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Wildfire-21

ステイルサイトはまだ足掻く


「それじゃあ、こっちとしても奥の手を出さない訳にはいかないみたいだね」


「おぉ!」




口に咥えていた石ころを吐き出して、両腕を失ったにも拘らずステイルサイトは不敵とも取れる笑みを浮かべた。が、それを最後まで見ていたモノは誰もいなかった。


赤い少女はどこか興奮気味に“彼女”へと駆け寄り、“彼女”はステイルサイトには一瞥も向けないままそれを正面からそっと抱き止めた。




「母様、母様!」


「なんですか、シャトゥ」


「奥の手です。秘密の一手だそうです!」


「その様ですね。しかし困りましたね」


「……困るの、母様?」


「ええ。あのまま無抵抗であったならば放置してもよかったのですが、抵抗するとなると最早加減をする事はできませんよね、シャトゥ?」


「母様、嬉しそうですが本当に困っているのですか?」


「ええ、心の底より困っておりますとも。シャトゥ、申し訳ないのですがあなたの言う酷い事を“もう少々”しなければいけなくなったようです」


「そ、そうなのですか?」


「降りかかる火の粉は払わねばなりません。そうでしょう、シャトゥ?」


「うむ、降りかかる火の粉は払うべきです!」


「だから、少しの間“酷い事”をしてしまうかもしれませんが、許してくれますか、シャトゥ」


「うむ……うむ? でも母様、やっぱり余り酷い事は止めてくれると嬉しいのです」


「さて、それは私ではなく、アレに言うべきですね。抵抗が激しければ私としても加減を間違ってしまいかねませんからね?」


「母様、故意は間違いとは言わないのです?」


「――そうですね?」


「……母様が怖い気がします。がくがくぶるぶる」



「――さて、態々時間を稼いでくれた貴女達には感謝するけど、そろそろこちらを見てくれてもいいんじゃないかな?」




そんな催促の声に二人はようやく顔を向ける。


いつの間にかステイルサイトの足元には複数の石ころが転がっていた。その全てが元は魔石で、その全てをステイルサイトが吸収したのは溢れ出す威圧感を考えれば想像に難くない。


両腕は失っているモノの、その威圧感は初めの頃とは段違いだった。ステイルサイトの周りでも、特にステイルサイトが何かしているわけでもないのに赤い火花があちこちで生じていた。



“彼女”は――そんなステイルサイトを本当に一瞥だけして、再び赤い少女へと顔を戻していた。




「所でシャトゥ、ルルーシアはどうしましたか?」


「ルルですか?」


「ええ。先ほどから見かけませんが」


「ルルには危険な香りがするこの世界はまだちょっと危ないので、今は隠れてもらいました」


「……いつの間に?」


「私の108の必堕技の一つ、『しゃどぅ・あんこぉ』でです!」


「『シャドー・アンカー』ですか……確かにアレの中ならば安全ですね」


「うむ!」


「――つまり、余計な気を周囲に回す必要もない、と言う事ですね」


「か、母様が……やっぱり何か怖い気がするのです」



「ふん、その余裕がどこまで続くかは見ものだね」




端から届いたその一言に“彼女”はやっと、ステイルサイトの事を正面から見つめ返した。ステイルサイト自身の目は先ほどからずっと、“彼女”の動作の一つ一つを見逃すまいと爛々とした瞳で凝視し続けている。


……いや、訂正。ステイルサイトは最初から“彼女”以外にはほとんど視線を向けてなどいない。




「先ほどまでの事がありながらよくそんなセリフが吐けますね、ステイルサイト」


「何、普通の手段じゃ貴女に通じないなんてことは初めから想定の内だよ。……とは言ってもまさか≪ユグドラシル≫が暴走してあの館にあった“色々”を呑み干してしまったのは予想外だったけどね」


「これ以上その予想外とやらがない事でも祈っていなさい? もっとも、それは無理な話でしょうが」


「ふふっ、無理かどうかはもうすぐ分かる事だよ。……それにしても少し意外だね。態々こうして下らない話でこちらの準備が整うまでの時間を稼いでくれるなんて、貴女は何を考えているのかな?」


「――私も旦那様のお気持ちが分からないわけではないと言う事なのでしょうね」


「≪ユグドラシル≫に呑み込まれたアレの気持ち? あなたは何を言っているんだ?」


「少なくともあなたに理解してもらう類の気持ちでない事だけは確かですね」


「……まあ、いいさ。こっちとしてもあんな男の気持ちなんて理解したくもない。そして――存分に時間を潰してくれた貴女に感謝しよう」




炎で形成された両腕を広げ、ステイルサイトは迎接する。


両掌に握りしめた黒塊と白塊を自らの胸へと押し当てると、そのまま二つはずぶずぶとステイルサイトの身体の中へと埋まっていった。



身体に何かを取り込む――否、喰らっているステイルサイトの姿を見ても“彼女”はその場を動かない。態と見逃す。


ステイルサイトの準備とやらが完了するのを見逃しながら、ただ少しだけ不快そうに眉を顰めて“彼女”ぽつりと言葉を零していた。




「感謝など必要もありません。ならせめて――残された時間で懺悔なさい、ステイルサイト」



『しゃどぅ・あんこぉ』

シャトゥ、108の必堕(ひつだ)技の一つ。必ずオチる技、と書いて必堕技。正しい発音は『シャドー・アンカー』らしい。

異空間(俗にいう神の空間とやら)を作り出して、その狭間へと引きずり込む技。その内部には色々なモノが在って、入ったモノを飽きさせない作りになっているらしい。

ただし、耐性がないと出て来た時に『女神様万歳! ロリコン上等!』とか叫ぶようになるかもしれないという戦々恐々な空間。



キスケとコトハの一問一答


「薬師は孤独だ。だからお前も、いいパートナーをちゃんと見つけるんだぞ」


「はい、師匠。……でもですね、そう言うセリフはせめて起き上がってから言ってくれません?」


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