ACT XX. スィリィ-26
スィリィ嬢、奮闘?
――…ァン、スィリィ・エレファン、聞こえていますか?
あ、れ…?私、どうしたんだっけ。
――スィリィ・エレファン、気がついたようですね
冰頂?
――違いますが間違ってはいません。それよりもスィリィ・エレファン、気は確かですか?
ええ、意識の方もはっきり……私、どうなったんだったかな、冰頂?
――聖遺物を甘く見ました、内部に取り込まれたんです、私は
聖遺物?内部、に…?よく分からないけど、それって拙いんじゃないの?
――はい、ですが問題ありません、スィーカット他二名の助力により無事に解放されています
他二名、て
――点睛、そして灼眼です。どうやら既に、いえ状況から考えて初めから敵対意志はなかったようですが
…そう
――あまり驚きはしないようですね、スィリィ・エレファン
うん、まあ、ちょっと考えるところもあるしね。こうして落ち着いてみると私の感情ってどこまでが自分のものだったのかな、って思ってね
――スィリィ・エレファン
何、冰頂?
――ひとつ、助言しましょう、例え何があろうと、貴女の感情と想いは貴女だけのものです。仮に原因が何であったとしても、一度覚えた以上はそれは間違いなく貴女自身の感情に違いはない。貴女が自分で言った事です、そうでしょう?
ん。そうだったわね。うん、あれは全部、私の感情。怒りも、憎しみも、どろどろしたモノも真っ白なモノも、総ては私自身の想い
――ええそうです、そしてそれでこそスィリィ・エレファン
……ところで冰頂、聞いていいかしら
――はい、何でしょう?
ここって、どこ?
――ここはスィリィ・エレファンの存在の内部、仮想空間、深層意識の底、想いの源泉…色々と言い方はありますがどれが分かり易いですか?
何となくだけど言いたい事は分かったわ。つまりは夢みたいなモノ、って考えで間違いはないわよね?
――ええ、そう考えても大差ありません
そっか、それじゃあ…
「ん?相談は終わりか?いや、俺には気兼ねせずに続けてもらって構わないぞ。ああ、茶菓子とかは自分で用意してきたし」
アレは何?
――ああ、そこの丸テーブルと湯呑を勝手に持ち込み、図々しくも居座っている、黒尽くめの怪しさ爆発のアレですか
それ以外に何があるって言うのよ。そもそもどうして私以外がいるのよ?ここって私の中なんじゃなかったの?
――ええ、スィリィ・エレファン、その認識で大凡、間違いはない
大凡、て事はアレはその例外ってわけ?
――非常に残念ですがその通りです、スィリィ・エレファン
そう、なの。ねえ、冰頂、ここって私の中よね?つまり私の思い通りになる世界って事よね?
――ええ、そうですね、スィリィ・エレファン
あのね、なんだか知らないけど、黒ずくめで顔も見えないんだけど、あの黒尽くめ見てると私何だか妙にむかっ腹が立ってくるのよね
――それはいい事です、スィリィ・エレファン
って事でね、この訳の分からないイライラをアレにぶつけようと思うんだけど、例えば拷問とか、できるのかしら?
――やりなさいスィリィ・エレファン。他の誰が赦さずともこの私が許しましょう
何だかよく分からないけど、冰頂もやる気なのね。ええ、それなら何の異論もないわ。思いっきりやりましょう、冰頂
――ええ!!
「ってちょっと待てよ、待って下さいよ。つかいきなり拷問って酷くね?俺が何しましたか、一体なにか悪い事でもしたんですかっ!?」
強いて言うならここ…私の中に貴方なんてモノが存在していること自体が何故だか許せない気分だわ
――そうでしょうとも、そうでしょうとも
「いや、なんだその理不尽極まりない様で、とってつけた理由はっ!?」
五月蠅いわね、ちょっと苦しみなさい
「ゃ、何を――ぎゃあああああああああああああああ?!?!?」
不思議。ここまで気分がよくなった事って私今までないわ。生まれて初めての体験かも。なんだか癖になりそう
――私もです、スィリィ・エレファン。ふふふっ、笑いが抑えきれません。これが楽しい、という感情なのですね、悪くない気分です
「ああああああああああって絶対違うかりゃあおおおおおおおおおおお?!?!?」
でも飽きたわ。悲鳴が単調だもの
――そうですね、スィリィ・エレファン。それに痛みが単調だとすぐに慣れてしまうので面白くないです
全くね
「てめえらには血も涙もないのかっ!?」
随分と生意気な口をきけるのね?
――そうですね?
