DeedΣ. リッパー
一方その頃、と言う事で。
ちなみに今さらですがリッパー様の祖国、スフィアとは世界一の大国です。
「次の謁見は……む?」
豪華な様相と散りばめられた星の様な宝石たち。
中央奥には巨大な椅子に座る老齢の男が一人。そして周囲には鎧に身を包んだ騎士や立派な身なりをした男たちが並び立っている。錚々たる面々――誰もがこの国の重鎮たちであり、中央に坐す男こそこの国の王、シャンデル・スフィアその人であった。
その、王の表情がこの場に場違いな謁見者に僅かに歪む。並ぶ重鎮たちの誰もが同じような表情をしていた。
入って来たのはただ一人、リッパー・スフィア。この国の第一王位継承者であり、シャンデルの可愛い一人娘である。彼女の国民への人気は父に負けず劣らず、強い。政治の手腕としても光るものがあり、将来は非常に有望視されている。
……ただ、時折『はっ!? あのお方の香りがします!』などと意味不明な言葉を吐いて文字通り消えてしまう、放浪癖を持っているのは困ったものであったが。
「お父様、それに他の方々も、失礼いたします」
「父ではない。国王と呼べ、リッパー。第一、お前との謁見は予定になかったはずだが? 次のモノはどうした」
「次の方には私の意向で帰っていただきました。お父様に重要なお話がありましたから」
「重要な話? それは政務を妨げてでも、今すぐに行わねばならぬ事なのか?」
「はい。とても重要なお話です、“お父様”」
「リッパー、二度も言わせるな。私の事は」国王と呼べと――」
「いいえ、“お父様”。ですから大切なお話がある、と申し上げました」
「……リッパー、私が遊びに付き合うほど暇でないと言うのは聡明なお前であれば理解していよう。いや、つまりは事はそれだけ急を要すると言う事か?」
「はいお父様。このたびはお父様にお願いがあって、この様にはしたない真似をさせていただきました」
「それが急を要する事ならば仕方ないのだろう。して、その要件とは何なのだ、リッパー?」
「はい、お父様。それは――お父様はもう良い御歳ですし、王の座を次代へ明け渡してはいかがかと思うのですが、どうでしょうか?」
『!!!』
「……リッパー、少し聞き間違えてしまったかもしれないからもう一度聞こう。今、何と言った?」
「お父様、やはりもう御歳なのではありませんか? ですから、王の座を次に譲ってはいかがかと、そう申し上げただけです」
「……リッパーよ、私には今お前が謀反を起こすと、そう言ったように聞いて取れたのだが?」
「まあ、お父様。謀反だなんてそんな物騒な真似――――えぇ、その通りですよ♪」
「お前は少々具合が悪い様だ。休養をとれ、リッパー」
「そんな事は必要ありません、お父様」
「……――もうよい、力づくであの者を引っ張りだせ。処分は後で追って通達する」
『はっ!』
王の周りにいた騎士たちが一斉に動く――直前。
リッパーは頬笑みを絶やさないまま――見る者が見れば喜びで緩んだ頬を隠そうともしないまま、実に優雅な動作で片腕を掲げた。
「――」
パチン
小さい、だがいやにはっきりとした、リッパーの指を鳴らした音が謁見の間中に広がる。
次の瞬間、向かってきた騎士たち、王の横にいた重鎮たち、王以外の者達全員が縄でぐるぐる巻きにされた状態になって床に転がっていた。
「――転移魔法の応用です。お父様も似たような事は出来られるでしょう?」
「……リッパー、これだけの事をしておいて、最早冗談でしたでは済まないと言う事は理解しているのか?」
「はい。誰もよりも深く理解しておりますとも、お父様。これが夢でも幻でもない、はっきりとした現実である事を」
「つまり――覚悟はできているのだな?」
「はい、当然です。お父様」
「ならば――」
「嫁ぐ決意どころか子を生む決意すら既に完了しておりますよ、お父様♪」
「――、は?」
「それにあのお方がこの国を、この土地を欲しいと仰られましたし。ほら、私としては良き妻として応えないわけには参りませんでしょう?」
「いや待てリッパー、話がよく見えぬのだが……」
「ですから――ちょっとお父様が邪魔なんです♪」
――さて、今までずっと素直だった愛娘に『ちょっと邪魔なんです♪』と笑顔で一蹴された時の父親の心情を考えてみよう。ついでに王の立場として謀反を起こされた事も付け加えておく。
ちなみにこの時になってようやく、娘の機嫌が異常なまでに良い事に気づいた。
この後、固まってしまいたった一人――それも戦闘経験も碌にない、自分の娘に制圧されてしまっても致し方ないのではないだろうか?
◇◇◇
固まった王を――自分の父親を他のものと同様に縄でぐるぐる巻きにして、その場にいた全員を地下牢に転送した後、リッパーは空になった王座へと優雅に足を進めていった。
そして王の座、の“隣”にしな垂れると物憂げな視線を宙へと向けて投げかける。
「……はぁぁ、レム様、私の温もり、私の全て――私の愛しい方。私は、貴方様のリッパーめはこの場でレム様のお帰りをずっとお待ちしております。……ふふっ、そんな、“お帰り”だなんて、素敵すぎて本当に夢みたいです。あぁでもこれは夢じゃないんですよね、そうですよね???」
◇◇◇
ちなみに――王の退任と暫定的な王女の即位は国民たちには歓声で受け入れられた。
城に仕える騎士たちからもほぼ満場一致で賛成された。王城の中枢制圧の仕方が実に鮮やかだったと、兵たちからは賛美されていたのはこの際関係ないと思われる。
重鎮たちも、頭を痛そうに押さえながら現れた正体不明の銀髪メイドに事の説明をされると、好々爺染みた笑みを浮かべて全員が賛同の意を示した。
王妃様は一番最初に相談されていたらしくただ微笑むだけ――というよりも今回の立案者は彼女らしいのだが、とにかく反対の意見は当然なかった。
……ただ一人、王であり父親であるシャンデル・スフィアそのヒトだけは放り込まれた地下牢の中で反対していたと言う。
「断じて認めん、私はそんなもの断じて認めんぞっ!!! 出せ、一刻も早くここから出すのだー!!!!」
後は王の帰還を待つばかり……と、言うよりも本人がいない所で意外と大事に?
気がつくと話の流れがこんな方向に向かってたりしますけど。
……こんなのでいいのか、と思わなくもない。