ACT XX. スィリィ-18
本日は転げ回っております。
「けどな、」
「?」
「今も昔も、お前の為に殺されてやろうなんて気はこれっぽっちもないんだ。悪いな」
何を、今更。昔とか言うのは意味が分からないけど、今現にこうして、私に殺されかけているんじゃないの?
スタンピート先生を刺したという事実に驚愕が、同じくらいの興奮が抑えきれない。
何かと言わず問答無用で危ないヒトであると気づいたのはこのときの事を振り返った瞬間である、告白しよう、悶え苦しみました。
私の名誉の為に言っておくとこの時の私は間違いなく正気じゃなかったんだ、うん、そうに違いない。
「それとな、スィリィ」
「?」
態々少しだけ屈んだのか、私の視線の高さと同じになったスタンピート先生の目がまっすぐ視界に映る。
「お前はちょっと昔に拘り過ぎみたいだな。だから過去に囚われる、冰頂と重なり過ぎる」
「あな――」
貴方に言われたくはない、訳知らずに激高が湧きあがって、
「ま、もっと気楽にな?」
どこかひょうきんな笑顔に――見覚えのある釣り上った口元に、『全部』呑み込まれて何も言えなくなっていた。
「シャドゥ――塵は散りに、杯は灰に。現は気泡の夢が如く、ってな」
瀕死のくせにどうしてそんなに爽やかに笑えるのか、と思える笑顔に見惚れて、
「悪いな、冰頂。先約だ」
「――ぇ?」
すぅ、と。
まるで今までそこにいた事が夢か幻であったかのように、スタンピート先生の身体が薄れて……消えた。血の跡さえも残ってはいない。
同時に私を高ぶらせていた興奮の波が呆気ないほどにすっと引いていく。
憎しみも愛しさも、先ほど感じた激高も、どれもが今のスタンピート先生のように幻想だったかのように微塵もなくなっていた。
「あ、れ……? “レム”先生はどこに、」
「消えました。……いいえ、あの『レムサマ』に限れば無事に葬る事が出来たというべきなのでしょうが、釈然としません」
「どういう事……?」
それに釈然としてないのは私だって同じだ。
「気づかないですか?今の『レムサマ』は本体の幻影……いいえ、“因果の意図”が造り出した模造品とするべきですか。レムサマの応報相手が私一人ではなかった――忌々しい事に私よりも優先度の高い応報の応手がいたと見るべきなのでしょう。考えて然るべき事柄でした」
つまりは偽物で、今のレム先生は偽りだ、と。
「――」
どうして、私はこんなにも喪失感を覚えているのだろうか?
よく、解らない。私の感情と“私”の感情がごちゃごちゃに混ざりあっていて、今の正直な私の感情がどれなのかの判断がうまくつかない。
……いや、たとえそれが誰の、何の感情だったとしても、今あるものは全部私自身のモノだって、さっき決めたばかりじゃないか。だから、レム先生に覚えた憎しみも、愛し……いと、いと……愛しし???
「し、し、し……」
「スィリィ・エレファン?」
ナニかが、限界を、超えました。
「うにゃああああああああああ」
転げた。
ああ、転げました!
これ以上ないくらいに転げ回りましたよ!!
全身むず痒い、ついでについさっき思った自分を全否定したいです! って言うか全力で否定する、むしろ抹消する方向で!!
「あ、あ、あ、あぁぁ…………にゃああああああああああああ」
「スィリィ・エレファン……壊れました、か?」
自分が思ってる事が全部自分の感情だなんて嘘ウソうそ!! あれは一時の気の迷いもしくは妄言、“私”は私じゃないし、私は“私”なんかじゃ決してないんだからっ!!!
だからぜっっっっったいに、私がレム先生を気にしてるなんて事実は無根! 皆無! 有り得ない! 存在するはずがない!!
