ど-88. 前向きな姿勢って、大事だよね?
勘違いして、ヒトはすれ違う。
「人間、何事も前向きな姿勢が必要だと思うのだよ、俺は」
「そうで御座いますね、旦那様。私もそう思います」
「だよな。で、前向きになる為にはどうしたらいいか、取り敢えず俺は上を向いて歩くべきだと考えたね」
「旦那様如きの取り敢えずで上を向かされる方々はご不幸ですね。それはそうといたしまして何故そのような結論に至ったのか、徹頭徹尾詳細をご享受くださいますよう、真摯にお願い申し上げます」
「今、それはそうで軽く流せるとは思えない暴言が出た気がするのだが?」
「私に思い当たる節は多々ございますが、細事でしょう。何、旦那様が常に自己欺瞞と自己疑惑と自己陶酔と自己満足と自己完結と自己――」
「いやいや。お前の言いたいと都は一応分かったから、そろそろ止そうぜ?つかお前が持つ俺の印象ってのは全てが自分の中だけしかないヤツなのか?」
「いえ、ご自分すら信じられておられない旦那様には御自身すらないのでは?」
「……俺にそれを問いかけて、どう答えろと?反論しておくとお前の言葉は全てが俺に対する妄言だ、と断言しておこう」
「旦那様は実は女の方でございます。そしてとても人には言えないような特殊な性癖を持っておられます」
「いきなり随分な告白ですね、それっ!?つか俺は正真正銘の男だよ!あと特殊な性癖もねぇよ!!………たぶん、ないよ?」
「それもこれも旦那様が私の言葉は全てが虚言である、との大変な侮蔑を仰られたのが悪いのです」
「…ん?お前、もしかしてちょっと拗ねてる?」
「拗ねてなどおりません。敢えて旦那様にでさえも伝わるように申し上げるとするならば、これは報復です」
「済みません、益々意味解りません、それ。つかやっぱりお前拗ねてるね?…ぷぷっ、可愛い奴め」
「……旦那様がいけないのです。私の旦那様に対する愛の囁きすらもまるで嘘偽りのように申し上げる、旦那様がいけないのです」
「と、いかにもいじらしい言葉なわけだが、俺は一度たりともお前の口から俺への愛の囁きは聞いた事がないと驚愕の事実を告白してみる」
「別に驚愕でもなんでもありませんが」
「…そだね」
「私はそのように破廉恥ではございません」
「どこがどう破廉恥なのか判断に困るところだが…まぁ、俺としても別にお前の言葉が全部ウソとは言ってねぇよ。ただちょっぴり俺という相手に対する優しさが欠けてるな、ってだけの事だ」
「そんなっ。私以上に旦那様に優しく接している者がいるでしょうか」
「――こいつ、マジだ。心底マジで言いやがった」
「それは当然で御座います、旦那様。それとも旦那様は私にまだ優しさが足りないと、そう仰られるのでしょうか?」
「言う、言うね。ああ当然言うともこれを言わずにいられようかっ!!」
「…何故そこまで旦那様が切迫しておられるのかは敢えて考えませんが、…了解でございます、旦那様がここまで心底よりご所望であられるというのではれば私に異論などあろうはずもございません。全力をもってして旦那様のその願い、必ずや叶えて見せましょう」
「てかね、俺としては優しさ成分が欲しいだけなので、全力で頑張る必要とかないよ?しかもお前に全力で頑張られたら状況がますますひどくなると感じているのは俺だけですか?そうですか」
「旦那様は少々疑心が過ぎますね」
「誰の所為だよ、誰のっ!!」
「…私の優しさが足りなかったばかりに旦那様がこのように……、歪んだ精神と異常極まりない性癖とヒトを拐すような凶悪犯罪者に。くっ、私が至らぬばかりにっ」
「その発言自体が優しさが足りてない証拠だと何故分からん。後な、……地味に演技上手いな、お前」
「御褒めいただきありがとうございます、旦那様」
「いや、褒めた方は別にいいのだが、俺としてはその前の発言に対して重きを置いてもらいたい」
「旦那様」
「…何だよ?」
「何事も前向きの姿勢が必要だと思われます。旦那様も過去に囚われる事無く、上を向いて歩きましょう」
「………あぁ、何となくわかった。これってすっげぇ理不尽なものいいだな」
「私は、そればかりとも思いませんが」
本日の一口メモ〜
メイドさんの主成分は旦那様への愛と優しさでできております。
旦那様の今日の格言
「前向きって言うのは時に理不尽を気にしない気概の事だ」
メイドさんの今日の戯言
「旦那様がおっしゃられると説得力が増しますね?」




