DeedΣ. Trickle-6
もふもふっ
「点睛――≪私は願い、誓う。あの手は手を伸ばせばきっと届くと信じてるから、だから、ねえ――覚悟は良い?≫」
はね。
初めは一枚。続いて二枚、三枚、四枚と緩やかに、一方で急激に増えていく。
「っ、スヘミア様!!??」
驚愕を浮かべた少女が振り返った瞬間――世界を純白の羽が覆い尽くした。
視界が完全に羽根に――ひらりと舞ったまま永遠に落ちぬ純白を見て、それでも少女が慌てたのは先の一瞬だけ。本当にただの羽根――触れても何も起きない事を悟るとすぐさま落ち着きを取り戻した。
「……視界を閉ざしたんですか? このくらいで、私を封じたと思ってます、スヘミア様?」
「さあ、どうだろうね?」
「視界なんて初めから意味がないって事を教えてあげますよ」
「うん、できるものなら――」
声はすれども姿は見えず。
今までにない不敵な声に、少女は僅かに苛立ちを覚えた。本来ならば苛立ちなどあるはずがない――人形に感情などあるはずがないのだから――あるとするならばそれはこの身体の本来の持ち主の感情から生じたモノに違いない。
そんな事にさえ煩わされるという事実は少女に更に苛立ちを生ませる。
「こんな幻――私には何の意味もない」
少女が一瞥する、それだけでまるで視線に削り取られたように、中に漂っていた羽根が喪失した。
けれどそれも一瞬、直ぐに周りから流れ込んだ羽が空間を埋めて、視界を閉ざす。何度か試してみたものの、結果は全て同じだった。
「……本当に、煩わしい」
苛立ちとともに自らの感情をも吐き捨てて――少女、【冥了】は遊びを止めた。
すとん、と世界が闇に閉ざされる。視界を埋め尽くしていた羽根は最早一枚もない。届いているはずの光さえも遮って、【冥了】の空間はそこに完成する。
空間全てを把握しているのであれば視界など端から必要なくなるのは自明の理。【冥了】はただそれだけの事をしただけ。ただし常人であれば言うは易し、行うは難しではあるのだが。そもそも使徒【冥了】は常人ではないのだから問題はないという話。
――もっとも、今使っている少女の身体が無事である保証は微塵もないのだが。初めから使い捨てだったのだから、そこは何も問題はない。壊れたら、乗り換えればいい。ただそれだけの事なのだから。
だがそこで【冥了】は動きを止めた。止めざるを得なかった、とも言える。
把握した空間――少なくともこの浮島の四分の一ほどの広さ――に誰の姿もなかったのだから。
誰もいないにも拘らず、声は届く、姿は見えない。
「何の意味もない、だったよね、“冥了”?」
「……成程。『最果』の意味に気づいたか、“点睛の器”」
「あら? もうコトハちゃんのモノマネはやめちゃったのかな?」
「あんなモノは一時の戯れに過ぎない」
「そっかそっか。でも、どう? これで手が出せないでしょ、“冥了”」
「私としては、“点睛の器”であるにも関わらず気づくのが遅すぎる、と云わざるを得ませんが?」
「あー、カチンとくるね、その物言い。でも分かってるかな、“冥了”、あんたをどうするも私の認識一つなんだよ?」
「私が【点睛】の幻覚にかかっていると分かった程度で随分と余裕の態度ですね、“点睛の器”」
「――そうだよね、“冥了”、あんたは私の幻覚に掛かってた。攻撃だって当たってなかったわけじゃない。単に“効いてなかった”、それだけだったんだよね?」
「ええ。『最果』とは物質、精神の分解と構成。傷つけられようと、微塵になろうと、【冥了】が其処に在る事に変わりはない。ならば【冥了】が害される事もなく――【点睛】、貴女の『最凶』では【冥了】を傷つける事は叶わない」
「言ったね、“冥了”」
「云いましたとも。それに理解していますか、“点睛の器”。たとえ感じる事が出来ずとも貴女がこの空間にいる事実は変わりない。ならば――この空間全てを喰らえばそれで事足りる。壊れた玩具はあのお方の害にこそなれ、利にはならない」
「あのお方、あのお方、二の句にはあのお方って、嫌だね、本当に。点睛もそうだけど、そこまでにあのお方が大切なのかな?」
「大切? 何を言うかと思えば。……大切も何も、あのお方以外に我らが存在する理由はない。貴女もそう――いや、かつてはそうだったでしょう、【点睛】?」
「――……“点睛”は答えたくないってさ、“冥了”」
「やはり、所詮は壊れた玩具か」
「壊れてるのが誰かなんて、初めから壊れる事さえできない貴女に言えるわけがない」
「理解しろとは言わない。そもそも理解するのが無理というモノなのだから」
「あ、そう。ならね“冥了”、さっきの言葉、一つだけは訂正させてもらうよ。――“点睛”に“冥了”が倒せないって? 馬鹿なハッタリを言うのも程ほどにしなよ、“冥了”」
「ハッタリなどではない。何故なら【冥了】に害をなすよりも先、【冥了】が“点睛の器”を喰えば良い。それで嘘にはならないでしょう?」
「言うねぇ〜」
「事実です。――では“点睛の器”よ、そろそろ最後の言葉は尽きましたか?」
「最後にする覚えはないけど、これ以上あんたと話す事も何もないね」
「そうですか。では――消えなさい」
闇が――否、闇と思っていたのは全てが使徒【冥了】の分解した姿なれば。既にこの浮島の四分の一が【冥了】の体内に在ったという事実。
そしてそれはどうやっても避けようのない、『最果』による存在の分解を指しているのであり――
◆◆◆
ぷくく――あはは――――ひゃはははははははははぁ!!!!
