ACT XX. リッパー-1
前回の続き…?
アメリア・・・元・王女様
リッパー・・・王女様その2 いんスフィア
リリアン・・・王女様その3 いんアルカッタ
これは、どういう状況なのでしょう?
ふと、懐かしくそれでいてありえないはずの、知人の魔力を感じてそちらに“跳んで”みた所、目にしたのは実に不快極まりない状況。
傭兵かゴロツキか判断しかねる強面の男の方が、可愛らしい女の子を羽交い絞めにし首に剣を突き付けているところでした。
本当に、男の方として終わっていますね。優しく逞しい、それでいて少しばかり優柔不断なところも素敵なあの方とは大違い。女の敵として断じて許すまじ、です。
あぁ、それにしてもあの人は一体どこにいるのでしょうか。願わくば私と同じ空の下で同じように私の事を考えていてくだされば……いいえ、何をはしたない事を考えているのでしょう、私は。
「ふ、ふぇ…」
あら、いけないいけない。可哀そうなほどに怯えきったその声に、気を取り直す。
とは言っても私に正確な状況は掴めませんし…。
「抵抗は無駄だ!大人しく俺様にとっ捕まれ、この売国奴めっ」
「――なん、ですって?」
聞き覚えのある様な声色にそちらを見ると、あぁ、やっぱり。懐かしくもありえないはずの知人がそこにいました。
先日、アトラビの国が滅んだと聞いて心配していたのですが。どのような経緯かまさか私の国にいただなんて。
「アメリア様?」
私が最後に見たころよりもほんの少しだけ綺麗になられて、憤怒の表情を浮かべた知人――アメリア・ヒン・アトラビ様がそこにはいました。あいにくと私の方にはまだ気づいていらっしゃらないようですが。
そう言えばまだ捕まっていない彼女とその弟君に対して酷い噂が流れている、と言うのを聞き及んだ気もします。
なんでも『あの国の王女が捕まっていないのは自国を売って自分だけ助かろうとしたからだ』『国民を見捨てて逃げるなど王族の生き恥晒しめ』など、他にも聞いているこちらの気分が悪くなってくるようなものまであったはずです。
この男の方が言う『売国奴』とは恐らくその噂の一つから言っているのでしょうが――なんと無礼な。
しかし、これでは本当に参りました。確か指名手配を受けているアメリア様が相手ではどちらに理があるのかが分からなければ動くに動けません。
…とは言いましてもあの無礼かつ卑劣極まりない男の方を手打ちにするのは決定事項ですが。
「これは…どういう状況でしょう?」
「見ての通りだ、女。奴は賞金稼ぎらしいがカラートから指名手配中の元王女のアメリア・ヒン・アトラビを捕まえようとして、このざまというわけだ」
「…なるほど」
突然隣から掛けられた声には少々驚きましたが、状況は理解できました。と、言うより私の想像通りでした。
男の方はまだ何かを怒鳴り散らしていますが、と言う事はあの女の子は単に巻き込まれただけと言う事ですね?
あんなに怯えて、可哀そうに。
何やら私の方を見つめていらしたので、安心させるためにもウィンクを一つ。
「♪」
「??」
それにしても。
やはりふつふつと怒りが沸いてくるものです。私の大切な友人への暴言然り、女の子を巻き込むだなんて暴虐然り。
「後、ひとつ汝に言って置く。その娘に傷一つつけてみろ、生きて帰れると思わない事だ」
えぇ、私もその意見には賛成します。見知らぬ男の方。
「ふ、ぇ…」
本格的に拙そうですね。
女の子の顔はもう完全に血の気が引ききっていて真白。いつ倒れてもおかしくない状況です。そうなればどうなる事か。
…いえ、それよりも、先に私の堪忍袋の緒が切れる方が早そうではありますが。
「大丈夫、心配いりませんよ」
少しでも女の子を安心させるためにそう言ってみる。
――次の瞬間、女の子の目から零れ落ちた涙が完全に我を忘れさせた。
血縁による特異力場発動、詠唱破棄、空間魔素に直接干渉、強制的に魔法を行使、空間歪曲位相転位――とは言っても結局は私がいつも何気なくやっている事なのですが。
つまりは、
――空間転位。
男の方の真横に“跳ぶ”。
「っ!?」
少しでも反応できた事だけは褒めて差し上げます。
「紫電、招来」
掌に生み出した雷で一瞬のうちに無礼者の意識を刈り取る。
目をギュッと閉じて震えていた女の子の肩を抱いて、私を見たときに安心させるために微笑みを浮かべてあげる。
「ね、心配いらなかったでしょう?」
「は、はぁ…?」
まだ少しよく分かってないみたいだけど、取り敢えずはこの子が無事でよかった…と、思ったのだけど。
「もう、だめぇ…」
「え、ちょ――!」
急に、本当に突然に女の子が気絶してしまった。
こ、こういう場合はどうすればいいのでしょう?
