CrimsonGoddess-自称じゃありません-
遅くなりました!
――ソレは“彼”と“彼女”が揃ってベッドの上で目を覚ます、少しだけ前の出来事。
赤い少女は素っ裸で一人、純白の世界の中で立ち尽くしていた。
「……うむ、でもつい勢い余ってやっちゃってしまいましたが大丈夫かな?」
赤い少女は首を少し傾げて、そのまま数秒間……がくがくと震え出した。額からは嫌な感じの汗が絶え間なく噴き出しては流れて、顎を伝って零れ落ちていく。
終いには膝から力が抜けてその場に膝をつくと言う始末。それでもまだ赤い少女の震え、と言うよりも最早痙攣は、収まりきらずになおも激しさを増していく。
「非常に、拙いの。今は亡き下僕一号様に注意されたばっかりなのに……空気を読まない子は、ヤられる!」
顔を真っ青にして悲痛の叫びを上げ――、……その後でどこか夢見心地に頬をピンク色に染めた。
綻んだ頬を両手で押さえつけながら頭を左右に振り、止めたと思えば地面に“の”の字を書きだす。
「きゃ、レムってば大胆ですっ!」
などとほざいたりもしていた。
「ぁ、でも貴方が相手ならですね、私も吝かではないと言いましょうか……いえ! むしろカモン、ドンと恋なのっ」
で、最後には開き直った。……少し言葉に間違いはあったが。
そして――
◆◆◆
――不意に。
「それで貴方はいつまで見ているつもりですか?」
赤い少女の雰囲気が、言葉では説明できない何処か決定的に変わった。
赤き衣が少女の身体を撒き上がり包み込み、次の瞬間赤い少女は真紅のワンピースに身を包んでいた。
「――」
次の言葉を待つが赤い少女の問いかけに答えるモノは誰もない。それも当然、何しろ赤い少女自身が先ほど、防御不可の理不尽極まりない御力でこの場に居た全員を気絶させたのだから、応えられる状態のヒトが居るわけがない。
それでも、少女は確固たる確信を持って応えを待っていた。
そもそも彼女がここに来たのは――彼女自身、赤い少女が気づいていなかったとしても――“それ”が理由なのだから、間違えるはずもない。“それ”は彼女にとって忘れようにも忘れる事など出来ないモノなのだから。
「――隠れる事が出来ているとも思っていないのに隠れるのは止めにしない?」
「そうしよう。いやしかし、君の一人芸を見ているのも中々面白かった」
初めから何事もなかったように“ステイルサイト”が身体を起こした。それも他の二人はぴくりとも動いていないにもかかわらず、である。
半ばまで胸に埋まっていた≪ユグドラシル≫を抜き取り、無造作に投げ捨てる。傷口から血があふれ出るが“ステイルサイト”がそれを気にする様子はなかった。
「貴方に見せる為にしてたわけではありません。それに間違えないでもらいたい、“アレ”は“私”ではない」
「――そう睨まないでもらいたいね。別に君を悪く言ったつもりはない」
「睨んだ? 冗談でしょう」
「それもそうか。その目つきの悪さは元からだったな」
「碌に私の顔も見ない癖によく言いますね」
「顔など見ずとも人となりなど分かるものだ。君もその程度可能だろう?」
「私を貴方と同類に扱うのは止めてもらえませんか?」
「それは悪かった。謝罪しよう」
「……それも止めてくれません? 悪いとも思っていない謝罪など気分が悪くなるだけです」
「そうか、では先の謝罪は撤回しよう」
「そうしてください」
「ならこちらからも言わせてもらおうか。いつまでそんな堅苦しい話し方をしているつもりだ?」
「堅苦しい? 私の話し方は元からこれですが?」
「そうだったか? 例の“彼”と話していたときは違っていたと記憶しているが?」
「――覗き? 下種が」
「下種ではないし覗いたつもりもない。“偶然”目に映った事があるだけだ」
「モノは言い様ね。口がうまいのと性格が悪いのは一度死んでも治らないみたいですね」
「そういう君も一度死んでも健やかそうで何よりだ」
「……また心にもない事を」
「良く分かっているじゃないか」
「……えぇ、“貴方”とは厭になるほどの長い付き合いですからね」
「それもそうだ。だが――“僕”は満足している。こうして死してなお君と会う事が出来たのは“実験”が成功した証だからな」
「“実験”……ですか。何ならその“実験”、私がもう一度させてあげましょうか?」
「君は“実験”が何を指すのか知っているのか?」
「知らないけど、大凡想像はつきます。どうです、“実験”、させてあげましょうか?」
「遠慮しておこう。今は前の“実験”の結果経過を見ているところだからな。君にはまた次の機会に頼むとしよう」
「それは私の方から遠慮させてもらうわ。貴方を手伝うなんて御免被る」
「それは残念な事だ」
「……それで、貴方はその子をどうするつもり?」
「その子? ――あぁ、これの事。君はまだこんな些事を気にしているのか。本当に変わらないな」
“ステイルサイト”は自分の身体を見下ろして、軽く肩を竦めた。
「コレでも一応は依り代に相当するのだからそれなりの扱いをするつもりだが……それでは君の期待に添えかねるようだ」
「貴方の思惑が私の期待に応えた事が一度でもありましたか?」
「あぁ……そう言えば一度もないな」
「そうでしょうとも」
「まあそれはお互い様と言うモノだ」
「――誰が貴方の利に賛同できましょうか」
「やれやれ。相変わらず――“我ら”は相容れないようだな、シャトゥルヌーメ」
