Wildfire-6
戻りまして、ど・シリアスモード
来訪を告げる圧力に、赤髪紅眼の男、“燎原の賢者”ステイルサイトは読んでいた本を焼き尽くすと、部屋の入口――その真逆の窓辺へと視線を遣った。
それと同時か僅かに遅れて、窓側の窓、壁の全てが破砕した。
敵襲か……と少しでも慌てればまだ可愛げがあろうものの、ステイルサイトは平然とした態度を崩さない。どころか――抑えきれなかったかのように口端を僅かに釣り上げた。
此処が二階にも――それもこの館の一階は通常の家の三階分の高さがある――関わらず破砕された元・壁からふわりと一つの影が部屋へ“帰還”する。
“侵入した一つの影”にステイルサイトは僅かに眉を上げたが、それも一瞬の事。笑顔を浮かべ、歓迎するように手を挙げた。
「やあ、久――」
だがその言葉は最後まで聞く間もない。
侵入者――くすんだ銀髪、そしてメイド服を着こんだ、全くの無表情の女は、両手に姫様抱っこしていた“モノ”を静かに地面に下ろし――その一瞬後にはステイルサイトの眼前まで迫っていた。
繰り出された手刀が男の喉を貫く――寸前。
「待て」
「――」
静かに。けれど明瞭に。後ろからの静止の声に女は手を引いて、瞬き一つの後には既に元の場所――即ち彼女が下ろした“モノ”、彼女の主の傍らへと戻っていた。ただし視線だけはじっと男を睨みつけたまま、逸らす事はない。
そんな中でステイルサイトは――今し方殺されかけたというのに屈折なく、心の底から嬉しそうに笑っていた。
事実、嬉しくて堪らないのだ。殺意と愛情は表裏一体の産物であり、どちらも相手を想っている事に違いはない。それが、彼女が、こんなにも今自分を想ってくれているのだから嬉しくないはずがないではないか――と、言う訳である。
「気が早いなぁ。そんなに会うのが楽しみだったのかい?」
「……戯言を」
「さあ、どうかな? それに何より、今こうして貴女に熱い視線を向けられている。それが何よりの結果だとは思わないかい?」
「大変良く戯言を吐き出す口ですね? 貴方の矮小な命など、旦那様がお止めにならなければ既にこの世にないと知りなさい」
女から滲み出ていた剣呑さが増す。それどころか、ほとんど無表情にも拘らず明らかに女の持つ敵意がまっすぐに男を貫いているのが感じ取れた。
仮にこの場に常人がいたとすれば、腰を抜かす事すら出来ず、ただ成す術もなく金縛りにあっていることだろう。
男は笑いながらも懐から枯れ枝の様な杖を取り出す。それはどこかで見覚えのある――確か“ユグドラシル”という名の、周囲の力を吸い取る吸収型の“聖遺物”のはずだった。
それが今や、魔力を吐き出さんばかりにパンパンに膨れ上がっているとは、一体どれだけの“モノ”を喰らったというのか。
正に一触即発。何か合図があれば、ただちに二人は壮絶な殺し合い、もしくは一方的な虐殺を始めるだろう。
「――おい」
そんな中、それがどうしたとばかりに彼女の主たる男は声を上げた。余りに無遠慮に、だが思考を邪魔されざるを得ないほどに明瞭に。
女は一切の迷いも躊躇いもなく、驚くほど無防備に振り返り自らの主を見返した。ステイルサイトもそれが好機と攻めるわけではなく、小さく舌打ちをして女と同じ方角へと見下すような視線を向けた。
「一応、聞いてやる。サカラや他の奴らを傷つけた事に対して何か言い訳はあるか?」
「サカラ? それは誰の事だい?」
「テメェが一番最初に焼いた女だ」
「……あぁ、あの子か。突然消えたと思ったら元・ご主人さまの仕掛けの所為だったわけだ。でも――へぇ、もしかしてまだ生きてるの?」
「そうか。言い訳は――無いんだな?」
「言い訳なんてものをする理由が思いつかないね。……あぁ、いや、ひとつだけあったか。用意した催しものは楽しんでもらえたかな?」
「催しってのは趣味の悪い操り人形どもをけしかけた事か? それとも……ミーシャの事か?」
「どちらも。でもその様子だと存分に楽しんでもらえたみたいだね。それは何より、色々と準備した甲斐があったよ。特に“幻惑の薔薇”――おっと、もうミーシャでいいか、彼女の方は何かと手間を掛けたからね」
