ど-116. むやむやもやもや
おそく、なりました。
「う〜あ゛〜」
「旦那様、いかがなされましたか?」
「こう、何かむずむずとするんだよな。魚の骨が喉の奥に挟まって取れないと言うか、何かあるだろ、ほらっ!!」
「有りません。私などには旦那様の崇高なお考えなど到底理解できるものではないのです」
「逆説的な厭味だな、それは。ああ、それはそうとして……う〜何か落ち着かねぇな。何か、なにかやる事でもないのか?」
「旦那様、少々落ち着かれてはいかがですか?」
「そうはいってもな、これが落ち着いていられるかって言うの。あ〜もうむしゃくしゃ、って言うのとも微妙に違うし、なんか、こう、痒い背中に手が届かないって言うか、あーなんて言えばいいのかっ」
「言う必要はないかと思いますが?」
「俺が言いたいんだよ。てか何か考えたり喋ったりしてないと落ち着かない」
「では私がここで小話を一つ」
「…ほぉ?」
「あるところに旦那様がおりました」
「いきなり嫌な始まり方だけど、それで?」
「その旦那様は大層なお人好しで、来る方々、来る方々に自らの富を恵んでおりました。故に周囲からも旦那様と呼ばれ慕われておりました。私の旦那様とは大層異なっておりますね?」
「ほっとけ。んで?」
「ある時、終にはその旦那様の富が尽きてしまいました」
「まあ、そりゃ当然そうなるわな」
「すると今まで彼の事を旦那様と言って慕っていた人々はみな彼から離れて行ってしまったのです。…旦那様には到底及びませんが酷い人々ですね」
「そいつの富が目当てだったんだろ。世の中じゃよくある話だ。その旦那様が馬鹿だったってだけだろ?」
「ですがその旦那様は離れていった人々を酷くは言いませんでした。ただ仕方がない、と笑っただけでした」
「バカだな、そいつ」
「そうでしょうか?…それでもやはり困っていた彼の下にとある人物が現れたのです」
「まさか救いの女神とか恥ずかしい事言わないよな?」
「そんな、救いの女神だなどと…」
「何故照れる?」
「いえ。…そして彼の姿を見た彼女は言いました、『如何なさいました?』すると彼はこう答えました、『いえね、ちょっとお金に困っていまして』そう苦笑いする彼に彼女はそうですか、とだけ頷いてその場を去って行きました。終わりでございます」
「…一体その彼女とやらが出てきた意味はなんだったんだよ?」
「いえ、特には御座いません」
「訳分からねぇ」
「――と、言う事が五日ほど前にありました」
「って、実話っすか!?」
「ちなみにまったく関係のない事ではありますが、数日前より旦那様のへそくりが消失しております」
「最有力容疑者が何ほざきますか!?」
「そして一層関係はありませんがあるところにいた旦那様の名前はステリアテアと言います」
「……確か、数日前に新興国ができたっけな。俺の記憶が正しけりゃ王様の名前がステリアテアだった気がする」
「流石は旦那様。世事にだけは敏いですね?」
「だけ、とは何だ、だけとはっ!?」
「ちなみにこれは旦那様を褒めております。よかったですね?」
「…褒められてる気がしねぇ。それはそうと人助けなら俺は反対したりしないから、勝手に俺のへそくりとか使うなよ」
「何の事でしょうか?ステリアテア様の件と旦那様のへそくり紛失の件は全く別件でございますと予め申し上げていたはずですが」
「だから、そうごまかす必要はないっての。今回はそれほど怒ってないから」
「と、申されましても本当に関係のない事なのでございますが。…いえ、旦那様がクロと言えば例え旦那様が冤罪であろうと実刑になるというもの。………その深い慈悲のお心に感謝いたします、旦那様」
「別に俺は自分で自分を貶めたりはしないけどな」
「それで旦那様、よく分からにない気分の状態は少しはおさまったでしょうか?」
「あ?……あぁ、そういや忘れてた。うん、余計な事ばっかり考えてたから治まったな」
「では、旦那様のご気分も優れるようになっという事ですので――」
「何だ、もう行くのか。何か用事が?」
「いえ、旦那様にご報告を」
「報告?何だよ、いったい」
「ステリアテア様を王としますアテハ郷国が何故か旦那様に深い恩義を感じております。旦那様の命一つで矢となり盾となる事でしょう。これで世界征服にまた一歩近」
「うおおおい、てめぇまだそれ諦めてなかったのかっ!?」
「――当然、何の事でしょうか旦那様、とお答えいたします」
そしてメイドさんの野望は着々と進んでいくのでありました。
大願?の成就する日も近いのか!?
旦那様の今日の格言
「自分の立ち位置ってのは常々気を付けておいた方がいいらしいぞ?」
メイドさんの今日の戯言
「旦那様の立ち位置は旦那様意外御座いません。あるとするならば、装飾語として『世界の〜』がつくかつかないか程度でしょう……もしくは『私の〜』でも可ではありますが」