……ついでに言えばレム先生を殺しかけた、あの人の内側を実感している時に感じた気持ち良さなんて、まるでアブナイ人みたいな感じもきっと気の迷いに違いない。
「全部あんたの所為だああぁぁぁぁぁぁ!!!」
遂には他人の所為にした。
八つ当たりだって、半分くらいは分かっていたけれど、そうしないと自分を保てそうになかった。……もう保ててないとかは、言わない。
「……いきなり何を叫ぶのです、スィリィ・エレファン」
「もうっ、全部、全部全部全部冰頂がいけないんだもんっ、私は悪くないもんっ、何一つ間違ってないもんっ」
「何の事かさっぱり要領を得ません。今、あなたと私は完全な同一存在ではなくなっているのです、口頭により具体的に説明なさい、スィリィ・エレファン」
「ぐた、ぐた、具体的……やっぱりあんたの所為だあああああああああああ!!!!」
「止む得ません。少々アクセスさせてもらいますよ……――」
「あつっ!?」
何か、頭にピリッと来た。
「……なるほど。自分がレムサマに好意を抱いていると気づいて混乱、もとい照れ隠しをしているだけですか。何て事はない、取るに足らない事象でしたか」
「取るに足らないとか言うなっ!! ……あと私は断じてレム先生に好意なんて抱いてないやいっ」
私にとっては一大事……乙女の純情が掛かってるんだから。
「……つい先ほどまでとレムサマの呼び方を無意識に変えている、図星を言い当てられて混乱している等、言いだせばキリがないほどにスィリィ・エレファンがレムサマに好意を抱いているという確証を得られそうなものですが」
聞こえない! 断じて冰頂の呟きなんて聞こえてないんだからっ!!
……私は知らない、私は知らないったら知らないったら知らない。
「大体、レム先生とは会って間もないんだから、レム先生と知り合いみたいだった冰頂ならともかくっ、私がレム先生の事をす、すすっ、す……やああああああああああああ?!?!?!?」
「……スィリィ・エレファン、先ほどから思っているのですがもしや本気で気づいていない?」
「何がっ!?」
「確かにレムサマは私と因果がありますが過去の産物に囚われるほど“因果の意図”は万能ではありません。つまりレムサマは私――冰頂と言うよりもむしろ貴女、スィリィ・エレファンに最も縁のある者として喚ばれたと言うのがこの場合正しい……ここまで言ってもまだ気づきませんか?」
「ややこしいっ! 言いたい事があるならはっきりと言ってよ、もうっ!!」
今の私は難しい事を考えられるほど冷静じゃないんだからっ!!
大体、大体ですよ!?
「そうっ! わた、私の好きな人はちゃんと他にいるんだからっ!!」
どれが初恋かって言ったらきっと、たぶん、恐らくはアレに決まっている!
断じて、断じてレム先生を好……ごにょごにょ、は初めてなんかじゃないやいっ!!
「……情けです、聞いてあげましょう。それは誰の事ですか?」
「私の命を助けてくれた魔法使いのヒト! きっと、命を救われて好きにならないなんて事はないんだからっ!!」
思いっきり宣言すると本当にそうだったんじゃないかって思えてくるから不思議だ。……いや、きっとそうなんだ、私の初恋はあの人なんだ、もう決定したしました!
そしてそのヒトの事がまだ好きなんだからっ。だから断じて私がレム先生の事を好きだなんて、あり得ないのよっ!!
……どうだ、これって完璧な理論じゃない?
「ふふんっ」
「……――情けない。これが今の私の器ですか」
「何その憐れんだような表情!? って言うより冰頂! 昔はどうだったか知らないけど今は私の一部でしかないんでしょ! それなら私の方が偉いんだから!!」
「……己の好意を自覚した程度で混乱して幼児化しているあなたに言われたくはないですが、一応はその通りですね?」
「これ以上余計な事言うの禁止!!!!」
「私に不都合はないですから、スィリィ・エレファン、あなたがそう言うのであれば私は構いません、が……」
「ああもう良い良いのそれ以上は何も聞こえない、聞きたくなーい―よー」
「……えぇ、私としても早くあなたには正気に戻って頂きたいので、黙るとしましょう」
「きーこーえーなーいー」
「…………はぁ。全く、今も昔も忌々しきはやはりレムサマ――あの男ですか」
正気に返った私はもう一度と言わずあと三度ほど悶えて転げ回ったと追記しておこう。
レム君は偽物でした!レム君ってば人気者ですからっ。
そして自分でドツボにはまっていくスィリィ嬢。冷静さを取り戻した後も酷い事に…。
ただ、言っておきますとスィリィ嬢は決して、ナイフで刺して悦ぶとかの危ない人じゃありませんので悪しからず。
メイドさん、引き続き消滅中…とはいっても意味不明ですが。