ACT XX. スィリィ-19
少し長い…?
スィリィ・・・独走中の女の子。
冰頂・・・なんだかよく判らなくなってきた昔の偉いヒト
「スィリィ・エレファン?」
「……」
「あまり気にしない方がいい。それにヒトが幼稚なのはどうしようもない事実です」
「…止めて。それ以上思い出させないで」
今、すっごい自己嫌悪中だから。
ああ、いくらいきなり色々な感情に押し流されて混乱してたからって、見せていい醜態とダメな醜態がある。…いや、醜態はそもそも見せちゃダメか。
せめてもの救いはそれを見てたのが冰頂だけって事。……このまま何事もなかったように振る舞えば誰にも気づかれない、わよね?
思わず周囲を気にしてしまうが問題ない、大丈夫なはずだ。
「大丈夫、大丈夫、私は大丈夫」
「そのように独り言を呟いている時点で大丈夫ではないという発想はありませんか、スィリィ・エレファン」
「…、気にしない、気にしない」
「ええ、そうですね。私の言葉など雑言だと思えば良い」
「……」
少し、落ち着いた気がする。
もっとも気がするってだけで、あの時の事を思い出そ――……何でもない、何でもないったら何でもない。
「それにしても妙ですね」
「妙?どういう事?」
「この“因果の意図”です。レムサマを屠った事により私がこの空間から脱出する事に何の問題もないはずなのですが」
「出来ないの?」
「いえ、この手の空間は用件が済めば自動排出されるはずなのですがそれが未だにない、と言うだけの事です」
「つまり脱出はできる、と?」
「ええ。脱出するだけならば問題はありません」
「そっか、ならいいんじゃない?」
「“私”はそれでも一向に構いませんが、スィリィ・エレファン、忘れてはいませんか?」
「忘れる?何を?」
「私がここにいるという事はあの時一緒にいた小人の少女とエルフの少女も同じように囚われている、という事です。放っておいてもよいのですか?」
「え、あ!」
「思い出しましたか?」
「気付かなかった!エレムってエルフだったの!?」
「…ええ。スィリィ・エレファン、あなたはもう少し注意力というものを養った方が良い。忠告します」
「そう言えばエレムの耳って長かった気がするわね」
あの時はトラブル中だったりちょっと意外なヒトの名前が出たりして気付かなかったけど。
エルフの一番の特徴ともいえる、ヒトよりも少しだけ長く尖っている耳。他にも美形が多いとか魔力が強大とか色白でスタイルがいいとか色々と特徴(?)はあるけど耳の形が一番のエルフの象徴でしょ。
「それは問題のある認識ですよ、スィリィ・エレファン」
って、冰頂。ヒトの思考を読まないでよ。
「先ほど繋がりを持ったので思考が流れてくるだけです。その気になれば“私”の思考を読む事も可能なはずです」
遠慮しとくわ。
「ああ、でもそう言えばそうだったのよね。…今更だけど二人とも無事かしら?」
この場所の『仕組み』は冰頂の知識と私自身が体験したことから大体の構造は把握している。
因果――要は確執の一番ある相手を無条件召喚して戦い合わせる。何の為にそんな事をしているのかまでは分からないけど、少なくともこの場所はそれをさせる為の場所である事は間違いない。
と、なると二人が心配だわ。
あの二人、“戦う”なんて事とてもじゃないけどできそうになかったし。エレムの方はエルフ――森の妖精族の筆頭だって言うのならまだ戦う術は知ってるだろうから大丈夫かもしれないけど、ファイの方は……。
「無駄な心配に思えてくるのは何故かしら?」
「過去の動向と経験からくる直情的なイメージですね、それは。ですがそのように自己イメージに引きずられていると後々痛い目を見る事になります、スィリィ・エレファン」
「それもそうよね」
勝手な自己イメージって言えばあれ…ハインケル先生の事が思い出される。もう随分と昔の気もするけど、“私”がハインケル先生を『殺し』かけてからまだ一刻と経ってない。
