ACT XX. スィリィ-8
正直、あまり長い話にするつもりがない……のにぃ〜
朝焼けの色――真っ赤に染まる空。
一人の男の子が立っているのが見えた。
私は、その背中を見つめていた。立って? それとも座って?もしくは地面に這って?
どうしてこんな事になったのか、事態の前後が思い出せない。そもそもがどうして“地面に這いつくばる”なんて思ったのかも判らない。
朝日が上っていく中で、その男の子は私の方へと振り向いて……でも彼がどんな顔なのか、逆光が眩しくて直視ができない。それでも私は頑なに視線を逸らさず彼を見続ける。
「……ィ」
何も分からない、それとも思い出せないだけ? 男の子の事も、自分の事も、この美しくも全てを滅ぼし尽くすような赤い景色も。
あぁ、でもこれだけははっきりしている。この感情だけは間違いなく私が持っている、他の誰でもない私自身の感情なのだから。
私は、あの男の子の事を……
「……リィってばっ!」
――億度殺しても足りない程に憎んでいる。
◇◇◇
「スィリィ!!」
「っ!?」
「スィリィ、起きた?」
「……ぁ、アイネ?」
「大丈夫? 何かうなされてたみたいだったけど?」
「あぁ、うん。何か酷い夢、見てた気がする」
内容は思い出せないけど。
背筋に伝わってくる汗からろくな夢じゃなかったって事だけは分かる。
「で、さっそく起きたところ悪いんだけどさ、」
「ん、何、アイネ?」
「私の講義はそれほど退屈かね、スィリィ・エレファン?」
「――」
いつもと変わらない、ハインケル先生がすぐ目の前に立っていた。
よくよく周りを見てみると講堂の中で、今は思いっきりハインケル先生の講義の最中っぽい。
と、言うよりも私はこの中で居眠りなんて事をしてしまったのか。よりにもよって、ハインケル先生の講義で!
……最悪。
「黙っていないで答えたらどうだ、スィリィ・エレファン。それとも私の質問は答えるまでもないと、そうとっても構わないのか?」
「っ、いいえ。済みませんでした!!」
「……それとアイネ・シュタンベイン、君も友人を注意するのならもう少し小さな声でするべきだな」
「はぁい。すみませーん」
「二人とも次からは気を付けるように」
「……っ」
反射的に体が固まる。
最後にいつもの、底の見えない瞳で私の事を見てから、ハインケル先生はようやく講義に戻って行ってくれた。
「怒られちゃったね、スィリィ」
「あぁ、もう最悪よ」
「だね。ただでさえスィリィが居眠りって珍しいのに、よりにもよっていつも苦手って言ってるハインケル先生の講義に眠っちゃうなんて、何かあったの?」
「別に。何もないわよ」
「何か悩み事? 金銭以外だったら相談に乗るよ?」
「ありがと。でも本当に何もないから」
「そう?」
「うん」
あるとすればスタンピート先生が行方不明になった事と、ファイって子に話を聞こうとしてもなんでかタイミングが悪く今の今までロクに話も出来ていない事くらいだけど。
でもそれだって別に居眠りとは関係ない。そもそもこの件だってそれほど悩んでるってわけじゃない。そりゃ、確かにあの日――私が命を救われた時からずっと探していた手がかりの一部がすぐ傍にあるかと思うと歯痒いけど、今更焦るつもりは毛頭ない。
たとえファイって子と話ができなくて、スタンピート先生が行方不明のままだったとしても、名前とこの学園に来た経歴さえ分かっていればそこから相手の所在地を割り出すのは――家の力を使うのは好きじゃないけど――難しい事じゃない。
だからこの件とは関係ないと思うのだけど。
……もしかして自覚してないだけでそこまで悩んじゃったりしてるのかしら、私?
そんな事はない、と思うけど。それに体調だって悪くはない。講義に眠ってしまうほどに睡眠時間が足りてないわけでもなくって。
第一、眠りに落ちた記憶がまるでないってのはどういう事?
