ACT XX. スィリィ-6
これが限界…?
「……」
「……」
どこか眠たそうなお姉さんと睨み合って…見つめ合って?いる事かれこれどれくらいだろう。
はて、私はどうしてこんな事をしてるんだろう?
確か、街中でファイって奴隷の子を見かけて追いかけてきたはずなのだけれど…。
急にこの女の人が前に立ちふさがってきて、なんでか睨まれてるという状況。なに、このわけのわからない状況は?
「良い子、良い子」
「って、いきなりなにするんですか!?」
急に頭を撫でられてしまった。
ちょっと気持ち良かったとかそんな事は絶対ない。単に彼女の気味の悪さが増しただけだ。
「…悪い子?」
「いやそう言うのじゃなくてね…!」
このヒト、いったい何なのよ、もう。
「名前はまだない」
「って、は!?」
「と、言うのは冗談なのです。ラライと呼ぶがよい?」
そんな事を胸張って言われても、返答に困る。そもそも、
「ラライって言うのが貴女の名前?それならどうして疑問形なの?」
「自信がない。私、生きてていいの?」
「いや!そんな事を私に聞かれても…っ」
「ところであなたはだぁれ?どちら様でしょう?」
会話が成り立ってない気がする。
……もしや、と思ったけどこのヒト、眠そう、じゃなくて本当に寝てる、もしくは寝惚けてる?
世の中には立ちながら眠れる奇特なヒトもいるって聞くし。
こういう輩は無視するに限るわよね!
「あの、私先を急いでますからっ」
「そうは問屋が卸さない?」
「っ!?」
横をすり抜けた、と思った瞬間にはまた目の前に女の人が立ちふさがっていた。
動き、全然見えなかったし。
本当にこのヒト、何?
「何なのよ、と言うよりそもそも私に何か用事があるの!?」
正直、いい加減切れかかっている。
もうっ、早くファイって子を追いかけて、聞きたい事があるのにっ。…もう完全に見失ってしまっている。
「私が名乗ったのですそうである以上名乗り返すのが礼儀と言うもの…礼儀って美味しい?」
「そんな事、知らないわよ!私はスィリィ…スィリィ・エレファンよ。これでいい?もういいでしょだから退いてっ!」
「おや、もしかして私はお邪魔虫なのです?」
「もしかしなくても邪魔よ!!」
「お恥ずかしい限り」
「そう思うならいい加減退きなさいよ!」
さっきから何度もこのヒトを抜こうと頑張ってるのだけど、同じ事の繰り返し。抜いた、と思った瞬間にはまた目の前にこのヒトが立っていて、全然前に進めてない。
「……、??」
と思ったら急に首を傾げ出すし。
「ここ、どこ?と言うより貴女は誰?」
「………ほんとに寝ぼけてたのね」
なんていうか、力が抜けた。
今の彼女が浮かべているのはまさに寝起きの表情だった。と言うよりももしかしたらまだ寝ぼけてるかもしれない。
でもさっきまでよりは微妙に焦点が合ってるっぽい……気もする。
「ここはスフィア王国のアルゼルイ学園都市です。そして私の名前はスィリィ・エレファンです。先ほどそう名乗りました」
「これは、ご丁寧に。感謝する、スィリィ」
「あ、いや…こちらこそ」
何か丁重に頭を下げられるし。
今度は割と起きてるみたいだけど、こうにもテンポが違うと何か調子が狂うなぁ、このヒト。
「名乗られたら名乗り返すのが礼儀と言うもの。私はラライ。不束者ですがどうぞ宜しく」
「…何か嫁入りみたいな挨拶ね」
「夢は世界一のお嫁さん」
「……随分と素敵な夢ね。それはいいとして、いい加減私に道を譲ってくれるとありがたいのだけど?」
「――驚愕!」
「はいはい」
どうしてか酷く驚いて――疲れるから一々気にしない事にした――ようやく道を譲ってくれた。
起きてても寝てても微妙に会話が通じないっぽい、このヒト。
「それじゃ、私急いでるからっ」
「…少々、待って」
「何?私急いでるって言ってるんだけど…?」
「――うん、やっぱり勘違いじゃなかった。スィリィから、少しだけど『冰頂』の気を感じる、うん。……これが、あの人の言ってた“因果の意図”?」
「ひょうてい、って何よ?それに因果の糸?それってどういう意味なの?」
「…さあ?」
「さあ、って結局は何を言いたいのよ?」
「言葉にするのは難しい。……うん、『因果』の『応報』には気をつけて」
「………、それだけ?」
「それだけ」
「???…はぁ」
言ってる事自体はよく分からないけど、要は気を付けてくださいって事よね?
「まあ、気をつけるくらいな」
「うん、気休め程度だけどそれでいい」
「気休めって、結局何をしたいのよ…?」
「さあ?」
「さあ、って。あのねぇ……て、まあいいわ」
急いでた事を思い出した。
「それじゃ、今度こそ私行くわよ?もう言いたい事とかないわよね?」
「うん、ない。じゃあまたね、スィリィ」
「んー、あぁ、そうね。えっと、ラライ、でいいの?」
「うん、私はラライ」
「まあ、こういうのもきっと何かの縁よね。それじゃ、また会えるといいわね。じゃね、ラライ」
「うん。また会わない事を願ってる」
「……あ、そう」
なんだかなー。
何か変な出会いと言うか、不思議と最後に不快は残らなかったけど。
――そう言えば、“ラライ”って言えばあの『灼眼の剣士』と同じ名前なのね。
一瞬、あの寝惚けきった顔が思い浮かんで。
まさか、ね。きっと単なる同名よね。
剣神ってまで呼ばれる様な人物があんなボケボケした女の人だなんて、それこそ詐欺ってものでしょ。
その事が思い浮かんだのは一瞬だけで、次の瞬間からはきれいさっぱり、私は気にしなくなっていた。
「それにしても」
周りを見回しても普通の街並みしかない。当然、一度見失ったあの子の姿はどこにも見当たらない。
……くそぅ、完全に見失ってるなぁ。本当に、どこに行ったのか…
登場しましたボケボケ娘。本人が名乗ってるとおり、超絶方向音痴のラライさんです。
でも本当はこんな娘さんじゃないのですよ?
単に寝ぼけてるだけで……常時寝惚けてれば変わりない?ま、そりゃそうですねぇ。
描写がなくて分からないですが個人的なイメージとしてはラライさんは大和撫子って風貌です。ただし髪や瞳は橙色(赤みがかった茶色?)ですが。
ちなみに赤が入るのは彼女が『灼眼』だからです。