結局ハインケル先生は何がしたかったのかとか、思うところはあるけど、それって取り敢えず今考える事じゃないわよね。
「なら華麗に助けに向かいますか」
「この場合“助けに”という表現は間違っています、スィリィ・エレファン。また華麗になどと自分で言っていて恥ずかしくないのですか。あなたも“私”の器ならば少しは幼稚さから抜け出すという努力を――」
「はいはい、誠心誠意がんばりますーっと。それは今後の課題として置いておくわね、冰頂」
「そのまま廃棄されない事を祈るばかりです」
「ははっ、精々祈っててね」
「…そうしましょう」
実は意外と愚痴っぽい…それでいて面倒見がいいのかもしれない。今の横顔も拗ねてるように見えなくもない。
そう思うとなんだか可愛く見えてくるから不思議よね。
「――何か?」
「いいえ、なんでも。それよりも冰頂」
「何ですか?」
「ファイとエレムを迎えに行く手段って何があったりする?二人の場所が分かるとか?」
私には全然だけど。
「いえ。行方は知れませんが、方法としては二通りあります。一つは無作為転位、場所をこの空間に限定して“跳べ”ば、いつか会う事もあるでしょう」
「その言い方じゃいつ会えるか分からないって聞こえるけど?」
「スィリィ・エレファンの強運にお任せします」
「…ま、良いけどね。ちなみに私って結構ついてないから頼りにしない方がいいわよ」
「知ってます。一時的に離れてはいますが元より同一存在ですから、“私”と私は」
「そっか、ならいいけど。それでもう一つの方は?」
「こちらも至極単純な事です。空間破砕を行いながら直進していけばよい。幸いにもこの空間にも自己修復機能があるようですから大局に影響はないはずです」
「凄い事言った!今さらりと凄い事言った!!」
「何がですか?」
「空間破砕とか。ってより、そんな事できるの?」
「出来ます。それに空間破砕など、その程度の事、です」
「そ、そうなんだ」
「スィリィ・エレファン、あなたも“思い出せ”ば解るはずです。先ほどから私に尋ねてばかりいますが、これらは全てあなたも“知って”いる事のはずです」
「それはそうかも、なんだけどね。やっぱりダメじゃない?この知識は私のじゃないんだし、ヒトの知識を勝手に知ったりしちゃ?」
「知識の持ち主である冰頂は既にいませんし、いたとしてもそれは“私”です。気に病む事など一つもないというのに。単に面倒くさいだけではありませんか?」
「……否定は、しない」
加えてただちょっと、あの青い世界を解放した時の力が、怖いと感じているだけ。
「そう言う事にしておきましょう」
…何か私の心情なんて全部ばれてるっぽいけど。と、言うよりもそう言えば冰頂には全部駄々漏れだったんだっけ。うわ、恥ずかしっ。
「さて、ではスィリィ・エレファン。どちらの方法を選択しますか?手段はあなたに委ねます」
「どうして?冰頂のやりやすい方でいいんじゃないの?」
「いえ、これは貴女の選択です。本来は“私”が手を貸す事ではない」
「私と“私”は同一存在って言ってるのに、都合のいいところでばかり私に責任を押し付けるのね、まあいいけど」
「これはスィリィ・エレファン、貴女の生です。貴女の望むがままに生きるとよい、私はそう言っているだけです。何かおかしいですか?」
「ゃ、おかしくはないけどね。そうね、それなら分かりやすく直進する事にしましょう。一々“跳んで”行ったりするのは正直性に合わないわ。同じところをぐるぐる、なんてことになったら最悪だし」
「私が風景を覚えて置きますから同一箇所を徘徊するのは回避できますが、解りました。スィリィ・エレファンが選んだのであれば直進する事にしましょう。ええ、そちらの方が貴女らしくて分かりやすい」
「…何か貶されてる気がするだけど?」
