Wildfire-9
メイドさんvs“燎原の賢者”ステイルサイト
「――参ります」
言葉と同時、“彼女”が地面擦れ擦れまで落として滑るように疾走する。
着込んだエプロンドレスは乱れるでも風に靡くでもなく、ただ佇んでいた時と変わらずに“彼女”の身を包んでいた。
その姿にステイルサイトは見惚れて笑う。笑いながら、口ずさんだ。
「“燎原の焔”よ――」
ステイルサイトの瞳が僅かに紅に灯る。
ぽっ、と複数の灯火が疾走してくる“彼女”の周囲に生まれた。疾走する慣性を殺せるわけもなく、最初に“彼女”の右肩に灯火が触れた。
轟音が、部屋を揺るがした。
複数の爆発が連続して起きる。壁を破壊し、天井を吹き飛ばし、焔が部屋中を蹂躙して歓喜の歌を謳う。
赤き破壊と灰色の残滓が飛び散る空間の中、ステイルサイトの周りだけは焔と残骸が割けるようにぽっかりと空いていた。
「まさか、この程度で終わりじゃないよね。今のはほんの様子見だよ?」
「それは此方の科白だ、ステイルサイト」
巻き上がる煙を突っ切って“彼女”がステイルサイトに迫る。
煙を突っ切って現れた“彼女”の姿は先の爆発の影響をまるで感じさせないもので、その服も鋼鉄製でできているのではないかと疑ってしまうほどに乱れのない、変わらずただ感嘆の漏れる美しさだった。
“彼女”の動作一つ一つがステイルサイトの目を捉えて離さない。
眩しげに眼を細めて、だからこそ生じた隙は避け難いものだった。何せ、自らの顔に向かってくる必殺の拳にすら見惚れて避ける素振りすら見せようとはしなかったのだから。
全くの無表情、全くの無呼吸無動作で拳が繰り出される――が、ステイルサイトに当たる直前に拳は止まり、“彼女”自身もステイルサイトから大きく距離を取っていた。
「流石だね。やれるとは思わなかったけど、まさか無傷とまでは思わなかったよ。八方を囲んだ状態でどうやって切り抜けたんだい?」
「ただ避けた――それだけだ」
「避けただけ、ね。“そんな芸当”、しかも魔力も使わず生身でなんて、貴女でなければ出来はしないよ」
「当然。私を誰だと思っている?」
「……誰、なんだろうね。出来れば教えてはくれないかな?」
「断る。私が誰であるか、知っているのは――存じているのは旦那様お一人で十分です。それ以上は――少なくともあなたには不要なものです」
両手でドレスの裾を摘まんで、軽く地面を蹴って“彼女”が再び疾走する。
まるで妖精がダンスするような光景に、ステイルサイトは再び目を奪われて、なお嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ふふっ、やはり貴女はそうでなくては……詰まらない。そしてその貴女を今から屈服できると思うと――怖いほどに震えが止まらない!!」
「好きに吠えていなさい、ステイルサイト」
“彼女”は先ほどと同じようにステイルサイトに迫り、拳を繰り出す。
今度もやはり、ステイルサイトは避ける素振りすら見せなかった。そして同様に、“彼女”もステイルサイトにあたる直前で手を止めると何かを警戒するように大きく距離を取った。
「どうしたのかな? ちゃんと攻撃をしないと何の意味もないよ。それをさっきから“六発”も寸止めをして。もしかして当てる気がないのかな? 屈服させられるのを待ってたりする?」
「――戯言を。相も変わらず良く吠える口ですね」
「貴女がそう望んだからだろう? 何なら今から甘い囁きに変えてもいいんだよ?」
「断固、お断りします。その様な光景、想像しようとするだけでも吐き気がする」
「大丈夫。想像なんかしてくれなくとも、貴女への賛美ならば幾らでも口ずさんであげよう。何なら一日中続けたって構わない」
「新手の拷問でしょうが、その程度で私が落ちると思いか?」
