ど-249. ソコはダメです
……ソコって何処?
「お早う御座います、旦那様」
「……ん、あぁ、お早う、っと、俺どうしたんだ?」
「はい、旦那様は防寒具も付けずに極寒のレムールへと降り立ち、そして崩御なされました」
「そうか。……俺、死んだのか」
「いえ、言い間違いました。崩御ではなく単に倒れられただけです。私の膝枕がいくら心地良いとはいえ天国と勘違いしてはいけませんよ?」
「む? そうだよな、この感触……うん、夢とか死後の世界とかじゃなくて、確かに現実だ」
「何処を触っておいでですか、旦那様」
「フトモモだ」
「ええ、私のフトモモで御座いますね。それと他には?」
「ワキバラ」
「はい。他には?」
「二の腕」
「それと?」
「頬。おぉ、ぷにぷにだなぁ」
「ありがとう御座います。それと出来れば私の身体を弄るのはいい加減止めて欲しいのですが?」
「いや、でもまだ胸が――」
「分かりました、胸ですね。ですが旦那様、それで最後にして下さいます様、お願いいたします」
「ああ、分かってる……ん?」
「如何なされましたか、旦那様?」
「ゃ、そうやって腕を掴まれてるとそれ以上先に進めないだが、あとちょっとで届くんだけど……」
「そうで御座いますね?」
「分かってるなら、――さあ、早くその手を放すんだっ!!」
「分かっているからこそ放す訳には参りません、と申し上げるわけには参りませんか?」
「……ふっ、ここまで焦らしておいて今更出し惜しみとは、やるな」
「いえ、旦那様がご無事であると確認できましたので、改めて羞恥心が湧いてきただけですが」
「照れるお前も可愛いぜ、っと」
「ちなみにその程度では気は抜きませんので、御覚悟を」
「ちっ、手ごわい」
「と言うよりも素直に諦めて下さいませ旦那様。もっとも、旦那様が真にお望みとあるのでしたら私の体など何時如何様いかなる時と場合を持ちましてもご自由にして頂いて結構なのですが」
「んー、まあ分かった。今お前の気分が乗り気じゃないってんなら止めておくか。お嬢さん相手に無理やりってのは例えどんな状況だろうとよくないからなっ」
「乗り気な時が訪れるとよいですね?」
「ふっ、そこは俺の技術力でカバーだ」
「何の技術力ですか?」
「口説き落とす、そして雰囲気を作る」
「ああ、旦那様には決定的に欠けている二点で御座いますね」
「だが俺は挫けない――っ!!」
「それでこそ旦那様で御座います。……改めまして旦那様、どこかお身体に調子の悪い箇所などは御座いますでしょうか?」
「いや、ないな。むしろ前より調子がいいくらいで――うん、まさに愛の力だなっ!!」
「そう思っていただけるのでしたら、私としましても大変嬉しく思います」
「俺が言うんだから間違いない。愛の力だ」
「そうですか、では後ほど旦那様を診て頂いた男性にお礼を申し上げておきましょう。――あなたの深い愛のおかげで旦那様も無事」
「と、言うのは冗談で。やっぱり俺の体力のおかげだな。診るとか何とか、俺には必要ない事だしな」
「はい、そうで御座いますね。では旦那様のお言葉、その通りコトハ様にお伝えしておきます」
「どうしてコトハの名前がそこで出てくるんだ?」
「どうしてと言われましても、旦那様が倒れたとお聞きになりコトハ様も大変ご心配なされていたというのに、そのような心配は無用であると一蹴なされるとは、さすが旦那様としか言いようが御座いません」
「まて、やっぱり違う。今のも間違いだ。愛だな、うん、愛の力だそうに間違いない!」
「旦那様のお言葉の信用度が一気に下がって参りますね。ですが、はい、解りました。ではコトハ様にはそのようにお伝えしておきましょう」
「……そう言えばその肝心のコトハがいないみたいだけど?」
「はい。旦那様がご無事であると分かりましたらコトハ様はお帰りになりました。それと、旦那様に一つご伝言が」
「なんだ? もしかして愛の告白とか? そう言う事は面と向かっていってほしいんだが、この際仕方ないか。コトハはかなりの恥ずかしがり屋だからなっ」
「そして今の旦那様はかなりの楽天家であらせられる、と」
「ん? どういう意味だ?」
「いえ。ではコトハ様よりの伝言をお伝えいたします」
「おう」
「診たお代は結構ですのでもう付きまとわないで下さい、と。意識のない旦那様に代わりまして私が前向きに検討します、とお答えしておきましたのでご安心を」
「……ふふっ、コトハの奴め。本当に恥ずかしがり屋な困ったお嬢さんだな」
「旦那様のその態度の方が非常に困りものですが。……それはそうと旦那様?」
「なんだ?」
「――もう一度寝ます?」
「いや、結構だ」
「でしたら、腕の力を抜いて頂けるとありがたいのですが?」
「そう言うお前が抜いてくれないか? それとも、俺に障られるのは、いや?」
「いえ、決してそのような事は御座いません」
「なら触らせろ――っ」
「仕方のない旦那様ですね♪ ――寝て下さい」
「――っ!! ……ふぅ、折角の膝枕なのに自分から逃げてしまった」
「……さて、ようやくお目覚めになられましたか、旦那様。ご気分の方はいかがでしょうか?」
「ああ、悪くはないな。胸も触らせてくれればなお悪くなかった」
「それは後ほど検討しておきましょう」
「前向きに頼む」
「了承いたしました、旦那様」
心無しメイドさんは嬉しそうです。
とあるお嬢さんの寝言一句(+アルーシアの溜息)
「……お日さまのにおい〜」
「私の膝枕ならいくらでも……って、要らないってどうしてですか!?」