ど-196. 逃避行
気がつくと知らない場所でした
「…なあ、お前怒ってないか? て言うか怒ってるだろ」
「はい、非常に旦那様に対して怒りを覚えておりますが、それが何か?」
「何故、とは聞かない。意味がないからな」
「賢明な判断かと」
「それはいい。それはいいんだ。てか今の状況に比べたらどうでもいい事だしな」
「私の怒りを覚えた理由がどうでもいい………えぇ、そうで御座いますね。旦那様におかれましてはそのような些事、日々の日常に埋もれて消えていくかのようにどうでもよい出来事なのでしょうね?」
「…あれ? いま俺まずい事言ったのか?」
「さて、ご自身の胸に手を当てて聞いてみればよろしいのでは。旦那様?」
「胸に手を、ねぇ」
「いえ、申し訳ございませんでした。つい失念させていただいておりましたが今の旦那様にはご自身の胸に手を当てる、と言う極々簡単な作業でさえ出来ようはずも御座いませんでしたね」
「まぁ、確かに。つかよ、俺はどうして目隠しされた状況で両手両足を縛られてるんだ?」
「ご自身に問いかけてみれば自ずと答えは出るのではないでしょうか、と提案させていただきます。それでも出なかった場合は――ふふっ」
「怖っ!! 出なかったら俺、どうなるんだよ!?」
「…さて?」
「…うぅ、思い出せ、思い出すんだ、俺! あ、それとな。そもそもここ、どこだ?」
「只今南の平原地帯を馬車に揺られてゆっくりと南下しております」
「南の平原? もしかして、とは思ってたが館の中じゃないのか」
「はい。ちなみに私と旦那様は突如として失踪した事になっておりますので今頃館の方々、特に護衛部などは大変な事になっているかと存じ上げます。本当に酷いお方でございますね、旦那様は」
「ゃ、俺は一切関わってないから。失踪ってなんだよって話、むしろ酷いのはお前、でももしかして全責任は俺の所為になってたりとか…?」
「そうで御座いますね?」
「頼むからそこは否定してくれー!!」
「私、旦那様に嘘はつけませんので。…ちなみに冗談は言えます」
「冗談と嘘の違いってなんだろうな?」
「さあ、何でございましょうね?」
「…はぁぁ、てかヤバいな。全く心当たりがないのですが」
「そうで御座いますか。それは大変残念です」
「――あぁ、思えば俺の一生も儚い………ってほどでもないか」
「何をふざけたことを仰られているのか…いえ、ふざけた事をお吐きになるのは常日頃から旦那様の病気と言っても差し支えのない妄言の類なればこそ、仕方ありませんか」
「…で、本当にこれはどこに向かってるんだ? それと館の方は俺とお前の二人とも空けてて、本当に大丈夫なのか?」
「さて、どうなのでしょうね。ですが私もいくら旦那様に対して久しく覚えていなかった殺意に近い怒りを覚えているからと言ってそこまで短絡的な思考に陥ったりなどはしませんよ?」
「………」
「旦那様、如何なされましたか?」
「殺意に近い、ね。…………俺! 思い出せ、今すぐ思い出せ!! 何をした俺!?」
「そのように今更足掻いても遅いと言うモノです」
「うおぉぉぉ、頑張れ、俺! 負けるな、俺! 何としても…」
「――旦那様」
「ちょっと待て、俺は今必死に」
「海が、見えてきましたよ?」
「…はい?」
前回に続いている今回の会話。ちょっぴりだけ続き物かもしれない。
とあるお方のコメント×2
「海は嫌いです」
「その幼児体型がはっきりと浮き出るから?」
「ち・が・い・ますっ! 海の青が只管うざいクゥワトロビェを思い出させるからです」
「クゥワトロビェって、男神様のお一人の事かしら?」
「そうです。……しかし出来損ない、何故か私を呼ぶときよりも言葉に敬意が感じられる気がしますが、気のせいですよね?」
「どうして貴女に敬意を払う必要があるんですか、女神様?」
「私が、負けた? よりにもよってクゥワトロビェに威厳で!? ……そんなバカなっ!」
「って、あら? 女神様ってば、何か凄くショック受けてる?」
「……」
「まぁどうでもいい事よね。でも男神クゥワトロビェねぇ、会った事はなかったけど、どんな神なのかしら。……やっぱりこの女神様とおんなじような?」
「あんなのと私を一緒にするな!!!!!」