「拷問だなんて、酷いなぁ。そんなつもりは微塵もない……ただ純粋に貴女への気持ちを吐露してるだけだって言うのに」
「それが拷問だ、と言っているのです。あなたの口から聞く賛美など、聞いているだけでも耳が腐る」
「でも事実として貴女は何の手出しも出来ないじゃないか。甘言を聞かないのなら、さて何を聞かせてあげようか……?」
「私が手を出せないと、いつ申し上げましたか?」
「聞く必要もない事実だね。周囲に広がる『全てを焼き尽くす“燎原”の力』。魔力も封じられている貴女にこれを破るすべはない。それに、だからこそさっきから無意味なす止めを繰り返していたんでしょ?」
「無意味などでは御座いません。それと一つ、訂正しておきましょうか」
「訂正? 何かな?」
「先ほどの言葉――“六発”ではなく、“十三発”です」
「っ!?」
突然、衝撃を受けたようにステイルサイトの身体が大きく仰け反る。“彼女”は――少なくともその場から動いている様子はない。
最初の“一発目”に立て続けて二発、三発、四発……と。連続して仰け反ったステイルサイトは堪らず身体を横へと逃がしていた。
「けほっ……今、何を――?」
「良いでしょう。無能で愚かなあなたの為に説明をして差し上げます。何、単に衝撃波を飛ばしただけです」
「衝撃波、だって?」
「ええ。あなたが展開していた“燎原”の力は確かに厄介でしたが、先の寸止めで風が遮られていなかったのは確認させて頂きました」
「……確認」
「ええ。ならば衝撃波ならば私が傷つかず――旦那様のお言いつけを守りつつ、あなたを吹き飛ばす事が可能だと見たのですが、どうやら正しかったようですね。さすが私です」
「でも貴女の魔力は――」
「衝撃波程度、拳一つで作り出せない道理が御座いますか?」
「――」
しれっと当然のように、当然の事実を口にする“彼女”に虚勢は何一つない。第一、先ほどの拳が“全く見えなかった”という事実が何よりも“彼女”の余裕の証拠となる。
魔力も完全に封じられて、本当の意味で身一つで抗っているはずの“彼女”の姿に、ステイルサイトはしばし見惚れて言葉を口にするのも完全に忘れた。
しばらくの後、浮かび上がってきた感情は歓喜、歓喜、歓喜。喜びと、抑えきれない興奮の衝動。
「……くくっ、はは、あははははっ。そうだ、この程度の逆境なんて軽く跳ねのける力っ。そしてその余裕と、何者も寄せ付けない美しさ。それでこその貴女だっ!!」
「あなたにそのような事を言われても――逆に不快で気分が悪くなりますね」
「様子見はもう終わりだ。もう我慢できない――いや、初めからする必要もなかった。それは貴女には失礼と言うモノだっ。そうでしょう!?」
「どちらでも。どちらであろうと、既にあなたの末路は決まっている」
「言うねっ!! ならばこちらも全力を以て貴女の言う末路とやらに抗ってあげようじゃないか!!!!」
「――何を勘違いしているのか存じる心算も御座いませんし、最初に私はしばしの間の“暇潰し”をと申し上げたまでの事」
「さあ、今度こそ本当の出番だよ、蜜の泉≪ユグドラシル≫。そして“燎原”の力よ。殺してしまわない程度に、彼女をいたぶってあげようじゃないかっ!!」
「何より、あなたの末路を決めるのは私などではなく、私の、旦那様です」
「全てを塗りつぶせ――Wildfire」
「――でも力加減をつい間違えても、大丈夫……ですよね?」
力加減間違う=ヤっちゃうって事で、一つ。
何か最近一話が短い気がする……と、言うよりも続きものみたいになってる所為だからだろうな、と。こう言うのなら『一週間開けてまとめて』と『一日づつ細々と』じゃどっちがいいんでしょうね?
ま、そんな事は置いといて、と。
キスケとコトハの一問一答
「贅沢は敵だ! 殲滅しろっ!」
「贅沢は敵です、そして敵は殲滅です! ……処で師匠、その“ぜいたく”ってどこにいるんでしょうか?」




