ACT XX. スィリィ-16
満を持してのご登場?
転移系の魔法……?
思い浮かんだ考えを即座に否定する。この感覚は……よく分からないけど何か、どこかが違う。
「っ、そうだ、ファイとエレムは……!」
飛ばされる直前の事を思い出して周りを見回したけど、二人の姿はどこにもなかった。どころか、人ひとり、建物一つ見当たらない。
「ここ、一体――」
「なるほど、これが“因果の意図”ですか。灼眼は面白い事を考えましたね」
「っ!?」
そんな、つい今まで誰もいなかったのに。
見逃すはずはない。隠れるような遮蔽物なんてここにはないし、何より“彼女”の姿は私の目の前、真正面にあったのだから。
「何を驚く必要がありますか? ここはこういう場所でしょうに。あなたにも真実、解っているはず。解からないとしたらそれは目をそむけているだけに過ぎない」
それに“彼女”の姿……それは他ならない私だった。澄んだ青い瞳と糸のように透けて見える青い髪、けどそれは間違いなく私自身、自分を見間違えるはずもない。そしてどこかで解ってしまう、目の前の“彼女”は、確かに私自身なのだという事も。
「でも本当に灼眼は興味深いものを組み立てましたね。“因果の意図”……なるほど、その者に最も縁のある者を引き寄せる……因果とはよく表したものです」
“彼女”を、私は知っている。
その声を聞くたびに懐かしく、胸の動悸が速くなる。“彼女”は確かに私自身かもしれないけれど、きっとそれだけじゃない。
私は彼女を知っている、でも判らない。
「……貴女は、誰?」
だから、聞いた。
「スィリィ・エレファン、私の器。あなたは“私”を知っている。私はあなたを知っている。必要のない問答に答えが必要ですか?」
「……ぁ」
私は彼女を知らない。でも確かに“知って”いた。私の“知らない知識”は確かに彼女の事を知っている。
青い世界で佇むモノ、青い世界を掌る一柱『男神・クゥワトロビェ』の使徒が一角、その名を『冰頂』と呼ぶ。
「冰、頂……?」
「かつてはそう呼ばれていましたね。尤もその名は今となってはただの記憶の残滓に過ぎません」
「なら、今のあなたは一体何?」
「私は私、そしてあなた自身です。スィリィ・エレファンと言う器に満たされた使徒『冰頂』の力と、ほんの少しの昔の欠片、それが私です。決して十二使徒が一角『冰頂』ではなく、スィリィ・エレファンと言う名の小人の少女でもない」
「……なに、それ」
どうしたか、なんてわからない。ただ“彼女”の言葉に言いようのない怒りを感じた。
もしかするとこの感情も私のものではないのかもしれないけれど……ううん、関係ない。私は私、たとえどうされたとしても、これは私自身の感情だ。
「何、とはどのような意味でしょう、スィリィ・エレファン」
「あなたは……どうして自分を否定するの? あなたは“私”で……でも間違いなく『冰頂』なんでしょ!? ――私は“知ってる”」
「……やれやれ、知らない事を“知っている”と言うのも意外と厄介なものですね」
「そんな事はどうでもいいっ!」
「そう、確かにどうでもいい。私が『冰頂』であろうと、なかろうと。ですがスィリィ・エレファン、私の器、ひとつ覚えておきなさい、神と言えど使徒と言えど、ヒトと言えど、一度死ねば全てはそこで終わる。たとえ依然と同じ記憶、同じ容姿を持たモノが存在したとしても、それは以前と同質のものでは決してない」
「でもっ、あなたは『冰頂』でしょ!?」
「違います。『冰頂』はかつて死んだ、殺された。私は唯の記憶の残滓、悔恨の塊、復讐の器でしかない。『冰頂』などではない」
「それは……っ」
「――ですが、今だけは私は冰頂であるといってもいいかもしれません。私の……冰頂の最後の願いを叶えられるのだから」
「……ぇ?」
「“応報の揺籠”に呼ばれしスィリィ・エレファンに縁あるもの、それは決して“私”ではない。私はあくまでスィリィ・エレファンを形作る一つの欠片でしかないのだから。こうして私があなたと話していられるのも、ただの副次的作用にすぎない」
「それはどういう……」
「あなたも知っているはず、否、知らないはずがない。過去の残滓、未来の導、スィリィ・エレファンに最も縁ある、そして『冰頂』の応報にすらもっとも相応しい世界唯一の魔を導くモノ」
「それは……」
「女神の寵愛を拒絶した愚か者」
冰頂の言葉に、ふと頭に思い浮かんだのは何でだろう……ずっと昔、あの時の魔法使い。
どこか子供っぽい笑みをニッと浮かべて、優しく頭をなでてくれる。――そんな記憶は私にはない。
胸に宿る感情は私の知らない――何も考えられなくなるほどに満たされていくこの感情を何と呼ぼう?
好意?
愛情?
それとも、憎悪?
変わるようにもう一つの映像が思い浮かぶ。
真っ赤な髪の男の子が笑いながら――自分自身を嗤いながら、地に這いつくばる私にとどめの一手を振り上げる。
そして私の中にあるのは、今だ知らない感情――黒く全てを塗りつぶすこの感情を何と呼ぼう?
憎悪?
殺意?
それとも、愛情?
「スィリィ・エレファン、あなたは既にソレに会っている。再会している。ただ気づこうとしないだけ」
二つの、私の知らない感情が混ざり合ってぐちゃぐちゃになる。私の中で絡まり合って、何も分からなくなる。ただ一つ分かるのは――“彼”を求めているという事だけ。
「今の“彼”が名乗っている名前は何と言ったか……そう、確か、」
目の前の空間が歪み、今度こそ“応報”の相手が因果の底から現れる。
「よ、っと。着地成功……で、ここはどこだ?って、あぁ、なるほど、“応報の揺籠”の中か」
「「レム・スタンピート」」
「ん? ……よぉ、スィリィ、何か久しぶりだなぁ」
ただの魔法使い――初めてなんちゃって学者の格好をしていないスタンピート先生が、そこにいた。
レム君登場!
次回、血みどろの展開をお楽しみに!…楽しみ?
ちなみに“応報”の相手は無条件召喚ですっ♪
メイドさんも今頃きっと誰かに呼ばれてますよ、はい。