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Wildfire-12


メイドさんvs“燎原の賢者”ステイルサイト、続行中。


光の柱が赤の世界を貫いて埋め尽くす。


絶叫を上げたステイルサイトの声は直ぐに聞こえなくなり、静寂が訪れた。




光の柱は徐々にその輝きを霞ませていき、何事もなかったように消失していた。


跡に残ったのは光すら徹さない一閃の黒の軌跡。取り巻く大気さえも創滅した、“無い事”すら存在しえない虚無の空間。



やがて緩やかに、黒の軌跡へと向けて風が流れていく。空間を大気が埋め尽くし、虚無だった世界が再び色を取り戻していく。


そうして黒の軌跡を埋め尽くした風は“彼女”を中心にして地面へと降り注ぎ“彼女”を通して再び大気へと溶け込んでいく。



誰ひとりとして見るモノはいなかったが、それはまるで世界が“彼女”の存在を祝福している――“彼女”自身は頑として否定するだろうが、その様にも見て取れた。


……ただし、エプロンドレスの服装と言う事だけが異様なまでに場違いで浮いてしまっていたのだが。




――その“彼女”自身は、と言えば。


空を見上げていた“彼女”は、視止めたモノの存在に無表情だったその眉を僅かに顰める。そして――ふっ、と音もたてず、微風もたたせず、その場から消えた。





◆◆◆





吹きとばされたはるか上空、ステイルサイトは未だ存在を保っていた。それも実に幸運な事に五体全くの無事だった。


やられると思った瞬間、『咄嗟に“聖遺物”≪ユグドラシル≫にため込んでいた力を一気に放出した』のが功を奏したのだろう。



間違いなく“彼女”最大であろう攻撃を、たった今凌いでみせたのだ。こみ上げる歓喜の笑いを抑えきれないでいた。


否、実際に『今自分は生きている』という生の悦びは抑えきれずに口から漏れ出していた。




「はは……ははっ、ははははっ、耐えきった、耐えきったぞ!!」


「――それはよかったですね?」


「っ!?」




背後から聞こえた声にステイルサイトが振り返る――……間もなく、繰り出された手刀がその身体を貫いた。




「……ぐ、ごほっ」




胸の中央を深々と貫かれた、その傷は誰が見ても明らかに致命傷のものだった。


赤い血がステイルサイトの口から吐き出される。だがそれでも、ステイルサイトの口元は笑みを浮かべて、最高に愉快そうに血で濡れた口元を歪ませて、背後にいた“彼女”を見てとった。




「ぐっ、……ふふ、ははは」


「……何がおかしいのですか、ステイルサイト?」


「なに、が? おかしいんじゃない。嬉し……いんだよ。当然、じゃないか」


「では訊ね直しましょう。――虫唾が走る。即刻その笑いを止めなさい」


「それは、無理……だ、ね」


「ならば力ずくで黙らせるだけです」


「ふ、ふふ……それも無理、だね。だって、」


「――?」




「あの貴女が、こんな簡単な罠にかかってくれた事が愉快で堪らないんだから」




その声が届いたのは目の前の男から、ではなかった。遥か下方の大地から声は明朗に“彼女”の元へと届いてくる。


“彼女”が地上の、その姿を認めた瞬間、貫かれていたはずのステイルサイトの身体が赤い粒子となって四散して、“彼女”の周囲を覆い尽くした。




「これは……」




赤の世界に囲まれたのをゆっくりと一度見渡してから、“彼女”は完全に捕まっていて脱出は不可能と判断して全身の力を抜いた。




「さて、それじゃあこっちに降りてきてもらおうか。其処からじゃお互い話し難いしね」




周りの赤の世界が降下し出したのに合わせて“彼女”も大地へ降りていく。


大地に足をつけた時、本物のステイルサイトが満面の笑みで正面に立っているのを目にして顔を顰めてみせる。



本物のステイルサイトは流石に無傷とはいかなかったようで、むしろ満身創痍な状態ではあったものの、それでも胸を貫かれる致命傷に比べれば遥かに傷は軽い。まだ十分に戦えるレベルであるのは間違いなかった。


