ど-11. 小さな欲求
急がば進め、まっすぐ進め
「私たち生き物には三大欲求と言うものがございます」
「ああ、それがどうした?」
「一つは睡眠欲。休息を取るための欲求です」
「まあ、休みなしのフル稼働だとそう遠くない先に壊れるだろうし、それに生物ってのは意外とバランスが大事だからな」
「二つに食欲。栄養を摂取するための欲求です」
「植物なんかは周りから栄養を吸収してるみたいだが他の動物とかはそうは行かないからな。供給ラインがなけりゃそりゃ何処かで途切れるし、それじゃ困るよな」
「最後に性欲です。これは未来へ命をつなげるための欲求です」
「確かに、誰も配合とかする気が起きなきゃその生物が滅びるのは当然だからな。これもなけりゃ先が続かないって点じゃ他の二つと同じだな」
「はい、旦那様はよく分かっておいでで御座います」
「明らかな世辞は言いとして、だ。結局お前は何が言いたいんだ?」
「はい、私なりにこの論点に異議を唱えてみようと思案いたしました」
「異議?異議って…今の三つは明らかに必要な事じゃないか?」
「いいえ、私から言わせていただければ睡眠欲、これは休息の行為の為ですが、必要ありません」
「必要ないって…んじゃ寝ないのか?」
「ええ、根性で」
「…」
「次に食欲、これもいりません。植物達を見習いなさい、と私は申し上げる所存で御座います」
「いや、それは無理がある事だと思うが…?」
「ええ、それはもう、根性で」
「……」
「最後に性欲ですが……滅んでしまえ」
「は?」
「聞こえませんでしたでしょうか。ならはもう一度はっきりと申し上げましょう――滅んでしまえ、と」
「や、前の根性論二つにも問題があったが最後の一つは何の前振りもなく滅べ、か?」
「はい、その通りでございます、旦那様」
「そう朗らかに言われてもなぁ…」
「ですがそれは大きな問題ではございません。そもそも私が申し上げたい事もこのような低俗でありかつ全くの無駄である内容などではございません」
「て、今までの話を無にするような事をさらりと言うなよ」
「私は私なりにとあるお方を大変よく観察いたしまして、欲ではございませんが確かにそのお方に大きく分けて三つの法則性がある事を発見いたしました。実は大発見なのではと少し胸がどきどきです」
「へぇ、お前がそんなにじっくりと観察する相手なんてなぁ……で、そいつの違ってた欲求、や、法則性ってのは何だったんだ?」
「はい。一つ目、それは知識欲とも呼べるものでした。寝るのも惜しみ、食事を取るのも惜しみ、ただ只管に本をお読みになられるのです」
「…それは単に本の虫って言わないか?」
「いいえ、そのお方には確かに後二つの定時動作がございました。ですからただの本の虫ではございません」
「ふん、で、それは?」
「もう一つは被虐性、つまり好んで虐待にお遭いになっておいでです。そして最後の一つが幼女を誑し込んではこの館に連れてくるのでございます」
「………、……なあ?」
「はい、何でしょうか?」
「よく考えれば…いや、あんまり考えたくなかったんだけどさ、実はお前が観察できる対象ってのも結構限られるよな?」
「はい、確かに旦那様の仰られるとおりかと存じます。私は日頃より旦那様のお世話の一切を行っておりますのでお会いできる者にも限りが御座いますので」
「で、お前が一番観察し易い相手って誰だと思う?いや、それより先にお前が観察するほどまでに関心がある相手ってだけで予測は驚くほど簡単につくんだけどな、ははっ」
「旦那様の希望は間違いなく叶うものでしょう。確かに旦那様の仰られたとおり私が一番観察し易いのは旦那様で間違いございません。そして、私が請うべきお方も然り――この世で二方とおりません」
「…すると、何か?さっきから言ってる三つの法則性ってのは俺に当てはまるわけだよな?」
「旦那様のお心の内、お察しいたします」
「何が察する、だよっ、俺は別に本の虫じゃないし、被虐性って何だよっ!?」
「…今の言葉から察しますに、旦那様は最後の一つに疑問は抱かなかったのでしょうか?」
「一応、そう言われるだけの心当たりはあるからな。確かに俺がやってる事は年齢的に言って幼女相手を誑かしてこの館に連れてきているって言われても仕方ない事だ。相手の意向は結構無視してるけどな。まあ俺以外の奴隷でいるよりかはましだろうよ」
「……いえ、申し訳ありません、旦那様。旦那様のお心もお察しせずに、この件に関しましては言いすぎました。どうかお許しを」
「別にそれほど気にしちゃいないって。それよりこの件ってのには勿論前の二つも入っているんだよな?」
「いえ、それは撤回しておりません」
「何でだよ!?つか、本の虫ってのはあれか?三日前に調べ物のために俺が書庫に篭ってたときの事を言ってるのか?」
「なるほど、あれは調べ物をなさっておられたのですか」
「納得したなら撤回しろよ」
「丁重にお断りいたします」
「なんでだよっ!?」
「構ってくれない旦那様など本の虫で十分です」
「………はぁ、まあお前のご機嫌はおいおいとっていくとして、だ。なら最後の一つはどういう意味だよ?」
「?はて、それこそ私には意味が測りかねますが?旦那様が危害を加えられて悦んでおいでなのはこの館の皆様方周知の事でございますよ?」
「一体どこからそんな結論に至ったのかを俺は聞きたいね」
「僭越ながら私が推測いたしますに、日頃の旦那様の言動を鑑みてではないでしょうか?」
「はぁ?それこそ俺の言動の何処が被虐性を秘めてるってんだよ?」
「旦那様、私は旦那様とこうしている時間は大変大切に思っております」
「…い、行き成り何言うんだよ?」
「行き成りではございません。旦那様の先ほどの疑問の答がこれでございます」
「……それこそどういう意味だ?」
「いえ、分かっておいでになられないのでしたらそれはそれで結構な事かと思われます。そう、時には知らなければ良かったという事実も存在いたしますので」
「いや、なおのこと気になる様なことを言うなよ」
「ちなみにこのお話のオチを言いますと…」
「オチって何だよ、オチって、おい!?」
「館の旦那様の評価を広めたのは何を隠そう、いえ全く以って隠す気などございませんが、この私です」
「……まあ、ある程度分かってた事だしな。それにオチだしな」
「ちゃんちゃん」
「せめて、表情変えて言えよ。……日頃から無表情ではあるけど、なぁ」
本日の一口メモ〜
ちょっと趣向を変えてみましょう。
ファイさんの一日。
朝、自然と起床→身支度→朝食の用意→台所崩壊→後片付け→昼食の用意→台所崩壊→後片付け→休憩→夕食の用意→台所崩壊→慌てる→就寝
以上、一日に“最低”三回は台所は崩壊している、屋敷の日常風景でした。