ACT XX. スィリィ-3
随分と昔…ど-36あたりのスィリィ嬢のお話に戻ります。
――翌日。
ファアフさん以外にも講師が来ていたと知ったのは朝、アイネから聞いた時だった。
「そう言えばさ、ギルドからの派遣要員、もう一人いるみたいだよ?」
「もう一人?」
「うん。何でも特別講義として生徒募集中だって。昨日も講義してたみたいだけど全然集まらなかったみたいだね。講師の人もなんだか冴えない男の人だったみたいだし」
「へー、特別講義なんだ。どんな内容なの?」
「うん、確か『烙印解析学』だったかな?」
「――ぇ」
「“隷属の烙印”の解析と分解だね。確か“隷属の烙印”ってよく分かってないところばっかりだからまだ研究段階の内容ばっかりのはずだよ。それほどおもしろくなさそうだよねー?」
「……」
「スィリィ?ちゃんと聞いてる?」
「あ、うん、ごめん。聞いてる聞いてる。で、その烙印解析学ってどこでやってるか知ってる?」
「なに、スィリィってば興味あるの?」
「あー、うん、まぁ……」
と、言うよりも私が知りたい事のピンポイントだったりする。
でもこの国じゃ奴隷の権利が他国よりも高い、とは言っても所詮奴隷は奴隷なわけで。
「……ふむ、と言うよりも新しく来た講師のヒトが男だって所に興味があると私は見たねっ!!」
「まぁ、それでいいわよ」
「ほぅほぅ、ついにスィリィにも春が来たのねっ」
「遂にって何よ、遂にって」
「言葉通りの意味ですよ、スィリィ嬢。…でもねぇ、その講師の人、私も昨日ちょこっと見かけたけど、本当に冴えない感じの人だったよ?全然恰好よくなかったよ?」
「私はまだ見てないのよ。いいじゃない、一目くらい」
「まあ、ねぇ。でもあんまり期待しない方がいいよ?」
「…そうみたいね」
何はともあれ、アイネがそんな勘違いをしていてくれるなら態々訂正する必要もないだろう、と思う。
…でも遂に春が来たって何よ、全くもう。
そりゃ、私だって男の人やレンアイ事に興味がないわけじゃないのよ。ただちょっと一身上の都合もあって……って、何を考えてるんだか。
「じゃあ早速だね。今日の一コマ目で選択できたはずだよ」
「ほんと?」
「うん、ちっとばかりうろ覚えだけど…確かそうだったと思う」
「ふぅん。それじゃ私、今日はそっちに行く事にするわ。アイネは、いつもどおり歴史学の方?」
「うん。それでね、先週からちょうど神々の黄昏の時代に入ってね、大罪人レ――」
「はいはい。アイネが歴史大好きなのは分かったから。その話はまた今度ね。ほら、時間も時間だし校舎も確か遠いはずでしょ。急がないと間に合わなくなるわよ?」
アイネの話を聞けば間違いなく間に合わなくなるだろうし。
「ぁっ。いっけなっ、スィリィ、悪いけど私これで…!」
「うん。じゃ……て、そう言えばその講義ってどこで、てもう見えないし」
相変わらず足、早いわね。魔法使い目指すんじゃなくって配達人にでもなったらどうかしら。結構アイネに似合ってる気もするんだけど。
さて、と。
それはいいんだけどどうしようか。結局アイネからどこで講義してるのか教えてもらえなかったし。…まあ、『烙印解析学』なんてものの存在を教えて貰えただけでも良しとしよう。
もしかするとずっと知らないまま、素通りしちゃってたかもしれないからなぁ。
「ん〜、掲示板のところに行けばいいか」
多分、何かしらの掲示がされてるだろうし。
……それにしても最近このあたりも物騒になったのね。『幼女拉致監禁犯指名手配』だって。そんな変質者、さっさと捕まればいいのに。
「ん?」
人がいた。つい最近、どこかで見た事あるような…気のせいのような…?