「そんな事はありません。それに前を向き直向きに歩く事が出来るのが小人の唯一の長所ではありませんか。それを除いてしまえばあとはただ傲慢で自分勝手どうしようもない愚か者でしかありませんよ?」
「そこまで言うの?」
「ええ。こう言っては気分を悪くするでしょうが小人は三柱が創生した中でも最下層の、増えていくしか能のない劣等種です」
「いや、冰頂にそうはっきりと言われると、そうなんだー、としか答えようがないけど。だって本物の『神様の使い人』のあなたに言われたら否定しようがないじゃない」
「……かつてただ一人だけ、全てを否定した愚か者が居ましたが」
「――……あ、そうなの」
「ええ」
その愚か者が誰の事か、冰頂は教えてくれない。
冰頂と私は知識を共有している、つまりその知識が私にあるのは確かなんだけど、ソコの知識だけはどうしてか触れさせてもらえない。……何となくだけどそれが解る。
――それがまるで掛け替えのない想い出か、もしくは触れてはならない禁忌のハコであるかのように。
ただ大体想像はつく…と、言うよりもようやく“知らない知識”の処理も追いついて、冰頂の事が少しずつ分かり始めてきたから言える事だけど、冰頂――というよりもかつて使徒と呼ばれた者たちにはほとんど感情というものがない。……女神・シャトゥルヌーメの使徒たちは比較的豊かだったらしいけど。
だからそんな彼女があれほどはっきりとした感情を見せたのは今となっては驚きで、だからこそ判る。もしかしたらあの瞬間は冰頂が隠している知識に触れていたのかもしれない、とも思う。
…どちらにせよ、今の私には関係のない事だけど。
………ど、どっちにしても関係のない事なのよっ!!
「どうかしましたか、スィリィ・エレファン。顔が赤いですよ?」
「なっ、何でもないわよ。それよりも準備ができたならさっそく行くわよ、冰頂」
「元より準備など必要ありませんが?」
「…つべこべ言わないっ!!」
「私知っています。このような事を理不尽と言うのでしょう?」
「…さて、行きましょうか」
「ええ。では“境界”を打ち抜きます。相応の衝撃が来ますから覚悟してください、スィリィ・エレファン」
「ええ、分かった――」
「終わりました」
「――わ?」
は?
と、言う一瞬で、目の前の空間が割れた。ちなみに冰頂の言った衝撃なんて微塵も感じなかった。
でもそれ以上に、
「む?また新しい来訪者か。千客万来だな」
「らいー」
「ミミルッポ、危ないから飛び出さないっ!」
「うぅ〜!」
「――」
「どうした娘、と聞くまでもないか」
「そうね。私たちの事も目に入ってないみたいだし」
「あ、しらないヒト〜」
「こら、ミミルッポ、だから飛ぶ出さないのっ!」
「あぅ〜!!」
「――」
すぐ傍で聞こえるはずの会話も耳に入ってこない。
「あ、小皺発見♪」
「そう言うあんたは胸の肉が落ちてきたんじゃないの?」
「…姉様こそ、実はウェストが窮屈なんじゃありませんか?」
「わたしの眼は誤魔化せないぞ、胸に隙間が空いてきてるかもしれないあんたに言われたくはないわ」
「そう言う姉様は年寄る波には勝てませんか?」
「さっきからそればっかり。ああ、ごめんね。所詮愚妹のあんたにはそれ以外勝ってるところ、ないのよね?」
「――姉様」
「何、愚妹?」
「いい加減ハラワタぶちまけて下さいませんか?」
「あんたが血反吐吐いて這いつくばってから考えるわ」
「そう、ですか」
会話の内容は兎も角として。
「――」
――光と闇、黒と白の交差点。滅んでいく空間と新たにに生まれ出る大気。
祖は、創生と滅亡の申し子たち。
「――なに、これ?」
目の前に広がる、あり得ない光景に心を奪われていた。
スィリィ嬢、落ち着いているようで見かけ倒しです。全然落ち着いてません。すぐぼろを出します。
それはさておき。
さてさて、怪獣大決戦(姉妹喧嘩)の行方は…と行きたいところですが予定は未定って事で。
彼女たちに物語に介入されると何もできなくなるのです。それはもう、ひどい方向に。