僅かに曇る。何かを求めるように手が宙をさまよい、口の中では誰かの名前を呟いているようだった。




「本当に、どうしようもないよな。……せめて、夢の中では幸せに、ミーシャ」




優しく、髪を梳き頭を撫でる仕草に――女はくすぐったそうに、でも幸せそうな、あどけない笑みを浮かべていた。


彼女はステイルサイトの象徴みたいな、人柱です。気づくとそうなってましたので話の流れ上、ある程度暗くなるのは仕方ありません。

結構、嫌なんですけどね。


でもやっぱりハッピーばかりなのが好きなので、どうにかしてハッピーなお話に持っていきたいです?

……ま、たぶん大丈夫でしょう。何も考えてませんけど。




キスケとコトハの一問一答


「一瞬一瞬が、生きとし生けるモノの輝きだ。その一瞬を大切に生きろ、良いな?」


「はい、師匠っ、心に刻んでおきます!!」


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