あの時私と同時に動いた男の方は私が気絶させた者を連れてどこかに消えてしまいましたし。
えっと、その…ど、どうすれば?
「リ、ッパー…?」
「あら?」
そう言えば彼女がいたから私は“跳んで”来たのでした。
「アメリア様、お久しぶりです」
「ひ、久しぶりって、貴女、どうしてこんなところにいるの?」
「アメリア様の魔力を感じたのでこちらに“跳んで”きました」
「いや、“跳んで”来たって、お城の人たち今頃大騒ぎしてるんじゃないの?」
「大丈夫だと思いますよ?」
私がお城から“跳ぶ”――もとい、あの方を求めて愛の逃避行なんて頻繁に行っていることですし。
「そう、なの…?」
「はい」
その割には毎回お城に戻るたびに兵隊さんたちがお疲れになっていたり、お父様が顔を真っ白にして飛びついてきますけど…大丈夫、ですよね?
いい加減『学習』と言うものをしてほしいです。
「…それにしてもアメリア様、ご無事で良かった」
先ほどまでは緊急事態でしたけど、改めて友人の顔を見て安堵が広がっていく。元気そう、血色も悪くない様子ですし、本当によかった。
「アメリア様、あれから、その、今までどうなさっていたのですか?」
「……えぇ、まあ、色々とあってね。今は……少しアルゼルイ教育機関に通っているわ」
「まあ!そうなんですか?」
それはいい事を聞きました。つまりアメリア様にお会いするにはアルゼルイに向かえばよいという事ですね。
さて、アメリア様との再会も無事に…と言う事で、次にこの子はどうしましょ――
「…あら?あらあらあら???」
ほんの少しだけした、覚えのある香り。匂いはこの子と…アメリア様からも?
「どうかしたの?」
「アメリア様、少し失礼しますね」
失礼のないように、ちゃんと断わりを入れてからアメリア様の胸元、髪、頬に顔を寄せる。
…ああ、思えば私も大人になったものです。昔は断わりも入れずに相手を押し倒すなんて、今思えばはしたない事もざらでしたし。
「て、ちょ、リッパーいきなり何を」
「煩いです黙ってください」
「なっ――?」
アメリア様から匂いを嗅いで次にこの子。
「り、リッパー?」
「――」
勘違いかとも思いましたけど、どうやらそうではなさそうですね。
いえ、考えてみればそうおかしな事でもないかもしれませんね。
あの方はお優しいから。それにあの国の状況でアメリア様が逃げ出せる、たとえできたとしても未だ見つかっていないなど、草々あるものではありませんし。
だから、こうしてあの方の庇護を受けて、アルゼルイ教育機関に来るという可能性も大いに考えられるわけで………
――全く羨ましいにも程があります!!
「――今度、リリアン様に頼んでこの国を攻め滅ぼしてもらおうかしら?」
「って、ちょっと待ちなさいよ」
「あら、アメリア様?」
「急に奇怪な行動に出たと思ったら何物騒な事を呟いてるのよ!?」
「いえ、ちょっと本音が…」
「本音だとなお悪いわよ!!」
「でも、夢が叶うかもしれないのですよ…?」
「いや、そんな涙目で言われても。リッパー、貴女少しくらいは王女としての自覚を持ちなさいよ」
「夢の方が大事です」
「……言い切っちゃダメでしょ」
「いえ!そのような事よりもアメリア様っ!!」
「な、何?」
アメリア様、そしてこの子からあの方の香りがした。
そもそも私があの方の匂いを間違えるはずがないのです!
「アメリア様はあの方の居場所を知ってるんですね!!」
「は?あの方?」
「そうです!」
「…あの方って、誰?」
「〜〜っ、そんな、あの方の名前をお呼びするなんて、私には恥ずかしくてとてもとても…!!」
「レム様です!!!」
「思いっきり言っててるじゃない………………て、レム?」
「はい、そうですっ」
「レムって言うと、あのレム?いつも銀髪のメイドの傍にいる、ヘタレオーラ満載の、夢はハーレムとかふざけた事ぬかしてる、あのレム??」
「そうですっ、そんなちょっとだらしないところも素敵な私の愛しいお方です!!!」
「………」
「〜〜〜思わず恥ずかしい事を言ってしまいましたぁぁぁ。でも本心です!」
「…リッパーが、清純で淑女だったはずのリッパーが壊れてる。」
「それでっ、アメリア様!!」
「は、はい!?」
「レム様は、今どこにいらっしゃるのです!?!?」
「……あー、それはね――」
さて、女の人の名前も明らかになったところで。
…レム君の天敵?とも言えるかもしれない淑女のリッパー様の登場です。
こうしてレム君の運命はいつも幸せっぽい不幸に向かっていく。
ただいま、スィリィ嬢はファイさんを探して街の中を探索中。
レム君はメイドさんにド突かれ中。