と、言うよりもそのヒトが目に付いたのは学生服を着てなかったからだ。
それに何を勘違いしてるのか、頭の上に小さな帽子を乗っけてモノクルをかけて、しまりのない表情……非常に冴えてなさそうな男の人。
『なんちゃって学者』をそのまま表したような姿だ。
初めて見る――そもそもこの学園は広すぎて講師全員の顔なんて覚えてないけど――人だった。
ちょうどいい。あの人が講師なら『烙印解析学』がどこでやってるのか知ってるかもしれないし。…そもそも掲示板が遠すぎて、行くの面倒だし。
「あのー、済みませーん!」
「?」
足を止めて振り返った間にそのヒトのところまで駆け足で向かう。
「あの、ちょっと聞きたいんですけど……講師の人、ですよね?」
「ああ、一応な」
「…一応?」
「いや、まあ……それで、何を聞きたいんだ?」
「あ、そうだった。『烙印解析学』ってどこでやってるか知ってますか?一コマ目にあるって聞いたんですけど」
「『烙印解析学』?」
変な顔された。
そりゃ、『烙印』についてはいい印象を持ってる人は少ないけど…
「君、『烙印解析学』に興味があるのか?」
「ぇ?」
「…なんだ、ないのか?」
「あ、いえ。…ちょっと想像したのと反応が違ったもので」
「……あぁ、なるほど。確かに烙印――“隷属の烙印”にいい印象を抱いている奴はほとんどいないからな。で、そういう君は?どこでやってるかって聞いてくるって事はもしかして興味ある?」
「え、あ、はい。ちょっと受けてみようかな、って」
「ちなみに専攻は何?ついでに名前は?」
「魔法科専攻で、名前はスィリィ・エレファンですけど…」
「…スィリィ・エレファン」
「はい。そうですが?」
「……あぁ、いや。しかし魔法科専攻かぁ」
「魔法科専攻だと何か問題でもあるんですか?」
「いや、問題はないんだが…そもそも『烙印解析学』には隷属科の奴らしかいないぞ。それでも構わないのか?」
「隷属科って」
「一言で言えば奴隷たちだな」
「いや、知ってますけど」
隷属科って言うのは『専攻』じゃなくて、奴隷たちが所属する科の事を言う。
奴隷たちにも学ばせるって言うスタンスはこの国独自のもので非常に珍しいけど、その分役に立つ奴隷たちも多く輩出されているからこの国の奴隷たちは高値で取引されている。
最も、ここアルゼルイで教育を受けた奴隷っていうのは『奴隷』というよりも『安価な使用人』と言った方が正しいのかもしれないけど。
「私は気にしません」
「ほぅ」
「…なんですか?」
「いや。潔いと言うか、本当に珍しいと思っただけだ。気を悪くしたのなら謝る」
「謝ってもらう必要はないですけど、……そんなに珍しいですか?」
多少、自覚はしてるけど。
「ああ。珍しいな」
「…そうですか」
「スィリィ・エレファン――カトゥメ聖国出身の貴族だよな?」
「――どこで、いえ。その通りですが何かいけませんか?」
自然と口調に棘が出ていた。
この人がどうして私の出身地を知っているかはどうでもいい。
カトゥメ聖国と言ったら特に奴隷差別…当人たちに言わせれば“区別”らしいけど私にしてみればどちらも大差ない――それが特に激しい国として周辺には知られている。
その国の人が“隷属の烙印”に興味があるって言ったら、それは珍しがられるだろう、けど。
「いや、悪くない。むしろ立派だな。出自に関係なく物事に興味を持てるってんだから」
「それは…どうも」
何か、複雑。
こんな反応、どう返せばいいのかな。
「それはそうと、だ。『烙印解析学』の場所だったよな。だったらちょうどいい。案内してやるから俺についてこいよ」
「…はい。でも案内してくれるのはありがたいですけど、場所さえ言ってくれれば自分で行きますよ?」
「いや、俺もそこに向かうところだったからな。ああそうだ、ちょうどいい。俺の自己紹介でもしておくか」
「?」
「レム・スタンピート、特別臨時としてアルゼルイに招かれた、『烙印解析学』の講師様だ」
冴えない男の人――それが第一印象。
…アイネ、確かにその通りだったよ。
レム君登場!
訳が分からない?
いえいえ、できればこのお話を終わらせておきたい。十二使途の一角、『灼眼』に関するお話。
ど-100になると既に時の彼方…ダメじゃん、これじゃ、と言うわけでした。
本当はこのお話で奴隷のファイさんとか、お姫様のアメリア様とか、悪魔のスィーカット君とか、他にも色々、未登場の『灼眼の剣士』ラライちゃんとかが活躍して一応の知名度を上げておくはずだったのに…!
てな訳?で続きます。