ACT. XX スィーカット-1
ミミルッポさん、能力開眼です!
この館には化け物がいる。
「くそっ、あの娘、アレでは我を封じた原初の白龍に勝るとも劣らぬではないか」
全殺しにします、と宣言した後、ミミルッポが割って入ってくれなければ間違いなく全殺しにされていた。そうでなくとも九割九分ほど殺された所為で力のほとんどを削がれてしまっている。
…傷は辛うじて余力で治す事が可能だったのだが。
「スィー?どーしたの、大丈夫??」
「あ、ああ。大丈夫だよ、心配要らない」
化け物といえば我のマスターになったこの少女、ミミルッポも化け物だ。まさか我を受け入れてなお狂わぬ――以前と変わらぬ者などいようとは思わなんだ……あの化け物娘は別としてだが。アレなら資質を無視しでも我を使役し得る可能性がある。
それにしても久しく外界には出ていなかったからなのか…
「ここは何処なのだ?」
地上の慣れ親しんだ空気とは微かに異なる、それに濃密な魔法の香り。
「ここ?ここは館だよ」
「それは見れば判る。我が尋ねたのはどの辺りにある館であるかと言う事だ。常時に渡りこれほどの濃密さだ、『灼眼』か…それとも『点睛』辺りの領域か?」
「『しゃくがん』?『てんせい』?」
この様子ではミミルッポは知らぬか。ならば、
「この土地の主の名は?」
「あるじ?…よくわからないけど、ごしゅじんさまのこと?」
「ん、ああ。恐らくそれだ」
ご主人様?それにしても最近の者は土地の主の事をご主人様などと風変わりな呼称で呼ぶのか。ふむ、それはそれで興味深――
「れむさまだよ」
「い、…は?」
れむさま?
「すまないがもう一度言ってくれないか、ミミルッポ?」
「れむさまだよ」
我の記憶では土地の主――十二使徒の名にそのような者はいなかったはずだが。我の思い違い、いやそれはない。ならば……
「ふむ、昨今では十二使徒どもが直接地を納めている訳ではないのか。否、それともそれだけ生物が増えたという事か?」
「???」
「…待て。それはどういう意味だ?」
ミミルッポの表情からはまるで我の話が理解できていないかのよう。いくら頭が幼いとは言えここまで――土地神を知らぬ程なのか。いや、それは否だ。先ほどミミルッポは確かに『れむさま』と申すものが主人であると言った。分かっていないわけではないはず。
「スィーのことば、わからないね」
「…」
これは、少々考えを改めるべきか。
ミミルッポの態度から察するに十二使徒は既にいない――少なくとも土地の主ではもうないらしい。確かに奴らの体制が未来永劫続くなどと思うてはいなかったが…はて、我は如何ほど寝ていたのか?
まあ、どちらにしてもよい様だ。
「だってここっておそらのうえだよ?」
「――」
我は、また勘違いしていたようだ。
確かに時代は過ぎていたようだがまさか――まさかこの場所が【竹龍の地】だとは我も想定していなかった。しかし、なるほどか。確かにそれならばあの原初の白龍にすら及ぶ娘にも若干の納得がいく。“くすみ”具合から見て直系ではないにしろ傍系なのだろう。
しかし、それにしても。
あのある意味で高慢な龍種が人間を自らの聖地に招き入れるとは、時代も変わったものだ。
どれほどの時が経ったかは存ぜぬが、我の知る事柄はおおよそ通じぬと思った方がよさそうだな。
さてはて、では我はどうするべきか。一先ずは知識を得るべきだが…悪いがミミルッポでは期待できそうにないな。かと言って使役されている以上、ミミルッポの傍を離れるわけにもいかぬ――
「失礼します、ミミルッポ様?」
「あ、ユーだ」
ユー?
ドアが叩かれたと思えばミミルッポが向かって行ってしまった。むぅ、我が止めるのも間に合わぬとは。
この我を使役しておるのだ。今後、ミミルッポには多少なりとも自覚してもらう必要があるようだな。
「ミミルッポ様、彼方のご様子はいかがでしょうか?」
「かなた?」
「スィーカット様の事でございます――と、聞くまでもなくいらっしゃられましたか。久々の外界でしょう。いかにお過ごしでしょうか、スィーカット様?」
と、思ったが誰かと思えばこの娘だったか。道理で我すらも誰か来たのかまるで分らなかったはずだ。
「丁度いい所に来た。少し尋ねたい事がある。…ミミルッポは少しここで待っていてくれるか?」
「?うん、判った」
「何のご用でしょうか、スィーカット様。はっ、まさか私と二人きりの時を狙って、それはいけません。私には旦那様がおられますし何より――」
娘が理解不能の事を――不気味なほどの無表情で――言っていたが無視して先にミミルッポから離れる事にする。
「冷たいお方ですね。私の戯言につきあってくださらないとは。まあ、別段私としてもそれで全く構わないのですが」
「ユー、スィーはいいこだよ?」
「…ええ、そうでございますね、ミミルッポ様。では、スィーカット様も少々訪ねたい事がおありなようですので、少しばかりスィーカット様をお借りさせていただきます、ミミルッポ様」
「???うん」
「では」
少ししてからようやく娘が来た。もしやミミルッポの奴に何かいらぬ事でも吹き込んだのか、と思いミミルッポを見やったが…特にこちらに関心を示しているでもなし、おかしな様子は見られない、か。
「それで、スィーカット様、私にお尋ねしたい事と言うのはどのような事でございましょうか?」
「ああ、それはだな――」
「死にました」
「じゅ…は?」
聞きたい事は何か、と尋ねてから娘は間いれず断言した。意味が分からない。
…いや、意味は――。
「まさか」
「お疑いになられるのならば結構ですが、必要以上の検索は身を滅ぼす事にもなりかねませんよ?」
確かにこの娘ならばあり得る事だ。我が何を知りたいのか、初めから分かっていたなどと。それに奴らが滅ぶというのもあの傲慢さからやがてはそうなるだろう事は想像できていた。なにも驚く事はない、か?
