DeedΣ. Trickle-5
着々と。
「……もぅ、師匠ってば」
目前に振り上げられた凶器の刃を前にしてもその少女の表情は微塵たりとも揺らがず、むしろ慈悲と憐憫を混ぜ込めたような表情をしていた。
刹那を置かず振り下ろされた刃は少女の身体に深々とのめり込み、その身体を、肉を両断する――そんな幻視があった。それほどの見事な斬り込みであった事だけは疑いようはない。
「っ!?」
刃は、少女を傷つけるはずだった凶器は、少女に触れる寸前に消えた。初めから存在していなかったように、まるで振り下ろされた刃が初めから幻影だったように、忽然と消えていた。
驚愕を浮かべるキスケの頬に、少女は流れるように自然な仕草でそっと手を添えて――
「余り手間を取らせないで下さいね?」
地面に押し倒した。
直前にキスケの態勢を崩した様子もない、そのか細い細腕一本でどうやって、と思えるほどに完全に力任せに少女は男を地面に沈めていた。
「キスケ兄!!」
「大丈夫ですよ、スヘミア様。師匠は大切な私の手駒です。壊れない程度の躾に留めますから。それよりも先ず、ご自分の心配をしたらどうです?」
「……ぇ?」
まだ互いの距離は大きく開いている。魔法を展開しようとしている様子もない。攻撃手段はないはず――なのに。
腕の“一部”が、欠けた。小さくだが何かにえぐり取られたように、ぽっかりと二の腕の肉が欠けていた。
「っ――」
遅れてくる激痛を、一瞬の判断でカットする。若干、二の腕に覚える違和感はこの際無視をした。
先ほど、腹部に致命傷を受けたのと同じ現象。どうやって、とは考えない。少なくともコレが『最果』の使徒である“冥了”の力の発露である事に違いないのだから。
問題は、どうやって攻撃されたのかと、どうすれば回避できるのかの二点。それさえ判明すれば原理などどうでもいい。
「……って言っても、点睛は協力してくれないだろうしなぁ。点睛が教えてくれれば一発で分かるのに。もうっ」
「そう。一応【点睛】もあのお方への忠義は忘れていないんですね。ただこの程度、ヒトの子に知られても問題はないんだけど」
そう言って真横に掲げた少女の手の中には、いつの間にか一振りの刀が握られていた。
「【灼眼】が用いていたのと同形――鬼族が好んで用いる武器、刀。……うん、流石師匠。効率よくヒトを殺せそうな、良い凶器だね、コレは」
少し楽しそうに口元を綻ばせる少女の姿を、ずっと見ていた――確かに見ていたはずだった。
その限りにおいて、あの刀は間違いなく一瞬で少女の手の中に現れていた。何のタネも仕掛けもなく、その刀は彼女の手の中に一瞬で“形成”された。
「――?」
“形成”という言葉に引っかかりを覚えた。理由はない、ただ何となく“形成”なんて言葉を使った事が不思議だったに過ぎない。
と、そこで――
地面に押しつけられていたキスケが、吠えた。力任せに身体を起こそうとして、僅かに身体が浮いた。
「この、程度で……俺を抑えられると思うなっ!!」
「流石、鬼族。それも倒すべき【厄災】に成っただけの事はありますね。私の力じゃ押さえつけたままは大変そう。でもね、師匠」
「っ、――がああああ!?!?」
「ふふふっ、あはは……アハハハハハハハハハハハッ!」
手に持った刀をキスケの身体へと突き刺した。それも一度ではない。何度も、何度も。それこそ“本来”ならば致命傷を与えておかしくないほどに滅多刺しにした。
少女の顔に張り付いているのは悦楽の笑み。仮面のように張り付いて変わらない表情は、本当に楽しいと思っているかさえ分からない、そんな不気味な笑みだった。
“本来”なら致命傷――だがキスケの身体は血の一滴どころか傷の一つすらついてはいなかった。
刀を身体へ突き刺して、抜き取る。その動作に苦痛の声をあげるのだから、間違いなく痛みは感じている。だが抜き取られた傷口に傷はない。ただ突き刺した、という結果が裂かれた服と上がる苦痛から分かるだけ。
「――成程、そう言うわけだったんだ」
傷つかぬ――少なくともそう見える身体と、恐らくは苦肉ながらも点睛が出してくれた“形成”という言葉のヒント。
確かに“これ”なら今までの事も説明がつくし、何より彼女自身の言葉の通り『知られても問題はない』。何しろ防ぐ手段と言うモノが思い当たらないのだから。
「……ほんと、つくづく思うけど十二使徒の力って反則だよね」
――それを貴女がいいますか、“点睛の魔女”、そしてマイマスター・スヘミア
こう言うときだけ返答をくれる自分自身にほんの少しだけ苦笑して――
「そもそも化かし合いは私の本分なんだからね。お株を取られたとあっちゃ、黙ってもられないって話だよ。ねえ、点睛?」
――イエス、マイマスター
「タネも仕掛けもちゃんと在る。でも“ソレ”がないのが私たち“点睛の魔女”の能力。だから初めから負けるわけにはいかないし――負けるわけがない。そうだよね、点睛」
――はい、その通りです、マイマスター・スヘミア、そして、改めて問いましょう、スヘミア、貴女の願い請うは?
「オッケー!! この世の地獄を、今度こそ魅せてあげないと。――やられっ放しで、いい加減私も自分にキレちゃいそうなんだよね♪」
――マイマスター・スヘミア、貴女の願うままに、この世界は貴女の請うように
多分、次で決着……の、予定。
キスケとコトハの一問一答
「お前、ちょっと真面目過ぎ。もっと適当に生きろ」
「はい、師匠っ。分かりました!」




