REVERSAL-10
・・・はやく通常運行(メイドさん+αの談話)に戻りたい
「……んっ?」
「あ、起きました?」
「?」
どこからか声がする。周り、見ても誰もいない。
「……だれ?」
「えーと。落ち着いてくださいね? 私は敵じゃないですよ? ぜんぜん、怖くないですよー?」
「??? ……うん」
「な、なら……とか言ってて私のこと騙したりしてません!?」
「だます? なんで?」
「い、いえ。今のは流石に穿ち過ぎな考えでした。すみません」
声、のする方へと視線を向ける。
彼女は恐る恐る、といった感じで木の陰から姿を現した。真紅の長髪の、その目を真っ赤な布でぐるぐる巻きに隠した、どことなく凛とした感じの女性だった。
「えっと、……大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ?」
何を心配されているのかよくわからない。
と、言うよりも。
「……あれ、わたし、何で。それにここは――、ッッ」
ぼんやりとした頭、どうしてこんな森の中にいるのかなんて事を思った瞬間、“意識を失う直前”のことを思い出した。
「師匠っ、そうだ、師匠――はっ!?」
意識を失う直前の記憶、それは何かの大群が確かにわたし達に迫って来ていて、いきなり師匠が世界の危機とか魔王軍の進軍とかわけのわからないことを言い出したんだ。それで、それから逃げ出す準備をして、『勇者』に会いに南に行け? とかなんとか……“そこ”でぷっつり記憶が途切れていた。
それからどうなったのか、どうしてこんな森の中で倒れていたのか、一つも覚えていない。
ほんの少しだけ薄ら寒いものを感じたけれど、今はそれどころじゃない。
師匠は――あのロクデナシの、へたれ陰険どS変体スケベじじい……何故か思い出すほどに師匠なんて放っておけばいい、むしろ世のためヒトのため? とかいう苦い思いが湧き上がってくる機もするけれど。
それでも確かにあのヒトはわたしの“師匠”で、わたしはあのヒトの“弟子”だったから。
わたしは忘れない、あの自愛に満ちた目でわたしのことを見て、『……ないない、うん』
「よし、殺そう」
「はい?」
ヒトの裸、特に胸を見てその台詞はない。次ぎ会ったら絶対殴る。もう全力で殴り飛ばす。老人愛護? ……うん、全っ力! で、“労わって”あげることにしよう。
だから、何よりもまず優先すべきことは、
「南に行け、とか言ってた気がするから……逆の北へ行けば?」
「えっと、あの……大丈夫、ですか?」
「――?」
そういえば、と。つい師匠への溢れんばかりの殺意のせいで目の前の女の人のことを忘れていた。
「えっと、はい。大丈夫です。助けていただいて? ありがとう??」
「いいえー、わたしはそんな大したことはしてないですし。それよりも……大丈夫そうですね? 私のこと、怖くありませんか?」
「怖い? いえ、全然・・・…」
何でそんなことを聞いてくるのかわからないくらい、目の前の女のヒトの雰囲気は恐々としたものだった。むしろわたしの方こそ怖がられているように思える。
『――黒ってのはこの世界の怨敵の象徴で――』
不意に師匠が言ってた言葉を思い出す。いつ聞いたのかまでは思い出せなかったけど……そのときになってわたしはわたしの姿を思い出した。
「……むしろそれはこっちの台詞です。わたしのこと、怖くないんですか?」
「ま、まああれだけ襲い掛かってこられると少し……いえいえ、そんなことはないですよ?」
「……」
やっぱり、怖がられている気がする。気のせいではないと思う。だって彼女は明らかに一定以上こちらに近づいてこようとしていない。
「あ」
「?」
「ああ、余りに当たり前のこと過ぎて忘れてました」
「当たり前の……? なにを、」
「本当にわたしは貴女の事を怖いとは思っていませんよ? それがたとえ貴女が黒髪黒瞳だったとしても、です」
「ッ」
「――ああ、やっぱりそれを気にしてたんですね。大丈夫です、私があなたを』恐れる理由は“何一つ”ありませんよ。本当です」
「……本当に?」
「ええ。……むしろ今までずっと貴女が私を怖がっていたのに」
彼女の様子に嘘はない。むしろさっきまでの彼女の怖がりようが嘘のように堂々と……わたしと比べると多分にご立派な胸を強調しておられた。
敗北感じゃないっ、これは絶対、敗北感なんかじゃないっ!