……いや、眠る瞬間の記憶なんてあるものじゃないって言うのは当然だけど、そう言った事じゃなくって。
不思議な、夢を見た気がするんだ。
私が私じゃなくなるような、矛盾するみたいな言い方だけど冷たい劫火に焼かれていたような、そんな夢。
私は、無意識に手を“アレ”を隔した手袋の上に持っていって……
「っ!?」
ぎくり、と。
危うく叫び声を上げるところ、正直それほど驚いた。
手で触れたひんやりとした感触、目で確認しても間違いなかった。
――手袋が凍りついていた。
凍りついている方の手に冷たいと言う感覚はまるでない。と、言うよりも感覚があればいくらなんでも気づいている。
「スィリィ、どうかした?」
「あ、いいえ。なんでもないわ」
「そう? ちゃんと真剣に聞いてないとまたハインケル先生に怒られるよ?」
「ええ、ありがと。気を付けるわ」
「うんうん」
反射的に、隠してしまった。なんだか後ろ暗いみたいで気分が悪い。
スタンピート先生に逃げられた事も、夢見が悪かった事に関してもそう。もしかして今日って厄日なのかしら?
……っと、そんな事考えてても埒が明かないわよね。
それにしても、これはいったい何なのか。言うまでもないけど、こんな状態になったことなんて今まで一度もない。あれば驚いたりなんてしてない。
相変わらず凍りついた手に違和感は全くない。手を動かす時も同じ、凍りついているはずなのに全く問題なく動く。
だからこそ、恐怖を感じる。自分の体に何かとんでもない事が起きているような気がして、どうすればいいのか分からない。
「――」
不意に、情景が過った。
真っ赤な髪の、男の子が一人立っていた。会った事なんてないはずなのに、どこかで会った気もする。
まっすぐ私を見つめてくるその顔は何故か真黒に塗りつぶされていて全く見えなかったけど、彼が何を考えているのかだけは不思議と分かった。
男の子が片手を上げる。
何気ない動作、でも掲げた手の中に恐ろしいほどの力が密集しているのが判ってしまう。
生まれてこの方、感じた事のない空気――殺意が周りに取り巻く。
果たしてそれは目の前の彼が発しているのか、それとも私が発しているのか、どちらのものかなんて分からなかった。そもそも今が現実なのか、それとも先程の夢の続きなのかも定かじゃない。
確かな事はたった一つだけ。
――殺される
「あ、あぁ……あ」
「スィリィ?」
あったのは圧倒的な恐怖だけ。それ以外は何もない。
「ああああああああああああああああああああ――」
自分がいま立っているのか、座っているのか、それとも地面に平伏しているのか、何もかもが定かじゃない。
ただ怖くって、頭を抱えてがくがくと震えるだけで。
「ちょ、スィリ……」
隣から聞こえていたアイネの声が不意に止まる。
代わりに私の視界に映ったのは、氷漬けにされた友達の姿……いや、それだけじゃない。私を中心にして、生徒たちが凍りついていて――
「魔力波動甚大、学徒の被害多数、緊急事態発生と認識。速やかに対象の無力化を行います」
真上からの声に顔を上げると、見覚えのある女の子――確かマレーヌ、と言ったはず――の姿が視界いっぱいに広がった。
『対象の無力化』
――ああ、これは。
この景色は、私が、やったんだ。
それを認識して。
最後に視界を埋め尽くしたのはマレーヌって子の姿なんかじゃなくて、澄み渡った蒼。そしてその中に映える一筋の紅い“糸”。
それが何なのか、理解するより先に私の意識は落ちていた。
ほんのちょっぴりシリアスだ……。こういう雰囲気が続くのも何だかなぁ、と思いますね?
ただいま因果の意図、展開中。
スィリィ嬢、暴走中。
メイドさん、談笑中。
レム君、逃亡中。
リッパー様、追跡中。
1ぽいんと知識
基本色は『赤』『青』『緑』、順番に“女神シャトゥルヌーメ”“男神クゥワトロビェ”“男神チートクライ”。
ヒトの髪や瞳の色は基本、ブロンドやブラウンで、その身にある力の根源によって上記の三色が割り振られています。
例外は『白』と『黒』、創生と滅亡。
…まあここで読まなくてもそのうち本文内で説明する時があると思うので、スルーしていいのですが。