13.5. どれいのないしょ?
ある意味一休み。
マレーヌ・・・館、処理部の奴隷の少女。腕は特級、でも年相応。メイドさん目指して奮闘中のまっすぐな女の子。
マデューカス・・・陰湿な情報屋のおねーさん。その筋では意外と名前の知られた御仁らしい?
サリア・・・宿の娘、マレーヌのおトモダチ?
「中々壮観な光景ですね、これは」
「…『情報士』マデューカス様ですか。会うのは初めてですが噂はかねがね、主様より聞き及んでいます」
「そう言うあなたはマレーヌ嬢、ですね。どの国、どの組織にも属さない神出鬼没の、しかもまだ年端もいかない少女。表舞台――いえ、裏舞台に初めて登場したのは六年前、ツォトマト地方で起きた“日暮れ前の惨劇”での暗躍。腕はギルドSランク相当と思われます」
「成程。確かに主様に聞き及んだ通り、他者のプライバシーを侵害する根暗な人物、と言う事で間違いないようですね」
「情報に一つ訂正、神出鬼没、ではなく“とある男”の向かう先に影のようにつき従っていることが判明。――情報に違いはないですね?マレーヌ嬢」
「…その“嬢”と言うのは止めて下さい、マデューカス様。私にはそのような敬称は不相応ですから、呼び捨てで結構です」
「そうですか。ではマレーヌ、今私が言った事に間違いはありましたか?あったのなら今後訂正しておきましょう」
「いえ、敢えて訂正する間違いはなかったです」
「そうですか。それはよかった」
「…それでマデューカス様、このような辺鄙な場所に何の用事ですか?」
「それは私にも言える事なのですが――この光景を見てそれ以上の説明は不要でしょうね?流石はSランク相当、と言う事ですか」
「謙遜を。W.R.第八位である『情報士』と比べれば私などまだまだ未熟もいいところです」
「それこそまさか、ですね。私など他のW.R.階位、『掌握の鬼神』リリアン・アルカッタや、ましてや『燎原の賢者』ステイルサイトなどに比べれば赤子もいいところでしょう。私は所詮、情報屋でありそれ以上でも以下でもありませんから」
「それでも今の私よりも遥かに上をいっています」
「その歳で今の腕前ならば十分すぎるというものですけどね。それともそれほどまでに、“あの――……いえ、口は災いの元と言いますからね。余計な事を言うのは止めておきましょう」
「何を言うつもりだったかは知りませんが、恐らくは賢明な判断でした」
「それはどうも。それはそうとして、今後の参考までに、この見事な光景を高々数分のうちに実現させた方法を教えてもらえませんか?」
「見事な光景、とは何の事でしょう、マデューカス様?」
「無論、眼下に広がる“これ”の事です」
「それならば既に想像はついているのでしょう、『情報士』様は?」
「本人の口から直接聞いてみたいものです。この光景――三万五千に及ぶカトゥメ聖国正規軍を僅か数分で完全に無力化した方法を」
「…複数の幻覚を見せただけです。それにこの手の幻覚は集団の方がより掛かり易い。難しい事ではありません」
「それでも三万五千を一人も漏らさずに、と言うのは充分に驚異的だと私は判断します」
「それはありがとうございます。『情報士』に褒められて悪い気はしません」
「しかし本当に壮観な光景ですね、これは。ですが成程。少しだけ“あの男”についての奇妙な部分が分かった気がします」
「マデューカス様、恐らくそれは本当に『気がするだけ』です」
「…でしょうね」
「それに主様の考えなどどうせ大したものでないに決まっています」
「そうですね。それは同意します。精々が女性の尻を追いかける程度のものでしょう」
「全くです」
「それはそうとマレーヌ、気づいているとは思いますが街の方から一人、こちらに近づいてきている者がいますよ?」
「……えぇ、判っています。本当に全く、何のつもりなのか」
「同年代のようですが友人ですか?」
「違います。……敢えて言葉で言うのならば『相容れない同士』とでも言うべきでしょうか」
「相容れない同士ですか。ふむ」