「あいや、ごめんなさい私が悪うございました!!」
分かればいいのよ
――そうです、素直に跪いていなさい
「うぅ、理不尽だ。理不尽すぎる。なんで俺がこんな目に会わなきゃいけないんだ」
世の中って言うのは絶対的に理不尽なものなのよ、覚えておきなさい
――その通りです、黒尽くめの怪しい人物
「て、冰頂さん!?あなたなら気づいてますよね?俺が一体どんな存在なのか、誰なのかって事ちゃんと気づいてるはずだよなっ!?」
――はて、何の事ですか?私には分かりませんよ。ふ、ふふふっ
「むっちゃ棒読みー!?」
別にあなたが誰だろうと問題ないのよ。重要なのは私の中にあなたがいたって事と、貴方を見てると私がイライラしてくる事、それと主導権はあくまで私が握ってるって事だけよ
「何かすっげぇ理不尽の塊ですねっ!!俺だって好き好んでこんな場所にいるわけじゃないよ、つかそもそもこの姿だって好き好んでしてるじゃなくて、元はと言えばスィリィ――」
――苦しみなさい
「ぎゃああああああああああああああああ」
私が何なの?気になるところで止めないでよ
――どうせ大した事ではありません。あまり気にしないよう、スィリィ・エレファン
そう?
――ええ
冰頂が言うならきっとそうなのね。うん、解ったわ
――えぇ、真実が露見したら面白みがないじゃないですか
「うぼぼぼぼぼぼっ」
ああ、五月蠅いわね、苦しみは止めてあげるからちょっと黙ってなさい
「――――」
さて、冰頂。コレで遊ぶのは後にとっておくとして、この際だから聞きたい事があるのよ
――はい、なんですか、スィリィ・エレファン
聞きたい事は三つ。あれからどうなったのか、アイネはちゃんと無事なのか、それと結局今起きてることってなんなのか、よ
――一つ訂正しましょう、スィリィ・エレファン。私の意識がない間に今回の事…“灼眼の因果”は終わったようです。ですので今起きていること、ではなく起きた事、になりますね
そうなの。それじゃ、その三つで。質問に答えられる限り答えて
――分かりました。それでははじめの質問から。私が聖遺物から解放された直後に“因果の意図”は崩壊したようですね。何やら内部からの致命的な破壊が行われた、と言っていましたが詳しいところは分かりません。そしてそのまま私たちはアルゼルイの病院に搬送されて、今は私はベッドの上で眠っています
“因果の意図”が崩壊したって、なら他の人は無事なの?
――ええ、実に綺麗に破壊、と言うよりも『まるで解れた糸を引っ張られたように見事に解体されていた』らしいので何事もなく無事元の場所に還されています。確認はしていませんが恐らくは心配ないでしょう
そう。なら、よかった。それで、アイネは?
――アイネ・シュタンバインは全くの無事です。ファアフと名乗っていた女が訪ねて来て、私を含む“灼眼の因果”に絡まれた者の治療を一瞬で行って、去って行きました。アイネ・シュタンバインならば私よりも先に目が覚めているはずです
そ、っか
――安心しましたか、スィリィ・エレファン
そりゃ、当然じゃない。アイネは私の親友なのよ?
――ですが残念な事に元よりその心配は杞憂なのですけどね
どういう意味?
――“灼眼の因果”、伊達に女神に仕えるモノが編み出した遺産ではなかったようですね。言ってしまえば今回の件で死者、もっと言えば肉体的損傷を受けたものは誰一人としていません
は?言ってる意味が分からないわよ、冰頂
――言った通りの意味です、スィリィ・エレファン。もし仮に、です、“因果の意図”の中で息絶えたとしましょう、するとそのモノは元の世界で何事もなかったかのように目を覚まします
どういう事?
――それはあたかも今まで単なる悪夢を見ていたかのように、です。記憶も恐らくは曖昧なモノになっているはずです。アレはそう言う“魔術”でした
何、それ?悪夢って、夢?でも私は…
――それは私も同意です、スィリィ・エレファン。あんなモノ、まさに悪夢としか言いようがありません。ですが“因果の意図”という魔術はそのようなモノでした。外から視る事ではっきりと分かりました
な、何よそれ。それって無茶苦茶じゃないの?
――全くその通りですね。私としてはこのようなモノを創り出した灼眼こそを褒めたいと考えますが、スィリィ・エレファンはそうではないのでしょう?
とっ、当然じゃない。そんなはた迷惑なだけのもの、おかげで私がどれだけ心労を負ったかっ!!
――その割には私には日頃からため込んでいたストレスを発散していたようにも見えましたが?
それはそれ、これはこれよ
――そうですか
それで、取り敢えずそれは分かったから、なら大本命の質問。結局今回の事ってなんだったわけ?“灼眼の因果”って事は判るんだけど、漠然としすぎてるわ
――まさに“灼眼の因果”としかいいようはありませんが、言ってしまえば“私”のような存在が引き起こす迷惑な天災だとでも考えてくれればいいはずです
なにそれ?
