ど-278. だから、騙されてないってば
ノリがいい時もあれば悪い時もあるさ
「お腹が減ったぞ」
「はい。減りましたね、旦那様」
「何か食べモノが欲しいぞ」
「昔の方は申しました。食べるモノがなければ、食べなければ良いと」
「いや、昔のヒトつーか、それ言ったのはお前だから」
「私は昔の方などでは御座いません」
「知ってるよ」
「本当ですか?」
「本当だ。俺を信じろ」
「はい。元より私は常に旦那様の全てを信じ切っております」
「なら、よしっ!」
「では旦那様、ご納得していただけたところで、空腹になったので何も食べないでおきましょう」
「いや、それはおかしいだろ」
「そうなのですか?」
「そうなんだよ。そして腹が減っても何も食べなくてもいいんなら苦労はしない」
「確かに、旦那様の仰る事は自明の理に御座いますね、流石は聡明な旦那様」
「いやー、それ程でもないけどなっ。……てか、今のは褒められてるのか、俺?」
「今のを僅かばかりでも勘違いする事が出来るというのが旦那様の素晴らしく――いえ、大変素晴らしい短所で御座います」
「短所?」
「おっと、これはうっかりです。つい正しく申し上げてしまいました。てへ」
「可愛く言おうとしても無駄だぞ。そんな事に俺は騙されはしない。でも今はお前のちょっと殊勝な態度に免じて不問にしてやろう」
「寛大なご英断、感無量で御座います旦那様。そして旦那様、只今の様な事が旦那様以外の方であれば騙されたと言い表します」
「俺は敢えて見逃してやっただけで、断じて騙されたわけじゃないけどなっ」
「その通りに御座いますね?」
「そうだとも。……で、だ。お腹すかないか?」
「はい、空きましたね、旦那様」
「何か食べモノ、持ってない?」
「いえ、残念ながら。昨日、身を清めている最中に不幸な偶然が重なりまして、私の方で所持していた食料は全滅いたしました」
「不幸な偶然って、具体的には?」
「紆余曲折とはよく言ったもので、様々な事が御座いまして、結果だけ申し上げると底なし沼に沈んでいきました。旦那様がお望みとあらば、ただいまより埋没した食料の奪還を試みますが?」
「いや、いい。それは無理だ。自然に還ったって思っといた方がいいだろ、流石に」
「そうで御座いますね。私も下手をすれば二度と這い上がってくる事が出来ないような事態に陥りそうでしたので、断念した次第で御座います、旦那様」
「しっかし、お前本当に俺の傍でこうやってくっついてないと調子が悪い、つーか、つくづく不幸だよなぁ」
「あれを不幸の一言で済ましてしまうのは、甚だ不本意ではございます」
「でもあれは不幸以外に表しようがないだろ? 別に誰かの陰謀が働いてるとか、一切ないんだから」
「敢えて言うなら世界の陰謀かと」
「お前を陥れてるって? それこそお前を陥れたからってどうなるって言うんだよ」
「……さて、それは私にも分かりかねます」
「だろう? だから偶然、くらいにしか言えないだろ、あれは」
「……そうで御座いますね」
「しかし……腹、減ったなぁ」
「そうで御座いますね、旦那様」
「何か食べモノ、ないかねぇ……」
「拾い食いはいけませんよ、旦那様?」
「天然の果物とかって、拾い食いの範疇にはいるのか? 俺は入らないと思うんだ。そしてあそこに見える赤い果実、実に美味そうじゃないか?」
「……天然ですので、拾い食いには入らないと存じ上げます。ので、あれを食するのは一切問題ないかと」
「だよな、だよなっ。と、言う訳で早速れっつごー!!」
「ぁ、旦那さ――まびゅっ!?」
「――ぁ、悪い。つか、腕組が外れた瞬間に転んだか。しかも平らな地面で」
「……旦那様」
「しかも顔、見事に一瞬で真黒になったな。ピンポイントで汚れやすい地面に頭から突っ込んだか」
「…………もう、嫌です。こんな生活」
「悪かったって。だから、な? 元気出せって。きっとお腹が空いてるからちょっと思考がネガティブになってるだけだって。な?」
「……はい。ところで旦那様、よろしいでしょうか?」
「ん、何だ?」
「先ほどの木の実が、残らず無くなっております」
「なにっ!? ……マジか、てかいつの間に何処のどいつが」
「残念ながら、私が転んでいた最中ですので私にもいつ誰が持っていかれたのかは……」
「……腹、減ったなぁ」
「……はい、減りましたね、旦那様」
るんぱ、るんぱっ、るんぱ!!
るんぱるんぱるんぱるんぱるんぱるんぱるんぱるんぱるんぱるんぱるんぱるんぱるんぱるんぱるんぱるんぱ
いや、意味なんて何一つないですけど。
言われて初めて気付いた、前回で通算400回目らしいのですよ? ……だから何と言う訳でもないですが。
為にならないメイドの小話
「こんな生活、もう嫌ですっ……――と、私どもが泣かせるのはいつも旦那様、のはずがっ!!」