ど-268. 失敗談
失敗したー!!
「申し訳ございません、旦那様」
「申し訳ないって、何かあったのか?」
「本日の昼食はこちらになります」
「こちらって……さっきの謝罪と繋げるとこのお昼に何か問題がありそうな気がするが」
「大変失礼な旦那様で御座いますね。それはあちらの出店で購入したものであり、それを問題ありと仰られるとは。おや、亭主の方が睨んでおられますね? 旦那様、にこやかに手など振ってみてはいかがでしょうか?」
「お嬢さーん、お昼を一緒にいかがですかっ!?」
「本当に、加えて実に爽やかに手をお振りになるとは流石旦那様と申し上げるところでしょうが……ですが、旦那様」
「ん、なんだ?」
「益々睨まれております」
「あれは少し高度な照れ隠しだ。その程度も分からない様じゃ、まだまだだな」
「そうですかまだまだですか。出来ればあの方に私と旦那様を同列に扱わないでほしいと懇願しに参りたいところなのですが……」
「謙虚だな、お前」
「いえ、それ程でも御座いません」
「謙遜しすぎるなって。でも、大丈夫だぞ。俺が他の奴らと違うってのは一目瞭然なわけだろう? ほら、あのお嬢さんだって俺だけを熱い目で見つめてるじゃないか」
「……その様ですね。危険な兆候と判断して、少々あのお嬢様に忠告をして参ります。旦那様、しばらくお待ちくださいませ」
「ああ、分かった。って、忠告って何の忠告だ?」
「君子危うきに近寄らず、とでも申し上げておきましょうか」
「成程な。俺に近づき過ぎると火傷するぜ、って事か。確かにその通りだな、うん」
「では、行って参ります」
「あ、ちょっと待った」
「何でございましょうか、旦那さ――」
「……あ〜あ」
「……けほっ」
「俺は通りすがりのワイバーンがこっちに向かって火を吐いたから危ないと、言いたかったんだ」
「御忠告、酷く痛み入ります旦那様」
「無駄になったけどな」
「……それで、そのワイバーンはどちらに? 見当たりませんが」
「つい今しがた、御免なさいって謝りながら逃げてったぞ、全力で。あれだ、風邪でも引いて咳の代わりに間違えて火でも吐いたんじゃないのか?」
「……、そうですね、えぇそうで御座いますね。他の何でもないワイバーン、飛竜がこの私に向って火を吐くなど、そのような事――えぇきっと不運な偶然なのでしょうね。すべて、総てが不運なだけなのでしょうね」
「ああ、そうだと思うぞ。それに……あーあ、さっきの騒動に驚いてお嬢さんが逃げてしまった」
「通りすがりのワイバーンなど、空から毛虫が降ってくるのと同じくらい在り得ない事ですか――」
「ぁ」
「――」
「凄い偶然だな。てか、大丈夫か?」
「何がでしょうか、旦那様?」
「毛虫。すっげぇうじゃうじゃへばりついてるぞ?」
「……――散りなさい」
「おぉ、一気に吹き飛んだ。今のは……風の魔法か、流石だな」
「初歩の初歩です。それより、旦那様には一匹も当たっていないというのも、流石で御座いますね?」
「いや、単なる偶然だが?」
「……」
「……あれ? 何か、そこはかとなく不穏な空気が?」
「旦那様、それよりも御昼食は無事でしたか?」
「あ、あぁ、大丈夫だ。お前みたいに酷い事にはなってないからな」
「……私も、身体の方は前もって対策を致して居りますので問題は御座いません」
「そうか、ならよかった。それじゃ、さっそく昼食を……って、そう言えばお前、一番最初になんで謝ってたんだ?」
「……、……料理を、失敗いたしました」
「お前が? 珍しい事もあったもんだな。どんな失敗したんだ?」
「……煮物を焦がし、焼き物を炭にし、蒸し物は気がついたら溶けておりました。生モノにいたっては前触れもなく腐りだすという始末。重ね重ね、申し訳ございません旦那様」
「いや、いいって。誰にだって失敗の一つや二つ、あるだろ? だからそれほど気にするなって」
「旦那様にそう仰って頂けると、非常に心が軽くなります」
「浮いてる浮いてる。つか身体がマジで浮いてるから」
「……魔力の不調です。他意は一切御座いませんし、コントロールの方も……少々難しいようです」
「そりゃ、本当にご愁傷様、だな。ま、いいや。それよりも早く飯食おうぜ、飯」
「そう、ですね。……しかし本当に、一体何の嫌がらせなのでしょうね、コレは。このような時に限って連絡がつかないとは……一刻も早く、解決策を、もしくはシャトゥを探し出さねば」
色々と失敗している今日この頃。敢えて一つ言うなら、生まれてきたことが失敗ですが?
ちょっぴり憂鬱かもしれないのです。
為にならないメイドの小話
「先ず夢想しなさい――世界は敵です」