「ならば今は、何年だ?」
「スィーカット様はいつの年代から言えばご理解いただけるのでしょうか?」
「そうだ…な。それでは原初の白龍のいた時代から我が顕現するまでどれほどの時が過ぎたというのだ」
「原初の白龍……ルーロン様の事ですか」
「ほぅ、やはり奴を知っていたか。それにその髪の色、奴の縁者だな?」
「その質問にはお答えいたしかねます。ですが、そうですね……ルーロン様が没されてから恐らく五万年ほどでしょうか。栄華を期していました龍の時代は今は滅び、人の世となっております。そして龍の時代が終わりを告げた時を同じくして神々の没落が始ったと――書物にはそう記されておりました」
「書物?貴様は――」
「それにはお答えいたしかねます、と申し上げたはずですが?それとそれ以上の事をお聞きになりたいのであられれば旦那様にお尋ねされるとよろしいでしょう。ただもう一度忠告させていただきますと無駄な詮索は己の身を危うくいたします。スィーカット様はご自身の未来の、そしてミミルッポ様の事をしっかりとお考えになられるのがよろしいかと?」
ぐむ、と口を噤む。
確かにこの娘の言う通りだ。何を言っても昔は変わりはしない。大体において奴ら十二使徒が滅んだというのならそれはそれで我にとっては好都合でしかない。奴らに突っかかれる事はないし、ミミルッポの安全もそういう意味では当面確保できたといってもよい。
「それよりもミミルッポ様がお待ちのご様子ですよ。行ってあげては如何ですか?」
その声にミミルッポを見ると確かに、ミミルッポの奴がこちらを興味深そうに見つめていた。
確かにそろそろミミルッポも待つのは限界のようだ。
「スィー、はなし、おわったー?」
「ええ、終わりましたよ、ミミルッポ様」
ミミルッポが大きく叫んでやっと我に届いたのに対して、この娘はごく普通の音量で答えた。それでもミミルッポには何故か届いたようで駆けてこちらにやってくる。
「それではスィーカット様。こちらに居られる限りは私どもが身の安全を保証いたします。また、主であられるミミルッポ様は言うに及ばず。お尋ねしたい事は多々おありでしょうが今はごゆるりと休息なされるよう。では――」
体当たり然とした勢いで文字通り飛びかかってきたミミルッポを怪我させないよう細心の注意をしながら何とか受け止めて、振り向くとすでにそこには銀髪の娘の姿はなかった。
「あれ、ユーもういっちゃった?」
「ああ、らしいな」
「ユーはいそがしいもんねー」
そうだな、とミミルッポに同意する中で考える。
確かに当面危機はなさそうだしゆっくりとくつろぐのも悪くはないかもしれない。封印される直前、奴が言った言葉が不意に思い出された。
――ほほ、それはそなたの傲慢よ。私だけでは無理だろう。だがな、お前が再び目覚めるとき、世の中は変わっているよ。そうでなくては主を助ける意味がない。な、スィーよ?
「確かに」
世界は変わっているようだな。あの銀髪の娘の言葉から察するに三神十二使徒の支配はすでにない様子だった。
お前は、いなくなってしまっていたがな。
「どうしたの、スィー?」
「いや、何でもない」
ミミルッポって誰ですか?ってヒトの為に一応紹介。
ミミルッポさん→
護衛部に所属する精神のちょっぴり幼い感じの子。レムの事は『れむさま』と呼んで慕って!?いる。
何故、!?が付くのかは皆様の想像にお任せします。
年齢としては17くらいを希望。…あくまで希望なので大した意味はない。
追記紹介:
スィーカット
遥か昔、原初の白龍であらせられるルーロン様が存在していたころにいた人物。だがそのルーロン様に封印されて今の今まで眠っていた。
ルーロン様とは茶飲み友達だったらしい?