DeedΣ. スヘミア-4
彼女のターン、……?
何の躊躇いもなく歩み去っていく男と、それに付き従って往く女。
その二人を後目に、その場に残った二人は互いを見つめ合ったまま動かなかった。
「……キスケ兄」
「スヘミア、お前、俺が言った事は覚えてるよな」
「うん、覚えてるよ」
「なら死ぬ覚悟はできたってんだな」
「私も、前に会った時に言ったよね? キスケ兄の事は、例え洗脳してでも私が止めるって」
「んな事も言ってた気ぃはするが……お前も知ってるだろう、世の中ってのは口先だけじゃどうにもならねぇ事が全てなんだよ。何をほざこうと、何もできなきゃ結局は同じだ」
「うん、キスケ兄の言うとおり――何もできないのなら、結局は何もしなかったのと同じだね。でもね、だからこそ私はその何かをするために、キスケ兄を止めるために此処にいるんだよ?」
「口だけなら何とでもいえるさ。それに――俺を止めるだって? ついこの前何もできなかった奴が良く吠えるな」
「うん、私に、覚悟がなかった所為だよね。口では何とでもいえる……本当にその通りだよ」
「俺はテメェの戯言に付き合ってるほど時間を持て余してねぇんだ。ゆっくりしてると折角の相手が――レムや『白面』の奴がステイルサイトの屑に取られちまうからな」
「……キスケ兄は、勘違いしてるよ」
「あん?」
「お姉ちゃんは――それにレム兄様は、『燎原の賢者』なんかに負けないよ?」
「だろうなぁ。まともにやり合えばその通りだろうさ。あの女と正面切ってやり合える奴なんてそれこそ神か魔王、それに匹敵する存在くらいだろうな」
「そう、だね」
「まあ、あの陰険野郎が正面からまともにやり合うとは思ってもねぇがな」
「――ううん。キスケ兄は居なかったから、あの時を見てないからそんな事が言えるんだよ」
「見てない? ……どういう意味だ?」
「キスケ兄、レム兄様が本気で怒ってるとこ見たの、今日が初めてでしょ?」
「あぁ? ……ああ、そう言えばあんな野郎の表情は初めて見たな。よほどステイルサイトの事が憎いんだろうな」
「私は……一度だけある。レム兄様が本気で怒った時のこと、キスケ兄が行方不明になってから、ちょっと後のこと――」
「――ほぉぅ、野郎、隠してるとは思ってたがテメェがそこまで言うって事は、中々期待できる腕って事だな」
「期待? そんな馬鹿な事、思っちゃダメだよ、キスケ兄。……それに、キスケ兄はレム兄様やお姉ちゃんと戦う事は出来ないよ。私が、いるから」
「言うなぁ、スヘミア。だったら俺はさっさとお前を駆逐してあいつらの後を追わせてもらう――かぁ!!!!」
「っ!? “点睛”!」
――イエス、マスター
「っ、……今のが使徒『点睛』の強制割り込みって奴か。だが、その程度の力で俺の信念を捻じ曲げられると思うなよ?」
「思ってないよ。だから捻じ曲げるんじゃなくて私は――“書き換える”よ」
「――ちっ、やっぱりテメェは点睛だ。俺の憎むべき、世界の走狗。所詮テメェもあの『冥了』と同種ってわけだ」
「……ううん、私はスヘミアだよ。『点睛の魔女』スヘミア。それ以外に何者になるつもりも予定も、今の私にはない。『冥了』と同じように――あの子みたいに堕ちたりなんて、私は絶対にしてやらない」
「もう良い。せめて、抵抗しないなら楽に殺してやる、スヘミア」
「それは無理な相談だね。だって、私はまだ死ねないから――≪点を穿つは点睛の、私の意志――≫」
「――祝詞か。どうやら今度こそ本気みたいだな」
「≪――千を穿ち、万を穿ち、立ち塞がるもの全ての意志を穿つは我が宿命、我がサダメ≫――だから誓うよ? これは私“たち”の誓い、私の誰にも譲れない、願い」
「――ちんたら遅いな。鈍間な自分を恨め――!!」
迫り来るは必殺の凶器を片手に持った怖い怖い、……でも本当は優しい優しい青鬼さん。だから、例え目前に迫っているのが死だったとしても、私が浮かべるのは絶望じゃなくていい。
笑っていよう。
「ううん、キスケ兄?」
点睛、起きてるかな?
――はい、マイマスター、スヘミア、願い請うは?
「“私はここだよ”?」
「っ、――何!?」
キスケ兄の刀が“私を斬りつけて”、“空ぶる”。矛盾なようで、そうじゃない。実際キスケ兄はそう体験したたはずだから。
「この世の嘘は全部真実。この世の本当は全部ウソ。それがこの私、『点睛の魔女』の世界。キスケ兄、不思議のラビリンスへようこそ。歓迎するよ?」
「……ふん、総てが嘘か真実は分からねぇなら、全部を叩き斬るまでだ」
「そうだね。それが正解だよ、キスケ兄。ただし――どれが全部か、ちゃんと分かるのならね?」
点睛、分かってるよね?
――ええ、スヘミア。何よりも、総てを消すのは私の最も得意とするところ
こらこら、そんな怖い事を平然と言っちゃダメでしょ、点睛。
――でもそれが嘘で塗り固められた、私の真実だから。スヘミアだって分かっているのでしょう?
まあ……ね。
「――っ!?」
キスケ兄が何かを言っているけど、何も聞こえない。少なくとも、キスケ兄にはキスケ兄の言ってる事を聞くのは無理な事。
今キスケ兄の前に広がっているのは“何もない世界”で、それはきっとキスケ兄が望んでいると思いこもうとしていたモノ。そして――昔私がいた世界。
「さあ、キスケ兄。何もないこの世界、全部叩き斬れるのなら、斬ってみて?」
「――あぁ、良いぜ。望みどおり、この腐りきった世界全てを切り刻んでやらぁ!!」
「ッ……ぇ?」
キスケ兄の髪が、また少し黒く……ううん、完全な漆黒に――
――【厄災】に完全に堕ちましたか。なら処分する他ない
……点睛、言っていい事と悪い事があるよ?
――何を? マイマスタースヘミア、【厄災】は世界全ての敵、決して覆らぬ悪、【厄災】、滅ぼすべし
私はっ、キスケ兄を助けたいのっ!! 消したいんじゃ……殺したいわけじゃないっ!!!!
「余所見たぁ、良い身分だな、――スヘミアよぉ?」
「……ぇ?」
「呆けたまま、痛みもなく逝け」
――スヘミア!!!!
そこには、優しい優しい青鬼さんがいて――
「師しょ――!!」
――目の前に突然現れた、優しい優しい赤鬼さんが、違う、真っ赤な血が、いっぱいいっぱい、咲いていたんだ。
と、言う訳で華々しくバトル……と行きたいところではありますが、華々しいバトルなんて無理なのです。会話だけじゃチョイ厳しいのですよ、と。
キスケとコトハの一問一答
「高い。値切れ!」
「流石にもう無理です、師匠!」




