ど-280. 断じて恥ずかしくはないのです
照れと慣れは両天秤の様なもの
「……うぅ、頭痛い」
「まさか、旦那様が風邪を引かれるとは思いもよりませんでした。如何なされたのですか?」
「如何も何も、お前が恥ずかしがって俺を布団の中に入れなかった事が原因に決まってるだろうが」
「そう申されるのでしたら、一切の躊躇いなどせずに私に夜這いなさればよろしかったでは御座いませんか。そうすれば寝床の確保も行えるでしょうに」
「いや、だってそこは、なぁ? お前嫌がってただろ?」
「嫌がってなど居りません」
「なら恥ずかしがってた、か。正直、俺はどっちも違わないと思うけどな」
「大いに異なります。ちなみに恥ずかしがっても居りません」
「ならなんだって言うんだ……て、まぁいいや。兎に角、お前が嫌がって? 恥ずかしがってただろ? そんな、お前が嫌だって事、もといお嬢さんが嫌がってる事を俺がするはずがないだろ?」
「以前の旦那様であれば一切の遠慮躊躇いなく、私を蹴落としてでも寝床の確保を行っていたと、記憶しておりますが?」
「あぁ、そう言えば、そんな事があった気も……許せ、あの時は俺も若かったんだ」
「今でもお若いですよ?」
「ありがとな。お世辞でも嬉しいよ」
「私は旦那様に対して世辞の一切を吐きません。それに何より、旦那様が若くなければ私も同様に若くないという事になるではないですか」
「大丈夫だ、お前は充分に若いぞ」
「ありがとうございます、旦那様。そう言う事ですので、旦那様は十二分に若いかと」
「そっか、それもそうだな。う〜、でも頭が痛くてぼっとする。何か思考がまとまらないぞ」
「旦那様、今はゆっくりとお休みくださいませ。それにこのような機会など、草々あるものでは御座いませんでしょう?」
「こういう機会ってのは?」
「このように旦那様を看病できる機会が、と言う事です。旦那様、風邪を引いてくださいませんでしょう?」
「いや、そもそも好き好んで風邪ひく奴はいないと思うぞ?」
「旦那様がおります」
「ゃ、俺だって別に好き好んで風邪を――」
「お嬢さんが看病をしてくれるとしても?」
「考えなくもないぞっ!」
「流石は旦那様、即断即決で御座いましたね」
「当然だ!」
「私も頭が痛くなってきました」
「それは良くないぞ。風邪か? 休むならほら、布団に入るか?」
「既に旦那様がおりますが?」
「悪いな。今は俺も体調が悪いから、単にお前だけにこの場所を譲るってわけにはいかないんだ」
「いえ、それは全くよろしいのです。今のは、単に訊ねてみただけですので」
「そうなのか。それなら尚の事、ほら、早く入ってこいよ」
「……旦那様からのお誘いと言うのも、悪くはないものです」
「ん?」
「いえ、何でも御座いません。では旦那様、失礼します」
「ああ。って言っても俺もだるいし頭痛いしで、何か構ってやることも出来ないだろうけどな」
「いえ。それにしても旦那様、まさか旦那様が風邪をお召しになってしまわれるとは、思いもよりませんでした。……悪ふざけが過ぎたようです」
「――は?」
春は春だから春という。
為にならないメイドの小話
「あなたの後ろにもほら、――旦那様がっ! きゃ〜、などと怖がってあげてくださいね?」