Wildfire-8
ちっ、ちっ、……ちぃぃぃ!?!?
木々が生い茂る深樹の空間。気づくと一人、“彼”は其処に立っていた。
本来ならば爽快さを与えてくれる生い茂る木々は、この場所では逆に圧迫感やけだるさを感じさせていた。
その理由を“彼”は直感的にだが、知っていた。この深々と茂る木々達の栄養源は大地の恵みなどでは決してなく、ここにただ一人ポツンと建つ自分自身なのだと、何より理解している。
「――あっちか」
“彼”は迷いを見せず、ただ真っ直ぐに木々の中を進んでいった。
◆◆◆
収束して再び一本の小枝に戻った“聖遺物”≪ユグドラシル≫を手先で転がしながらステイルサイトは目の前の“彼女”へと笑みを向けた。
「ようやく貴女と二人で話が出来る」
「私はあなたと話す事など何もありませんが」
対する“彼女”は全くの無表情。主が“聖遺物”に呑み込まれた瞬間は慌てていたが、今はその様子もなく落ち着いていた。
そんな“彼女”の様子を見てステイルサイトは実にわざとらしく肩をすくめて見せる。
「貴女はいつもつれないね。でもその割に、最初のように問答無用の攻撃をせず、話を聞いてくれている。これはどういう心境の変化かな?」
「私は旦那様を信じておりますので」
「旦那様、ねぇ……。前々から思ってたんだけど、その“旦那様”って言うのは何なんだい。まさか貴女程の存在があんな男の“奴隷”であるはずもないんでしょ?」
「あなたなどに理解される必要は御座いません」
「それもそうだ。こっちもあんな男の事なんて理解したくもない。もし理解したいとすればそれは貴女の事だけだよ」
「――私は、あなた如きの理解も必要ないと、そう申し上げているのです。確かに私はあなた達の様に“隷属の刻印”は御座いませんが――旦那様は、私の唯一無二の旦那様。それ以外、以上でも以下でもない、私の旦那様」
全くの無表情、発する声にも起伏などほとんどない。だが、それでも――何故か“彼女”が呼ぶ“旦那様”の呼称にだけは温かみが感じられた。
それが、何よりもステイルサイトの内心を苛立たせる。自分を見てくれず、あの男程度を気に掛ける“彼女”が……そして回り回って自分と“彼女”の邪魔をするあの男の事に――幾度殺しても足りないほどに苛立ちを覚える。
「……やっぱり、イラっと来るね。あんな男、君が気を掛けるほどの存在でもないだろう?」
「あなたに旦那様の何を理解しているというのです」
「だからあんな男の事なんて理解したくもないね。最初からそう言っている」
「だから、と言う訳では決してないですが――その様だからあなたは旦那様には遠く及ばない。本来ならば私がこうして相手をする価値もない」
「……――及ばない? あんな男に、遠く及ばない? それはいくら貴女の言葉であっても聞き捨てならないね」
今まで笑顔を浮かべていたステイルサイトの表情が崩れる。見下すような、侮蔑するモノを思い出すように不快そうに眉を顰める。
対する“彼女”の表情は勿論、声質は微塵も揺るがない。だたいつものように堂々と――一片の惑いもなく“事実”を告げるのみ。
「ならば身に刻みなさい。あなた如きと、私の旦那様を比べようなど、比較しようとするそのこと自体が愚かしい」
「馬鹿らしい。その旦那様も結局は≪ユグドラシル≫に喰われて、これでもう終いだ。あの男のうんざりする顔を見る事も、これでようやくなくなる」
「……」
「だから、それを分かっていたから貴女もさっきは慌てていたんだろう? でも結局は間に合わなかった。結局あんな男なんて、貴女の力がなければ、なんの力もない唯のバカな奴だったって事だ」
「――ステイルサイト」
それは間違いなく、極上の美声だった。全身に寒気がはしる程の、ぞっとするような快楽とは正にこの事に違いない。
普段から感情など殆んど籠っていない“彼女”の、本当に一切の感情を斬り捨てた、耳触りが異常に良いだけの単なる音の羅列。
「身の程は弁えなさい」
だからこそ、それを受けてステイルサイトは笑う。心の底から笑みを浮かべる。今の状況と、目の前の“彼女”の未来を想像して、隠しきれない歓喜を浮かべる。
「……貴女の方こそ、貴女ともあろう方が自分の立場を弁えてないのかな?」
「弁えておりますとも。弁えてもいないのはあなたの方でしょう、ステイルサイト」
「今、貴女の魔力はこの浮島全体が封じている。その事を忘れてはいないかい?」
「忘れてなど居りませんが、忘れても問題など何一つない些事に御座いましょう?」
「単純な身体能力で言っても貴女がとても優秀なのは知っている。でも、流石に魔力を封じられた貴女とこの『燎原の賢者』とじゃ、こちらの圧倒的優位は変わらない。今、貴女の命は間違いなく僕の心の加減一つで決まる」
「……、良いでしょう。では、ステイルサイト。旦那様が御帰りになられるまで、暫しの間――お相手させて頂きましょう」
「何をおかしな事を。あの男が帰ってくるとか、そんなの在り得ないのに」
「――」
「……、はぁ、仕方ない。ならいいよ。貴女が力ずくで押さえつけられることを望むって言うのなら、そうするまで」
「――今の私が望むのは、旦那様お一人だけ」
言葉に意味はない。言葉から何かを創造する事、その事に意味があるだけだ。
……いや、前書きとか後書きとかには、基本的には本当に思い付きを書いてるだけですけどね。
と、言う事で次回あたりメイドさんvsステイルサイト……ってなるのかなぁ?
キスケとコトハの一問一答
「根性論だけで何もかもまかり通ると思ってるんじゃねぇぞ、おい」
「……師匠、私の前じゃなくって、サジリカさん本人の前で言いましょうよ、それ」




