Wildfire-19
メイドさん、本気?
鈍間――との言葉に答えるように、ソレは起きた。
「「なっ!?」」
「――うむ?」
ステイルサイトの持っていた“聖遺物”≪ユグドラシル≫が一瞬で増殖し、見渡す限りの空さえも埋め尽くした。
ただ先ほどまでの増殖と違う点が一つ。まるで何かに“喜んでいる”かのように、小さな枯れ枝だった“聖遺物”≪ユグドラシル≫は青々と茂った一本の大樹として“空”に君臨していた。
何処が“根”なのすら分からない、世界をも覆い尽くさんとする大樹。正に瞬く間に出現していたソレにステイルサイトと、流石の“彼女”も驚きを禁じえない様子だった。
ただ一人、赤い少女だけは目の前のそんな光景には全く興味を見せない様子で、どこか不思議そうに小首を傾げていた。
呆けたように空に広がる大樹を見上げて、最初に我に返ったのは“彼女”の方だった。
びくんっ、と一度だけ身体を震わせて、何かに身を任せるように瞳を閉じる。
「――――えぇ、分かりました、旦那様。では、まだ暫しのお相手を」
「――?」
“彼女”の独り言にステイルサイトも我に返る。
ゆっくりと眼を開いていく“彼女”の姿が今までのものとどこか違うような気がしたのだが、それがどこかと問われても“ここだ”という違いは見つからない。
違いを、違和感の正体を探ろうと“彼女”の事を凝視していたステイルサイトだったからこそ、その声は全くの不可解と言って良かった。
「とは言っても、保てればの話ではありますが」
そんな、“頭上から届く声”にステイルサイトは不思議に思いながらも空を見上げようとして、それが意味のない事に遅れて気づく。いや、ようやく気付いたと言うべきか。
上から声が届いたのは“彼女”が上にいるからではなく、自分が下にいたからだ、と。
目の前はいつの間にか真っ暗、身体全身には冷たい感触があり、――何よりもその頭上には絶対的な死を感じさせるプレッシャーが在った。
「っ、“燎原”!」
いつの間に地面に倒れていたかの自覚もないまま、それでもステイルサイトは叫ぶ。
それでも無慈悲な美声は頭上から彼の元へと届いていた。
「――常滅の刃」
ステイルサイトから瞬間的に広がり迫る赤い世界。それを“彼女”は腕の一振りで散らす。もっとも、“彼女”が振った腕が見えていたら一振りと分かっただろうがそうでなければ“彼女”の寸前で突然赤い世界が四散した様にしか見えなかっただろう。
そして、そのついでとばかりにステイルサイトの片腕すらも四散していた。
「……少し強すぎたか」
「あ、ああああああああ!?!?!?」
“彼女”の言葉に遅れること少し、片腕を焼失したステイルサイトが地面を苦しみながらのた打ち回る。
「腕、うで……僕の腕が!? 腕がぁっ!!」
「高々腕の一本を吹き飛ばした程度で情けないですね」
もし仮に、ただ腕を吹き飛ばされただけだったとしたらステイルサイトはこんなにも苦しまなかっただろう。何より“彼女”から与えられた痛みなのだから、嫌なわけがない。
だが今の状況は何から何まで違っていた。
そもそも不可解なのは“腕一本を失くしておきながら痛みがまるでない”ということである。喚かなければ気づくことさえもできない。まるで存在そのものを否定されたような恐怖を、何と表そう。
「どうせですからついでにもう片方も消しておきましょうか」
「っっ――“燎原”よ、“燎原”の焔よ!!!!」
ステイルサイトの周囲から、先ほどとは比にならない量と密度の力が溢れ出す。
だがそれすらも“彼女”は表情一つ変えることなく、ただの腕一振りでその全てを吹き飛ばした。
「無駄です。……しかしこれでは、旦那様が戻られるまで持ちそうもありませんね?」
言葉が終わると同時、ステイルサイトの残っていた方の腕も跡形もなく四散した。
「あ、ああ……何をっ、さっきから貴女は僕に何をしているっ!?」
「何を? ……あぁ、視えていないのですね。私はただ、文字通り火の粉を振り払っていただけです」
「そんな、はず……」
ステイルサイトの呟きは続かない。
“彼女”がこんな嘘を言う訳などないと判っているから。だから、本当に腕を振って火の粉を振り払っていただけなのだろう。そしてそのついでに両腕が消し飛んだ、ただそれだけなのだろう。
「では――ステイルサイト」
死刑宣告そのモノの様に。
“彼女”は見せつけるように腕を――この時になってステイルサイトは漸く気付いたが、漆黒の闇にでも包まれているかのように黒く染まり、刃の形を成している腕をゆっくりと振り上げた。
「消え去りなさい」
「待って下さい母様!」
「――何でしょう、シャトゥ?」
――腕は振り下ろされることなく、“彼女”は後ろを振り返った。
本気になったメイドさんに敵はいないのです。……と、言うことでステイルサイト瞬殺。
オイオイって感じですけど、実力差このくらいはあるので、メイドさんが手加減一切なしの本気になると一瞬で片が付いてしまうという体たらく(?)に。
キスケとコトハの一問一答
「――覗くなよ?」
「覗きません! むしろ師匠の方こそ覗かないで下さいよね!」