対して“彼女”の方はほぼ無傷ではあるものの、周囲を“燎原”の力に囲まれていて僅かでも動けば致命的なのは必至な状況。使徒【燎原】の力とは触れるだけでも、魔法で刺激するようなことさえ危険なものであるのは“彼女”が何よりも知っている。


つまり詰めの状態と言って良かった。




「……少々侮り過ぎましたか」


「さて、陳腐なセリフを言うようだけど、動くとどうなるか分かるね?」


「ええ。少なくとも旦那様のお言いつけを守る事はできなくなりそうです」


「この期に及んでまで旦那様、旦那様と。あんな男、もう≪ユグドラシル≫に喰われている頃合いだよ。貴女が待ったところでもはや何の意味もありはしない」


「――さて。それはあなたが決める事でなければ私が決めることでもない」


「……いいけどね。それよりも貴女は自分の心配をするべきじゃないのかな?」


「自分の心配? 何故そのような事をする必要があるのです?」


「その強気の態度、やはり貴女は“そう”でなくては面白くないけれど、果してどこまでその態度を続けられるかな」




赤キ世界――微小の焔舞い踊る世界がステイルサイトの合図と共に侵食を始める。



ドロリ、と“彼女”の着ていた服だけが溶け出す。下から覗き始めた陶器の様な白い肌は傷一つついてはいない。


晒され始めた自らの裸体を無表情に見下ろして、“彼女”は無情の瞳をステイルサイトへと向けた。




「低俗ですね。旦那様にさえ劣る」


「それは最低の言葉だね。どんな事であろうともあの男に劣るなんて言われるのだけはとても苛立つ」


「では言い直しましょう。……――ステイルサイト、お前が旦那様に勝っているモノなど何もありはしない。全てに劣る。お前は永遠に旦那様より遥か下方の存在よ」


「――」




ステイルサイトの表情から笑みが消える。


迫った手は“彼女”の顎を引き顔を上げさせると、息の触れる距離のままどちらともなく睨み合った。




「――僕は、あんな男に何一つ劣っちゃいない。それがどうして貴女には分からない?」


「私は事実を言っているだけだが? お前に比べればあんな旦那様の方が遥かにマシだ」


「――ああそうか。……この期に及んでまでそんな事を言うとは、悪い口だね。今すぐ塞いであげようか?」


「死にたいならば試しなさい。その時はあなたの命がなくなる時です」


「……ふーん」


「……」


「……」


「――」


「いや、今はまだ止めておくとしよう。貴女に下手な手を打たれればこの先の愉しみがなくなってしまいかねない」


「ステイルサイト。一つ、良い事を教えてあげましょう」


「何かな?」


「私は下手など打ちません。私が打つのは常に上策のみと心得ておきなさい。――これが正真正銘、あなたに教える最後の訓示です」


「……今更、昔を思い出すね。でも、有難く受け取っておくとしよう。役に立つかどうかは別にしてね」


「もっとも今のあなたでは知っていようがいまいが、末路に変わりはありませんが」


「まだそんな事を言っているのかい。でも実際はこの通りだ。あの男は≪ユグドラシル≫が呑み干し喰らい、貴女は敗北した」


「――」


「不満そうだね。まあいいさ。貴女にはこれからじっくりと時間を掛けて現実と言うモノを教えてあげるとしよう。貴女さえ捕らえてしまえば、この世界に怖いものなど何一つない。居るのは屑ばかりで、この“燎原の賢者”を恐れさせる者など誰一人として存在――」






「そうは問屋を卸しません!」



頭上から届いた、まだ幼さの残る声にステイルサイトと“彼女”は揃って顔を上げた。


半壊した館の上――其処には逆光を背にして神々しいまでの威厳……があるかはさておいて、ひらひらな服を大きくなびかせて、赤の少女が立っていた。下着は見えそうで見えなかった。




「――誰だ?」




その少女を知らぬステイルサイトは若干警戒、若干訝しげに少女を見やり、少女を既知の“彼女”はと言うと――




「……………………シャトゥ」



小さく、ため息を吐いた。



シャトゥ、再臨。他は語らず。



キスケとコトハの一問一答


「心を落ち着かせろ、自分を律しろ。それが全ての始点だ」


「はいっ、刺傷……じゃなかった、師匠!」


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