ど-274. 向かう剣と包む鞘
尖ったモノとそれを包み込むモノ。……色々と大変そうなのです。
「死ぬな」
「旦那様を残して私が死ぬなど、あり得ません」
「だといいんだけどな。今の状況を見てると流石に、なぁ?」
「なんですか、何か仰りたい事があるのなら率直に仰ってくださいませ旦那様」
「それ、大丈夫か?」
「それとは一体何の事でしょうか、具体的にお願いします旦那様」
「や、その一々打ち落としてる剣、大変そうだなーって思ってな。大丈夫なのか?」
「問題ありません」
「しかし、その剣も根性あるよな。打ち落としても打ち落としても挫けず立ち向かってくるんだからなぁ」
「そうで御座いますね。流石に五日目ともなれば、少々煩わしく感じてきておりますが」
「そっか、もう五日になるのか」
「はい、旦那様」
「てか、煩わしいなら粉々にでも壊したらどうなんだ? お前ならその程度は楽生だろ?」
「一度試み様としました所、真っ二つに折った時点で二つに増えました」
「は? 増えたって……」
「互いに欠損部を再生して、その上で再び飛びかかって来ました」
「でも今は、お前に向かってきてる剣は一つだけだよな?」
「はい。互いにぶつかり合った時に融合しました」
「成程、それで今は一本だけなんだな、って融合?」
「はい、二つ溶け合って、ぐちゃぐちゃのぬめぬめのどろどろのバラバラになって、そして一つに戻っておりました」
「へぇ、自己修復に自己再生、しかも原点回帰まであるとは随分と高性能な剣だよな。って、ならいっその事、一瞬で消滅させてみたらだどうなんだ。可能だろ?」
「その案は一旦考えました。ですが、実行しようとするたびに脳裏にあの剣の再生する様子が……。正直、あの様子は二度と見たくはありません。ですので今は剣の破壊は見送って、対処するのみにしております」
「二度と見たくないって、いったいどんなだよ」
「ですから、ぐちゃぐちゃのぬめぬめのどろどろのバラバラのムニョムニョで御座います、旦那様。それで想像がつかないと仰られるのであれば、開けずの扉の先にある光景と同等であるとお考えくだされば、それでよろしいかと」
「開けずの扉て、……あれかぁ。つーか、あれか、マジか。そりゃ、勘弁だよなぁ」
「はい、勘弁です」
「しっかし、そう言えばそもそもどうしてんな厄介かつ高性能な剣にお前が狙われてるわけだ?」
「そのような事私が存じ上げるはずも御座いません。旦那様が何かなされたのではないのですか?」
「俺が何かって、何をするって言うんだよ?」
「さて? 旦那様の事ですので、どのような事でも考え得ることができます。故に、逆に想像がつきませんので何とも申し上げる事はできません、が……」
「ん? いま、ちょっとだけ剣のスピードが上がらなかったか?」
「はい、旦那様。初日に比べますと、1.3倍ほどでしょうか。さすがに私も眠くなってきましたので、そろそろ何とか対処したいのですが――」
「対抗策が得に思い付かない、と。そう言う訳か?」
「はい。さながら旦那様の存在の様に厄介な代物で御座います」
「俺とは対極の意味で、だけどな。……と、言うよりもこれだけ高性能って事はもしかしてこの件も聖遺物のうちの一つだったりするのか?」
「恐らくは、そうではないかと。かと言ってこの剣が聖遺物であったとして何か状況が変化するという事では御座いません」
「それもそうだ。んー、しかし、今はまだいいとしてもこのままじゃ流石にまずいよな。お前だって眠たいだろうし」
「あと半年ほどは持ちこたえる自信はあります。ですが現在の状況殻推察するに、それ以上となれば流石に厳しいかと」
「そりゃ大変だ。早いところ対応策考えないとなぁ。ったく、シャトゥの奴も相変わらず見つからないし、次から次に厄介事が湧いてくるわ、お嬢さんの一人も相手にしてる暇がないじゃねぇか」
「……厄介事、と言うのが旦那様ではなく私が引き起こしてる、と言うのがこの上なく屈辱的です」
「そう落ち込むなって。偶にはそう言う時もあるさ」
「……旦那様、申し訳ございません」
「ん? 急に謝って、どうかしたのか?」
「私、もう駄目かもしれません」
「って、さっきは半年は大丈夫って言ってたのにいきなりどうした!?」
「旦那様に慰められた、それも訂正も挽回もおちょくりも、ましてや何一つ言い返す事が出来ないというこの悪夢の如き状況。これを死期が差し迫っていると言わず、いつを死期が差し迫ると申し上げる事が出来ましょうか」
「……何だ、その程度か。俺はてっきり、見込み違いの事態でも発生したのかと、焦ったぞ」
「旦那様に慰めのお言葉を賜ること自体が緊急事態に御座いますれば、何も間違いはないかと」
「まあ今はとにかく我慢の時だ、頑張れ」
「頑張れとは、また気楽なお言葉を仰られる」
「大丈夫だって。お前なら出来るって、俺はそう信じてるぞ」
「信じている、などと……――本当に、意地悪なお方」
「大体、まだまだ大丈夫だろ?」
「日頃の不運的な出来事がなければ、確かにその通りでは御座いますが……」
「なら大丈夫だ」
「は、い……!」
「でもこの剣も不思議だよなぁ。お前以外には一切見向きしないんだから」
「そうでございま――……あぁ、なるほど。そう言うことでしたか」
「そう言うことって、何か対応策でも見つけたのか?」
「はい。初めから旦那ん様を楯にすればよかったのです」
「ん? 俺を楯にって、そりゃお嬢さん、もといお前の為なら身体の一つや二つ喜んで張ってやるけど、俺じゃけんに見向きもされてないんだぞ。それをどうしろと……」
「ですから、で御座います旦那様。旦那様が私の全身を覆ってくだされば問題は解決する、と。つまりはそう言う事です」
「成程そっか〜、その程度なら始めから簡単だったなっ」
「はい。では早速お願いいたします、旦那様。……少々恥ずかしいですが。それもこのような昼間からなどと」
「今更恥ずかしがるなって。それに昼間云々が何か関係あるのか?」
「……さて、それは旦那様次第でございましょう?」
「言ってる意味がよく分からん……けど、それじゃあ早速行くぞ?」
「……はい、不束者ですが、よろしくお願いいたします、旦那様」
覚えてないのが大半だと思いますので改めて説明を。
聖遺物と言うのは、この世界にある正体不明のモノであり、どこから現れたか誰も知らないモノのことです。人の死の多い所に現れ、聖遺物は魔を引き寄せる。魔が集まれば人が多く死に、聖遺物が現れる。
……といった具合のモノ。良く分からないモノが多いらしい。
為にならないメイドの小話
「流石に旦那様をお姫様だっこしながら街中を闊歩するのは疲れます」