「……」
「えーと?」
視線を感じたのか彼女が自分の胸元を隠すように、両腕で押さえる。
――もうチチ滅べ
……じゃなくてっ。
そこで漸くその異常に気がついた。むしろ今まで気づかなかったのが遅いくらい。
「その目……」
「はい?」
彼女は目元を布でぐるぐる巻きにして隠している。あんな状態でわたしの事が見えているはずがない。
なのにわたしは彼女の仕草を不思議に思わなかった。つまり、その仕草に不自然さがまるでない。まるでその状態でも見えているかのような振る舞いだった。
「ああ、コレですか? 別に気にしなくてもいいですよ? 目が見えないとかそういうわけではないですし」
「あ、目が見えてないわけじゃないんですか」
「ええ。それに目隠し程度で不便を感じるほどの鍛え方はしていませんから。……むしろ目隠をしないとまた襲い掛かってこられちゃいますし。目を覚ますごとにパニックになって襲い掛かってくること49回。教われないという感動も一入です」
「?」
「いえ、こっちの話です。それよりも漸くまともな話ができるようになったみたいなので一つ聞きたいんですけど、いいですか?」
「? あ、はい」
「その、えっと……」
「?」
「さっき師匠、って言ってましたけどそれってやっぱりレム様のことですか? そしてあのヒトはまた新しい女の子に手を出しちゃったって事なんですかっ!?」
ずいっ、とそれはもうコレまでにないほどの勢いでこっちに迫ってこられて。
なんとなく直感で――いや、もう女の子なら一目見れば分かるだろう、ってくらいに彼女は分かりやすかった。それに、同時に何か愛着というか応援してみたいというか、そんな感じの感情がわきあがってくるのを感じた。
この感じ、元の世界にいた時以来の……
何か、胸の中にあったもやもやが少なくなったみたいな、不思議な胸の軽さを感じるような木もするけど……まあ、それはいっか。それよりも。
あれ、なんだろう? 不思議と顔がにやけてくるよ?
「……“レム様”っていうのは分からないけど、それってあなたの好きなヒトなんですか?」
「ふっ、そんなことあると思わないで下さいと思わなくもないかも知れませんがむしろ思ってくださいといいますかいい加減気づいて欲しい様な気付かないで欲しい様な。つまり、違います」
「……ああ、はい、わかりました」
「そうです、違います」
「あ、はい。だからそれは分かりました」
「違います。私がレム様を隙とか、そういうのは断じて、恐れ多いというか、その姿を見るのもおこがましいというか、むしろ一家に一匹欲しいですっ!!
「えっと、まあ、はい、よく分かりました」
「ならいいですっ」
ガチだわ。
ここまでくると絶対間違えようがないと思う。でも、“レム様”?
「……、あれ?」
「何ですかッ、やっぱりレム様を知ってるんですかっ!?」
「い、いやそうじゃなくて、」
「本当にっ!?」
「……」
今更ながらに気付く。
わたし、師匠の名前を知らない。
流石にこんな……せいぜい20くらいの女のヒトがあんな老い朽ちたエロじじいを好きに、とは思えないから人違いだとは思うけど。
「へたれですよ!? 具体的に言うと姿形に限らず雰囲気言動その場の空気の作り方から全てに至るまで一目で分かるへたれですよ!? 第一印象が『あ、このヒトへたれだ』だったらそれは間違いなくレム様です、間違いありません!!」
随分とひど言われようだけど……あれ、わたしもしかして勘違いしてたのかな?
流石に好きな人をここまで悪く言うことはない、と思うし。実は本人に悪く言ってるつもりが一切ないとか……ってのはないよねー。
あ、でも師匠の第一印象って『なんかへたれっぽいヒト?』だった気が……いや、気のせい気のせい。
「大体ですねっ、あなたが身に着けてる魔法具、見覚えがあります。確かレム様のもの、」
「――?」
まだ何かを言いかけていた彼女が不自然に言葉を切った。
驚愕に大きく目を開いたまま、どことなく惚けた表情で頬を上気させて固まっている彼女の様子に流石に不思議に思ってわたしもふりかえり――。
「……見つけました」
そこには――がいた。
この想いを言葉で表すことは無理なんじゃないかと思う。それほどまでにソレは、“彼女”は圧巻的だった。
「目を潰されるのは色々と厄介ですが、まさかまだこんな近くにいたなんて……私もまだまだ修行が足りていませんね。同時にあのヒトの意地の悪さも感じますけどっ」
メイド服を着た純白、否、純銀の女性。その体からは神々しいまでに純白のオーラが立ち上っているのだが、不思議とそのオーラが真っ黒に見えるのは果たして気のせいだろうか。
「――さあ、ユーアサカ、私と一緒に世界を救いに行きましょう?」
綺麗な、万物が見惚れるほどに見事な“完璧の”笑顔を浮かべて、曇り一つない銀髪の“彼女”は異世界からの少女、朝霞夕へと手を差し伸べた。
魔王軍 → 黒いヒト参戦
勇者軍? → 白いヒト参戦
の、構図。別名、代理戦争という。