嗤い声が世界に響く。黒き闇は崩壊し、差し込む光は澄んだ翡翠色のモノ。男神チートクライの眷族たる世界の色。
だが――それは決して【冥了】が想定していたモノではない。
あはっ、あははははははは、ァアアアアアアアアアアアア、はっ……ハハッハハハハハハッハハハハハハッ!!!!
嗤いが響く。狂気の、そして狂喜の嗤い。世界を騙して、世界が騙して、嘘が本当で、本当が嘘で――そもそも初めから真実など存在してはいない。
“狂乱の宴”の先に待つ末路は初めから狂気の終焉と、用意されている。
「――ねぇ“冥了”」
声が響く。
世界を嘲う嗤い声と重なりあって、それでも確かに声が届く。ソレは喰らったはずのモノの声。ソレは既に壊したはずのモノの声。そうでなければ――今までの事全てが化かされていたという事になるではないか。
「一体どこのどちら様に化かし合いを挑んだか、後悔しながら逝くと良いよ」
その言葉は最後通告であり、翡翠の世界が、総てを育み全てを偽り、全てを還す深緑の輝きが、世界を覆い尽くしていく。逃げ場所は――初めから存在しない。
「――自己否定しな、“冥了”」
……きゃはは、きゃはははは、きゃははははははははっ
そして世界は笑い声と、深緑の闇に閉ざされる――
◆◆◆
「――やはり、この程度。【点睛】、貴女にも最初から分かっていただろう? ヒトの身など、所詮はこの程度、やはりあのお方の、」
終わった筈の世界にソレは在る。
自己否定された末路――自己など最初からなければ、果して自己否定とは何を否定するモノになるのであろうか。
故に、ソレは其処に確かに存在する。そしてゆっくりとアギトを開いた。自分を“壊せた”と勘違いしている、愚かなる“点睛の器”に、ガブリと喰らいついて、その絶望に染まる表情を見てやろうではないか、と。
◇◆◆◆◇
「正直手ぇ出す気はなかったんだが、やっぱり傍でこそこそされると気に障る」
◇◆◆◆◇
「――ぇ?」
ソレの本能が、使徒【冥了】足るものか、それとも仮初の器たる少女のモノか、どちらかは定かではない。
だが耳に届いた――届くはずもない、この世界に耳などありはしないのだから――忘れようはずもない声に“彼女”は声にならない声で絶叫を上げた。それは絶望か、はたまた歓喜か。
◇◆◆◆◇
「それに何より、テメェはやっちゃいけない事を……強いて挙げて三つした。一つ、昔、俺のモノに手を出した事。二つ、俺の機嫌が最悪な時に、こうして俺の見知に入ってきたこと――――三つ、俺が気に入った奴泣かせて、ただで済むと思うんじゃねぇぞ?」
◇◆◆◆◇
「ぅ、ぁ……」
このままではいけない。絶対的にいけない。“滅ぼされる”前に、逃げなくては。
“滅ぶ”などと言う使徒にあり得ない思考がよぎるのは何故か、そんなモノは決まっている。相手が、声の主が使徒を――“神さえも“滅ぼす事が出来る存在だからに他ならず。
嘗ては奇跡的に、“冥了の涙”として使徒【冥了】の欠片の一片が生き延びる事が出来たが、今度もそうあるという保証はどこにもない。
――どころか、絶対に“滅ぼされる”
それは使徒【冥了】が生まれてこの方、初めて感じる死への恐怖に他ならなかった。
他の無様で出来損ないの使徒たちのように、転生してヒトに宿るなど真っ平御免被る。
なのに――
「あは、あは、あははっ」
身体が動かなかった。
かりそめの器として少女に宿った弊害がこんなところにも出てきていた。本来であれば――純粋な使徒【冥了】であるならば、恐怖などと言う感情は抱きようもないモノを。
◇◆◆◆◇
「逝き掛かりの駄賃だ。受け取っておけ、【冥了】」
◇◆◆◆◇
「あはははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハhhh……」
≪Godless――神の僕、全てを尽く殲滅しろ≫
ちーと、くらいっ。チートで暗い野郎です。
む〜
キスケとコトハの一問一答
「お前、少しくらいは料理覚えとけよ」
「酷いです師匠、私だってそれくらい……えっと、で、出来るんだからっ!!」




