ど-260. とりとめのない唯の会話
何事もなく
「旦那様、存在の方はご無事でしょうか?」
「……それはどういう意味だ? 一応、体調の方なら問題ないぞ」
「そうですか。それはよう御座いました」
「ああ、だからそんなに心配する必要もないからな」
「私の心配は不要ですか?」
「ゃ、そんな事はない。心配してくれるって言うのは充分に有難いけどな。正直なところ無用の気苦労はかけたくないって所か」
「無用などでは御座いませんとも。心配、気苦労、呆れ、驚き、敬愛、嫉妬、如何なる情動、旦那様に関して気を割く総ての事に無駄など一切ございません」
「そうか? お前がそういうならそれでいいけどな」
「はい、私は今のままで十分で御座います」
「ん、分かった」
「では旦那様、本日の行動は如何なされますか?」
「当然っ、世のお嬢さんを救いに行くに決まっているだろうっ!?」
「愚問ですね」
「ああ、愚問だな」
「旦那様は愚図ですね?」
「ああ、愚図だな。ただでさえお嬢さんたちを待たせてしまっているんだ。だからこそ、これ以上待たせるわけにはいかない。お前もそう思うだろ?」
「……そうで御座いますね。真に遺憾ながら旦那様の仰られる通りかと」
「大丈夫、ちゃんとお前の分の愛は取ってあるからな。心配するなっ!!」
「はい、安心しました――とでも申し上げれば旦那様は満足ですか?」
「結構満足かも」
「そうですか。では改めまして……旦那様の無駄でムダでむだで無駄! なお心遣い、感謝いたします。有難う御座います、旦那様」
「いや、それ程でも。俺としてはむしろ当然の事だしなっ」
「……折角、大変悩んでいらしたのに、旦那様がまた元に戻ってしまわれました。残念で仕方ありません」
「ん? 何か言ったか?」
「旦那様が残念で仕方ない、と申し上げておりました」
「うん、お前が俺の素敵さを羨むのは分かる、と言うよりもそれはヒトとして正常な反応だから、自分はこんなにも汚い心の持ち主なんだ、とか思って自分を傷つける必要は一切ないからな」
「むしろそれは旦那様ですので、存分になじって下さいませ。私がお慰めして差し上げましょう」
「慰める、って俺を?」
「はい」
「どんな慰め方をしてくれるんだ?」
「旦那様はどのような慰められ方がお好みでしょうか? 案としまして『躾ける』『叩く』『弾く』『処理する』『寧ろ跪け』などが御座いますがどれがよろしいですか?」
「ん〜、そうだな。もし、俺が本当に落ち込んで、それを慰めてくれるって言うのなら……――ただ傍にいてくれればそれでいい。何も言わなくても、しなくてもいい。ただ傍にいて、少しだけより掛からせてくれればそれで十分だよ」
「相も変わらず、旦那様は狡賢く在られるのですね?」
「狡賢いって、しかも相変わらずってどういう意味だよ? 俺は単に思った事を言ってるだけであって、企みとかそういう卑怯そうな事は一切やってないし考えてもいないぞ?」
「だからこそ、旦那様は狡賢くあらせられると申し上げているのです」
「どういう意味か、今一判らないのだが?」
「さすが旦那様。このような所にだけ理解が浅いとは、中々出来る事では御座いませんね?」
「……何か、微妙に怒ってたりするのか?」
「いえ、怒ってなど居りませんとも。敢えて今の気持ちを当てはめるとすれば心底呆れていると言ったところでしょうか」
「それこそ意味が分からないのだが?」
「旦那様はやはり本質的なところでは旦那様であると、そう言う事ですよ」
「良く分からんが、確かにそうだな。お前の“旦那様”は俺一人だけだ。他の誰にもその座を渡す事はない。お前の旦那様は俺だ」
「――はい、旦那様」
「と、言う訳でお嬢さん狩りにれっつ、ごー」
「狩り、とはまた言い得て妙な」
「間違えた。お嬢さん救済に、だった」
淡々と過ぎていく日常。そう合ってくれるのが一番嬉しいものであり、物語と言う名の喜劇なんて本当は必要ないんじゃないかな、と思ったり思わなかったり。
とあるお嬢さんの寝言一句(+アルーシアの溜息)
「……狩られちゃった」
「狩るのは私の専売特許っ、ですね!」
所詮、寝言ですから。