――私も他の使徒の事は言えませんけれどね
冰頂にも何かあるって事?他人に迷惑だけ掛けるみたいな?
――そうですね、私の場合は……スィリィ・エレファン、私次第という事です
私次第?どういう意味…?
――私の事は時が来れば自ずと分かります。無理に今知る必要もないでしょう。混乱するだけですよ?
あ、そう。ならいいわ。そこまで知りたい事でもないし
――そうするのが賢明というものです
なら冰頂って、……冰頂?
――………
冰頂?どうかしたの?
――………
「ああ、悪いけどもうおしゃべりの時間はお終い、ってな」
あなた――どうして?確か私黙っててって言ってたはずじゃ…?
「まあ、そうなんだけどな。ある条件下においてのみ、お前よりも俺の方が主導権を握れる事があるんだよ。んで、今がその時ってわけ。そっちの冰頂の方には先に眠って貰ったから、いくら呼びかけてももう無駄だぞ?」
な――どういう意味よ?
「どういう意味って言われてもな。ある意味じゃお前の方がよく分かってるはずだぞ。何しろ自分自身の身体の事だからな」
私の、身体の事?
「そう。基本的に使徒の力ってのは小人風情の身体じゃ強すぎる。小さい頃にそれで命落としかけてるんだ、心当たりなんてありまくるだろ?」
それは、確かにあるけどそれがどうしたって言うのよ?
「まだ解りたくないか?なら率直に言ってやる。冰頂の力をあれだけ使いまくったんだ。例え見かけだけは治ってても、今のお前の体は、特に中身は瀕死もいいところだぞ?」
なっ…にを!?
「だからこそこうやって深層世界にまで意識を落として、何とか時間を稼ごうなんてしてるじゃないか。それも覚えてないか?」
覚えて…私、そう言えば……?
「ま、覚えていようといまいと結果は変わらないけどな」
どういう、意味よ?
「それが俺がここにいる役目ってわけだ。ちなみに俺の正体について、何か想像はつくか?…つーか、あれだけ長年連れ添っておきながら気づかれないってのはそれなりに寂しいぞ?」
連れ添い…?それじゃあ、貴方ってもしかして……――“刻印”?でもまさか…
「いや、まさかその通り。正確に言えば“刻印”内部の特殊機構、その中でも万が一の機能の一部だな。つーても分かりにくいだろうから、解りやすく言えばお前の“主”――刻印を刻みつけた本人の劣化コピー人格ってところか?」
それじゃあ、まさかだからそんな格好をしてるの?
「そ。お前の中にある“御主人様”の第一イメージがコレなわけだ。だからってこんな趣味の悪い……俺ってばあの時何考えてたんだか、全く」
…ええ、大体、解ったと思うわ
「そうか、そりゃよかった」
それで、結局あなたは何をするための存在なの?
「ああ、それをまだ言ってなかったな。俺は一種の保護機構なわけで色々な機能があるわけだが、お前の『被害』だけを考えるって言うんなら、今までの事を綺麗さっぱり忘れてもらうって事――かな?」
忘れ…?
「これってある意味、力を封じる副作用みたいなものなんだけどな。まあしょうがないよな。死ぬよりゃましだ。うんうん」
じょ、冗談じゃないわよっ!?
「ああ、当然冗談じゃない。そして悪いんだけど時間もあんまりない。スィリィ・エレファン、お前の体の事もそうだし、思いのほか冰頂の抵抗が強いから、俺がこうして存在できる時間もそうだ。と、言うわけだからさっさとやらせてもらうぞ」
い、嫌よそんなの。今までの事を忘れるなんて…
「なに、冰頂の事と、それよりほんの少し前の記憶だけだ。お前にとっちゃほとんど問題はない」
記憶が消えるってだけで大ありよっ!?……ねえ、何とかならないの?
「ならん。つー訳で観念しろ」
出来ないわよ、そんなのっ!?って、ちょ、何近づいてくるのよ一体私に何しようってのっ!?
「ま、少しすれば分かる。これも役得だと思って、な?」
は?それって一体どういう意――
――――
よりにもよって、その黒尽くめ――私の“御主人様”は、そうして私の“大切なモノ”を奪った。
恐らく今まで生きてきた中でもとりわけ濃密だったはずの私の記憶と、
「ごちそうさま、っと」
ファーストキス、を。
文句は、言う暇もなく私はまた意識を失った。
スィリィ嬢、ややS気があるっぽい。…いやいや、きっと気のせいね?
何か夢落ちっぽい事になってきたきもするけど大丈夫なのか、と自分に問いたいです。