「そうか、ならテメェと話す事はもうないな」
「つれない事を言うね、元・ご主人さま? もっともそれはこちらとしても同じ意見ではあるけどね。これ以上彼女との邪魔をしないでもらいたいよ」
ステイルサイトがそんな戯言を吐いた時、既に視線はそちらを向いてはいなかった。
「お前もお前だ。誰があんなクズ如き相手に勝手に怪我をしていいと言った?」
視線の向かう先は女の、貫き手をしようとしていた方の手。メイド服の袖の端が僅かに焦げ、そして指先が軽度の火傷を負っていた。
「魔力を封じられていることを忘れたか?」
「いいえ」
「まさか自分の魔法耐性なら大丈夫だと高を括ったか?」
「いいえ、旦那様」
「そうか。なら――腕を焼かれてもそのまま殺れればいいと考えたんだな?」
「はい。アレは旦那様にとって有害をもたらす存在である以外何物でもなく――故に旦那様の御手を煩わせることもないかと判断いたしました」
「違うな。そんな事よりも、あんなモノの為にお前が傷つく必要はない。それにあの野郎程度を手間だと本気で思ってるのか?」
「……いえ、申し訳ございませんでした、旦那様。少々、感情が先走り過ぎていた模様です。取り繕う言葉もございません」
「いい。別にこれでお前の行動を制限するつもりじゃない。俺を心配させたい、もしくは怒らせたいって言うなら勝手にしろ。俺に止める権利はねぇよ」
「いいえ、申し開きは御座いません、と先に申し上げた言葉が全てに御座います。全ては私の至らぬところ故」
「そうか。なら勝手にしろ」
「はい、そうさせて頂きます、旦那様」
「――もう、雑談は良いかな、二人とも?」
ソレは燃えるように、仄暗い殺意の言葉だった。
「君は、いつもいつもいつも。いつだってそうだったし、今だってそうだ。そうやって直ぐにその男の方を見る。さっきまではあんなに熱い視線をくれていたって言うのに」
「相変わらずの戯言を吐きますね、ステイルサイト。それに当然のことを言いますね、私が旦那様を――旦那様だけを見るのは当然の事でしょう?」
「……どうして? そんな男に魅力があるとでも言うつもりかい? 貴女こそ、そんな戯言を吐くのはいい加減止した方がいい――」
「旦那様に魅力がない? 確かに誰にでも優しくヘタレで節操がなくて忘れっぽくてどうしようもない怠け者で甲斐性もなくて一日で一番の楽しみが庭弄りというどうしようもない趣味で――」
「おい」
低い声に女は一度だけ己が主の顔を見遣って、すぐさま視線を戻した。
「――以下省略しまして、極め付けに最近踏まれる事にさえ悦びを見出してきた節のある旦那様に、魅力がないと?」
「それだけ聞く様だと、どう考えても魅力的だとは思えないけどね。少なくとも貴女が振り返るほどの相手ではないはずだ」
「それはあなたが決める事ではないでしょう? それに理解しているか? さっきから旦那様の事を見下している様だが、お前は――あなたは、そんな男よりも魅力のないクズなんですよ、ステイルサイト?」
「……そうか。やっぱり、その男がいると君はおかしくなってしまうんだね。残念だよ、やっぱり――元・ご主人さまを殺すのが一番みたいだ」
「それは、今までで一番の戯言ですね、ステイルサイト」
「戯言かどうかは、その男を殺してからもう一度考え直してもらうよ」
それが合図だったかのように、女が半歩、道を開けるように横へと下がる。
出来あがった構図は、ステイルサイトと主との対面。女は静かに主の傍に佇むだけ。
「――テメェにできればな。ありがたく思いやがれ、ステイルサイト。テメェの相手は、俺が直々にしてやるよ」
何かかちこちだなぁ。こういう雰囲気は本当に書く気がないと筆が乗らない。
ほのぼのとかの雰囲気だと思ったまま、感じたままを文章にしていけば結構何とかなってるかもしれない、なのですけどね。
と、言う訳で次回はいよいよ正面対決?
……とかってあるかなぁ?
キスケとコトハの一問一答
「海は青い、山は広い。復唱しろ!」
「海は青い! 山は広い! ……って、師匠何笑ってるんですか、もしかして私で遊んでたんですかっ!?」




