ど-295. 離れて、くっついて
離れた後は、少しだけ寂しさが残るのです?
「ん〜、こうしてみると何か寂しいモノがあるよな。少し片腕が寒く感じる気もするし」
「お望みとあらば抱きつかせて頂きますが?」
「いや、止めておく」
「それは、残念」
「ま、こう言うのはアレだ。いつもやってるからいいんじゃなくて、偶にやるからそのありがたみが分かるって、そう言うヤツだろ、多分」
「私はいついかなる時如何なる場合を置いても常時旦那様に抱きついていても構いませんが?」
「歩き難いだろうが。それにいつも腕組みしてるってのはただの傍目で見て痛いカップルだぞ」
「つまり今までの旦那様と私は他の方々から見て痛いカップルだったという事ですね」
「……そうなるな」
「私と旦那様は痛いカップルだったという事ですねっ!」
「だからそうなるな、って……お前、どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」
「いえ、特に嬉しがってはおりませんが。何故そのような事をお聞きになるので?」
「いやな、お前は否定したけど、その割にはお前にしては非常に珍しく声が弾んでいたような気が……」
「旦那様は、相も変わらず頭は大丈夫ではないのですね?」
「そんな事はないぞ。少なくとも今のお前が照れ隠しをしてるって事くらいは分かっているつもりだ。……ただ何をそんなに恥ずかしがってるのかが良く分からねぇんだけどな」
「だから旦那様は駄目だというのです」
「え? 今、俺は何を駄目出しされたんだ? 俺が素敵すぎるのは原因だという事だけは間違いないのだが……」
「……その様な事、知りません。ご自分でお考えくださいませ」
「んー、そうする。何となくこう言うのは自分で答えを出した方がいい気もするしな」
「つまり私は一生、その答えを聞く事は出来ないとの事なのですね」
「どういう意味だ、それは」
「言葉通りの意味ですが。それとも旦那様は遂にこの程度の言葉さえも理解できなくなってしまわれましたか、そうですか、それはそれは……」
「いや俺まだ何も言ってないだろ? それに今の言葉の意味くらい俺にだって分かってるっての。つまりお前、俺を馬鹿にしてるって事だろう?」
「そうですか。………旦那様は、やはり遂に――」
「ぇ、もしかして違ったっ!?」
「ええ。私が旦那様を馬鹿にするなど、その様な慇懃無礼極まりない行いなど、かつて一度たりともした事は御座いません」
「……あれ、そうだったか? と言うよりも正にお前の態度って慇懃無礼だったりしないか?」
「その様な事あろうはずも御座いません。私は常に一片の疑いようもない真実を述べているだけであり、旦那様に対する悪意ある悪口その他の見下すような発言をした事は一字一句たりとも御座いません。旦那様の御名に誓って、御座いません」
「いや、そう言う事を俺の名前に誓われてもなぁ。今一ありがたみと言うか、信じる気持ちと言うモノが湧いてこないんだよな」
「常々思っていた事なのですが、旦那様は他のお嬢様方と私とを明らかに差別してはおりませんでしょうか?」
「差別? いや、俺は別にそんな事をしているつもりは全然ないぞ。世界中のお嬢さんには等しく俺の愛をだな、愛を……あー、つーか自分の言葉に妙な違和感を感じるのは何故だ?」
「旦那様の発言に疚しい個所が満載だからです」
「……そ、そうなのか?」
「はい。私の言葉を信じて下さいませ、旦那様」
「ああ、信じ……お嬢さんの言葉は何があろうと信じるのが俺のモットーだが、あれ? やっぱりおかしいな。お前の言葉だけは素直に信じたくないぞ?」
「その様に切ないお言葉を私めに賜れないで下さいませ、旦那様」
「俺も別にそんなつもりは……おかしいなぁ???」
「本当に、酷い旦那様で御座いますね」
「あー、何て言えばいいのか……悪いな」
「いえ、このような所も含めて、それでこその旦那様で御座いますので」
「……そ、そうか」
「はい。それはそうと致しまして、旦那様?」
「ん、何だ?」
「私、やはりまだ少々足元がおぼつかない気がするのですが……」
「そりゃ気の所為だろ。お前の言う呪いとやらだって解けたはずだし」
「――そうでございますね!」
「ぇ、俺今何か悪いことでも言ったか?」
「……いえ、一切言っておりません。――あ、足が滑りました」
「っと、危ないな。大丈夫か?」
「はい。旦那様が抱きとめて下さいましたので、大丈夫です」
「……、あー、何だ、その」
「はい?」
「足元、まだ危なそうだから。やっぱり手でもつないでおくか?」
「……旦那様、一体どのような下心がおありで?」
「さあ? お前はどんな下心が俺にあると思う?」
「……さて。私としましては、例えどのような下心であろうとも、総てを受け入れる所存に御座います」
「…………あ、そう」
「はい――私の、旦那様」
痛いカップル……メイドさんは凄く喜んでおり、ます?
ちなみに300まで残り五つ。
旦那様の(余計な)一言
「まあ、何だ。他意はないというヤツだ、うん」