「その様で、――チートクライ」
「それで、どうする? コレと一緒に“僕”を滅ぼすか? 君が敬虔たる“彼”のしようとしていたのと同様に?」
「……しませんよ。“私”が私の子供たちに“そんな事”が出来ないのは貴方もよく知っているでしょう。それを態々聞いてくるなどと、相変わらず性質の悪い」
「コレが性分でな。謝罪が欲しいか?」
「冗談を言わないで下さい」
「では止めておこう」
「そうしなさい」
「ではどうするつもりだ? こうして“僕”を呼び出したんだ。何か用事があるのだろう?」
「……ええ。あの子は問答無用で貴方を滅しようとしていたようですが、無益とも言える殺生は私の好むところではありません。なにより――貴方を野放しにする方がよほど危険があると私なら考える」
「付き合いの長い君が言うんだ。きっとそれが正解だろうな。それで、なら“僕”を見張るつもりか?」
「ええ。とは言っても貴方にずっと張り付いているなど私も冗談ではありませんし、何より“この子”に申し訳もない。だから――」
「……だから?」
赤い少女の紅の瞳が、更に紅く、更に眩しく輝きを発する。
続けて空へと手を掲げた赤い少女の手の中に、赤い光が収束しだす。それは一つの、細長い形状を形どり、
「今、必“滅”の……≪Scythe――刈り獲れ≫」
赤い少女の手の中に形成された、真紅の大鎌が振り下ろされる。
“ステイルサイト”は慌てず揺るがず、軽く肩を竦めて首を小さく左右に振っただけだった。
「――≪拒断≫」
真紅の大鎌が“ステイルサイト”の直前に現れた翡翠色の輝きに拒まれ、止められる。
「……手加減がないな。“僕”に危害を加えないんじゃなかったのか?」
「心配せずとも、その子を避けて貴方だけに力を通すなど造作もありませんよ」
「それもそうか。確かに君ならその程度造作もないだろう」
真紅の大鎌と翡翠の輝きがせめぎ合うが、どちらも譲る事はなく競り合い続ける。
――正確には、徐々に真紅の大鎌が翡翠の輝きを侵食し始めていた。
「まだ本調子にはほど遠いな。器も……――君のその器と比べれば貧弱としか言いようがない。いや、むしろ以前の君よりも力が増しているな」
「当然です。これは――あの子が造ってくれた『シャトゥルヌーメ』の為の器なのですから。これ以上の“私”が存在するわけもない」
「それが君の言う“愛の力”とやらか?」
「そうっ、これぞ私とあの子の“哀”の力です!!」
真紅の輝きが勢いを増し、翡翠の輝きを一瞬で打ち破る。だが振り下ろされた真紅の大鎌は“ステイルサイト”には当たらない。軽いバックステップで避け、僅かに掠っただけだった。そして……地面が真っ二つに割れた。
音もなく、綺麗に大地が二つに別たれる。その断面は鏡の様な輝きを放っていた。
「……少し聞き間違えた気がするのは気のせいか?」
「気のせいに決まっています!」
「そうか。ならいいか」
「当然っ。それとこの程度の小手調べに傷を負うとは――油断しましたね?」
「そうだな。本調子でないとはいえ――存分にこの器も使いずらい。それに両腕がないのは不自由か。……どれ、≪腕≫」
炎の形で形成されていた腕が、“ステイルサイト”の一言で一瞬翡翠の輝きを放った。そして光が収まったとき、そこに在ったのは以前と変わらぬ素肌。傷一つない両腕だった。
「腕を再生しましたか。でもその程度で私に敵うと思っていますか?」
「いや、その驕りはない。君の気が済み次第、“僕”は引かせてもらうとする」
「気がすんだら……ですか。なら、今すぐ私の目の前から去りなさい」
「いいのか……いや、愚問か。この傷、これが“目印”という訳だ」
「その通り」
「なら去らせてもらうとしよう。――いや、それと見逃してもらう礼でもしておくか。≪時戻≫」
“ステイルサイト”が呟いた瞬間、純白だった辺り一面が翡翠の輝きを放った。
そして翡翠の輝きが闇へ、純白の世界が“割れる”のと同時、そこは『館』が建っていた。ステイルサイトが破壊したはずの館。“ステイルサイト”と赤い少女の周囲はいつの間にか元の世界へと戻っていた。純白の世界は跡形もなく崩壊している。
「では今は去るとしよう。創造の女神【シャトゥルヌーメ】、また次の機会だ」
「二度と私の前に現れないで欲しい、立理の男神【チートクライ】」
“ステイルサイト”の姿が翡翠色の輝きに包まれて――次の瞬間には其処には誰も立っていなかった。
「それは――間違いなく期待に添えないだろう。“僕”の実験には君の存在は欠かせないのだから」
赤い少女は露骨に嫌悪の表情を浮かべて、それから倒れている“彼”と“彼女”の二人を心配そうに眺めて――
◆◆◆
「――はっ!? いけないいけない。ついイケナイ妄想に浸ってしまいました。……うむ? 何かよく分かりませんが、元の場所に戻ってます? 服も……いつの間に着ましたか?」
再び雰囲気が一変した赤い少女は、少しの間不思議そうに小首をかしげていたが、気にしに無い事にしたらしい。
「レムと母様、こんなところで寝てると風邪をひいてしまいます。……うむ? “いんぺー工作”にもちょうど良いですし、そうしましょう!」
その細うでのどこにそんな力があるのか、赤い少女は“彼”と“彼女”の二人を片腕一本で担ぎあげると、そのままやまたの中へと消えていったのだった。
と、言うう訳で前回の少し前の事。
初登場?のお方。
今日はちょっと色々とお休みです。