「…何でしょう、マデューカス様?」
「いえ、何も」
「………本当に?」
「疑り深いのは結構ですが、知人ならば迎えに行けばどうですか?」
「まだこの兵たちの処理が残っています。それに、どうして私がサリアなんかを…」
「それも含めての提案です」
「…どういう意味でしょう?」
「宿屋の女将サーシャの一人娘サリア。器量良し、性格良し、容姿良しで将来有望と狙っている男の子は結構多い…ですが若干の男性の好みの趣味が悪い可能性あり。違っていましたか?」
「いきなり何の意味が…。それとサリアなんて全然、将来有望じゃないです」
「…そうですか。しかしこの娘にこの光景を見せるのはまずいのでしょう。先ほどから若干の焦りが見え始めています」
「…――これは、“まだ”あの子に見せるべき光景じゃない」
「…成程」
「…何ですか?」
「いえ、そう言う所はやはり年相応だと思いましてね」
「そう言うマデューカス様はやはり主様の仰っていた通りの性格なのですね」
「それがどういう意味かは、今度直接伺っておくことにしましょう。それよりも早く迎えに行ってはどうですか。彼女が到着するまであまり時間はありませんよ?」
「しかし彼らの処理が――」
「それは私が代わりに行いましょう」
「…マデューカス様が?」
「ええ。『情報士』の名は伊達ではないですよ?」
「それは存じていますが…どういうつもりですか?」
「どういうつもり、とは?」
「…『情報士』は何か見返りがないと動かないのでは?」
「それも“あの男”から聞いた事ですか?」
「そうです」
「……えぇ、確かに普段はそうしています。ただ今回は気分が良いので特別サービス、それに貴女からは充分な情報量を頂きました」
「………少し、マデューカス様を侮り過ぎていましたか」
「今の会話で“あの男”に関するいくつかのピースが見つかりました。これは思いの外、良い収穫でした」
「…そう言う事ならば心おきなく行かせてもらいます。一応伺って置きますが、一人で大丈夫ですか?」
「えぇ、情報士…情報を掌る者の字は伊達ではないです」
「判りました。主様が懇意にされているマデューカス様を信じましょう」
「また、失言」
「…。では、あとの処理はお願いします」
「えぇ、任せて下さい。……それに、元よりそのつもりでこちらに来ましたからね。マレーヌに先を越されてはいましたが、手間が省けたのと貸しができたという事で良しとしておきましょう」
「あ、見つけた!」
「…サリア、こんなところまで散歩とは趣味が悪いですね?」
「そういうマレーヌちゃんこそっ。大体私はマレーヌちゃんがこっちに来るのを見たから追いかけてきたんだよ」
「……失敗でした」
「ぇ、何が?」
「いえ。それよりも――」
◇◇◇
「以上が報告になります、主様」
「ふむ、なるほど。分かった。しっかしお前、三万五千もいたのか、つーかそれを一人で処理したのか」
「恐縮です」
「…ま、いいや。あいつに鍛えられてたらそれくらいになっててもおかしくはないしな。分かった、もう下がっていいぞ」
「はい。では失礼させていただきます」
「あ、そうだ。ちょっと待て、マレーヌ」
「…何でしょうか?」
「何かサリアがお前の事探してたみたいだから、ちゃんと会いに行ってやれよ?」
「……元よりそのつもりです。まだ決着がついてませんから」
「決着、ねぇ」
「では、失礼します」
「おう。……しかし問題なのが、マデューカスに貸し一つ、ね。後々高くつきそうで怖いなぁ」
「レム―!!どこ行ったっ!!!」
「こっちもこっちで、俺は何故か奴隷に虐待されてるわけだが。つまりは先の事を憂いても仕方ないって事なのか。…はあ、ったく」
「レム!!ちゃんと働けー!!」
「レム兄ー、どーこー?」
「あー、はいはい。ここですよー。今行くから少し待てって」
やれやれ、です。
こちらも少し小休止。
あの時何が起きていたか? ですね。まぁ、なんてことはない風景ですけど。メイドさんを筆頭とするレムくん一派(笑)にとっては、ですが。