ど-96. 帰還と空腹
ある時、道に迷いました。
「光がまぶしいぜ」
「ようやく脱出できましたね、旦那様」
「ああ、この暗闇に陥って早五日。本気で野垂れ死ぬかと思った」
「食料ならば私が一月分ほど所持しておりますよ?」
「…せめてそれを三日前に教えてほしかった!」
「旦那様がお聞きになられませんでしたので。私はてっきり旦那様はやせ我慢をしているのだろうと確信しておりました」
「道理でお前はいつもどおりの元気だったわけだな」
「いえ、そのような事は御座いません」
「…そうか?」
「はい。旦那様にお会いするには少々身体が汚れすぎてしまいましたので、早急に湯浴みを行いたいと考えております」
「心底どうでもいい事ですね!?俺は今にも腹へって倒れそうですよ!!」
「ではこちらをどうぞ」
「おぉ、夢にまで見た飯が――」
「お待ちください旦那様」
「って、何だてめ、この期に及んで出し惜しみする気か!?」
「旦那様、空腹の所為で少々思考が乱れておりますね。まあ通常の誤差の範囲ではありますか。それはそうといたしまして、旦那様。そう慌ててはなりません」
「何がだよ?」
「旦那様は愚かしいにも既に五日も食事をしておられないのです、しかも自主的に」
「…自主的じゃねー」
「それを急激にモノを食されましては身体を痛めてしまいます。ここは敢えて、余裕を持たれる事を進言いたします」
「あ、あぁ、確かに。それもそうだな。……そもそもお前が素直に食料を出してりゃこんなことにはなってないはずだけどな?」
「聞かれませんでしたので」
「いや、普通聞かないだろ?」
「そうですか?」
「ああ。お前が持ってきた如何にも怪しげな小瓶を開いた瞬間、完全に暗闇のどことも知れない空間に放り出されたんだぞ。草々都合よく食料なんて持ってて堪るか」
「はい、確かにそうで御座いますね」
「……」
「旦那様?」
「なあ、今一つ思ったんだが聞いていいか?」
「なんなりと」
「お前、食料持ってたんだよな?」
「はい。それは先ほど申し上げた通りでございます。魔法を用いて手頃なサイズに収めて、一か月分ほどの食料を持参しております」
「ならもしかしてお前、俺のところに小瓶を持ってくる段階でこうなる事を予測してた、なんて事……いくらなんでもないよなぁ?」
「想定内の事でしたが、何か問題でも?」
「大ありだ!!それならそうと初めから言っておけよな!?」
「聞かれませんでしたので」
「聞かれなかったらお前はないも答えないとでも言うつもりか?」
「いえ、そのような事はありませんとも。聞かれずとも旦那様が喜ばれる事でしたら進んでお応えいたしましょう」
「なら俺の現状はどうしてこうなってるんだろうね?」
「お腹がすきましたね、旦那様?」
「ああ――て、話題を変えるんじゃねぇ!!そもそもお前は俺と違ってお腹なんて空いてないだろうが!?」
「それは…まぁ。ですが旦那様、あまり怒鳴られるとお体に障ります。少しずつ栄養をおとりになり、養生してください」
「…あぁ、それは確かにその通りだ。くっ、意識すると急に腹減った気がしてきた。目が眩む」
「急激な光が目に障りましたか?」
「……お腹が減ってるんですよ、俺」
「存じております」
「だから、それで目が回ってるのだが?」
「存じております。では、早急に館に帰還いたしましょうか、旦那様。館の皆様方も黙って出てきてしまったので心配しておられる事でしょう」
「ああ、そうだな。もうお前に何言っても体力の無駄だって悟る事にするわ。取り敢えずその飯くれ。腹の足しにしておくわ」
「はい、どうぞ旦那様」
「ん。…んぐっんぐっ。い、生き返るぅ〜」
「では、館に帰るといたしましょう」
「ああ、そうするか」
……く?
「――……旦那様には、聞かれていませんね?…全く、私が旦那様を差し置いて食事をするなどあろうはずも…いえ、この先は言わぬが花ですか」
本日の一口メモ〜
メイドさんはメイドさんの鏡ですから。旦那様第一を常に考えています。
旦那様の事を考えているからこそのいつもの行動…いつもの行動?
4
旦那様の今日の格言
「ヒトは光がなければ生きていけない」
メイドさんの今日の戯言
「旦那様のお腹の中は真っ白でございます」