DeedΣ. Trickle-1
Trickle = 点睛、Wildfire = 燎原
という感じです。
「……久しいな、我が肉体も。例え仮初の嘘だとしても、悪くはないモノだ」
翡翠色の長髪を地面擦れ擦れまで垂らし、頭を隠す【冥了】の表情は見てとれない。だがどんな表情を浮かべているのかは知っている。
どうせ、何もない無表情。人形のように均衡のとれた容姿に、仮面を張り付かせたような無表情。【冥了】に比べれば、旦那様の前以外では滅多に表情らしきものを浮かべない“彼女”でさえも表情豊かに見えてくるのだから、これはもう無表情と呼ぶに相応しい。。
顔を上げた【冥了】はやはり無表情で、思惑通り使徒【冥了】本来の姿形に安堵し、けれど相変わらずの様子に少しだけ落胆した。
「――で、これでどうしようと言うのか、【点睛】」
「決まってる。昔、君を滅ぼしたって言うヒトと同じように――“冥了”、君をもう一度滅ぼしてあげる」
「それは無理というものだな。【点睛】――いや、“点睛の器”なる少女、あなたは十二ある使徒が、力の方向性は違えど、ただ一つを除いて皆均等な力を持っていることを知っていますか?」
「……何、その均等じゃない一つってのが自分だから、私が勝つのは無理ってでも言うつもり?」
「いいえ。そのような事は云わない。ただ一つとは、あのお方を含む三柱全てに認められた『最強』の使徒【燎原】であり、使徒【冥了】ではあり得ない」
「なら私と君の力は均等なはず。滅ぼす事だって無理じゃない――」
「そうだが、それはあくまで“点睛の器”、あなたが使徒【点睛】の力全てを出し切った時に限る。小人の身で勝ちが覆るほど私は優しくはないですよ?」
「――知らないの、“冥了”。私たちヒトの可能性って言うのはね、その程度の不可能なら可能にしちゃうほど凄いんだよ?」
「仮に“器”であるとしても、あのお方の使徒が、それも一番槍たる【点睛】がヒトの可能性を語るか。……堕ちる処まで堕ちたな、【点睛】」
「……点睛は何も言ってくれないけど、何だか話を聞いてるだけであのお方とやらの陰険な性格が見えてくるみたいだよ。ほんと、最初の頃の“点睛”と言動がそっくり」
「【点睛】よ、其処まで堕ちた貴女を壊してあげるのも、また慈悲か。――良いでしょう」
「はっ、何が慈悲なもんか。そんな慈悲なんて、有ったら堪らないよっ」
「所詮、ヒトの身たる“器”程度にはさし計れぬモノ。理解できぬことを気にする必要はない」
「――ほんと、何から何まで“点睛”とそっくりだよ、その言動はっ。知ってるかな、こっちが分からなくてもそっちに解からせる、なんて事もできちゃったりするんだよ?」
「……そう言う所は少しだけ、言動が【点睛】らしいね。まあいい、すぐに楽にしてあげるよ、【点睛】」
「大きなお世話――だっ!!」
大きく腕を振う。
でもそれはただの腕じゃない。腕は斧、そして斧は腕。触れたモノを真っ二つに両断する、絶境の大牙。
大斧と化した腕の一振りに触れた“冥了”の身体はそのまま真っ二つに裂かれて――それだけじゃ飽き足らず後ろに会った空間も真っ二つに引き裂いた。
「――どうだっ!」
「……それで、何かしましたか?」
「ぇ!?」
さっき真っ二つにしたはずなのに、其処に在ったのは何事もなかったみたいに佇む“冥了”の姿。
……そんな、確かについ今、真っ二つに両断したはずなのに。
「私を壊すと、大言を吐いた割にはたったあれだけで終いですか、“点睛の器”?」
「――っ!!!!」
腕を突き出す。――槍と化した腕に身中を貫かれる“冥了”の姿。
腕を振り下ろす。――落雷と化した腕が“冥了”を脳天から貫いて、その全身を焼き尽くす。
腕を何度も振う。――“冥了”を駒切れにして、塵も残さず切り分ける。
“冥了”を、大気を睨みつける。――爆散する“冥了”の身体。
◆◆◆
幾度も殺した。幾度も粉々にした。幾度も消し飛ばした。なのに――なのにどうして。
「それで気は済んだか、“点睛の器”」
“冥了”は何事もなかったみたいに――ううん、“冥了”にとってはきっと本当に何事もなく、ただ初めと同じ姿で同じ場所に佇んでいた。
「っ、まだ――」
「“構築”ばかりで、お得意の“再構成”はしないのですか、“点睛の器”?」
「それは……」
使徒【点睛】の能力は、たぶん大きく分けて二つ。
相手に偽りの記憶を――例えば造り出したイメージなんかを他者の頭の中に叩きつけること。つまりそれは記憶を“構築”することで、例えば幻や嘘なんかを見せる場合はこっちになる。
記憶に限らず他者の全てを侵し壊す――記憶を読み取ったり、消したり書き換えたりする、“再構築”。完全に他人を壊す事も出来る、それとキスケ兄に使おうとしてたのはこっちになる。
ただし、“冥了”に対して“再構成”だけは絶対にするなって“点睛”に強く言われている。
理屈は私にも分かる。使徒の記憶なんて直視したらこっちが壊されるかもしれないし、そうでなくとも手痛いしっぺ返しを負うだろう事は簡単に想像がつくから。
「いえ、意味のない事を聞きました。所詮小人の身たる“器”ではあのお方の坐す神の領域はおろか、真の意味で私たち使徒の領域にさえ踏みいる事は出来ないか。【冥了】たる我を壊そうとしたところで、逆に“点睛の器”が先に崩壊するのは分かり切った事実」
「なにを、好き勝手な――」
「今の説明に違う所がありましたか、“点睛の器”よ?」
「っ」
「在るはずがない。私はただ事実しか述べてはいないのだから。それにこの程度は理解していたはずです、“点睛の器”」
「――」
「何も言えないのがその証拠――さて、そろそろ貴女の哀れな姿を見ているのも痛々しくなってきました、【点睛】。早急に、終わらせましょう」
「……何を、するつもり? この空間は全てが私の思うが侭、どんな事をしたって、“点睛の眼”を破壊しない限りは私を傷つけることは不可能だよ?」
「――【大厄災】程度に可能な事が使徒【冥了】に不可能と思われているのは甚だ不快ではありますが、赦しましょう。所詮は堕ちた、欠陥品たる使徒【点睛】、かつての我が同胞」
「っ!!」
「では、『最果』の使徒【冥了】の力、その身で味わわせてあげよう。憐れな使徒の、壊れた末路――“点睛の器”よ」
突然ですが。
使徒同士の能力は基本的に同じですが、相性と言うモノはあります。じゃんけんのぐー、ちょき、ぱー、みたいな感じ? ちなみに“燎原”だけがそこから頭一つ飛び出てるみたいなお方。
“点睛”の能力は基本的には精神攻撃系なので、物理攻撃系の使徒相手には相性が悪かったりするのです。いうなれば点睛の攻撃ってHPじゃなくてMPを減らすヤツ?
この場合“冥了”が何攻撃かは……追々って事で。
キスケとコトハの一問一答
「男はやる気と度胸! そして女は――」
「女は半歩下がって、寛容さと愛嬌ですねっ、了解です、師匠!」




