REVERSAL-06
レム君は活躍しない。これ、鉄則です。
「くくく……ははっ、あーはっはっはっはっ!!!」
爆炎の中から、男は高笑いを上げながら一歩前へと踏み出した。
「決まった。決まりすぎて自分が怖いくらいに決まった。……『俺を置いて先に行け?』やっぱりこういうのは一度くらいは言ってみたい台詞だよなぁ」
ククッ、と愉快そうに嘲笑を漏らし、男は改めて周囲へと視線をはしらせた。
黒、黒、黒。
地面と言わず、地平線の彼方と言わず、見渡す限りの空一面さえ、視界全てが黒い獣たちで覆い尽くされている光景がそこにはあった。
それはこの世の終わりか、はたまた地獄へ続く片道か。
そんな中で男は未だ嘲笑の笑みを崩すことなく――気の早い漆黒の毛並みの犬畜生が背後から男へと襲い掛かるも、そちらへ視線を向けることなく紙一重で避けて、駄賃とばかりに蹴りをその獣の腹へと打ち付けた。
『キャウンッ!!』
蹴飛ばされたその獣は他の黒い獣たちの群集へと体制を崩したまま放り込まれ、そして喰われた。
一瞬の出来事。血飛沫の一滴すら残さずに漆黒の犬畜生は食い尽くされ、この世から永遠に消えた。
「……おいおい、随分と躾のなってない畜生どもだな」
男が片手を眼前へと差し出す。いつの間にかその指先には小さな赤い灯火が灯っていた。
その灯火を警戒するように黒い獣たちは唸り声を上げつつも男から一定の距離以上、近づいてこようとしない。
「取り合えず、この世界の勝手な都合で“無関係な奴”を殺させるわけにはいかないんだ。ついでに師匠らしいことの一つもしないといけないしな。……まー、正直? 好きな野郎がいるって時点で、なぁ?」
指先ほどの灯火を両手の平で転がしながら、男はやはり嘲笑を止めず嗤い続ける。
黒い獣たちはやはり警戒して近づいてこようとはせず。
五度ほど灯火を手の中で転がした後、男はソレを落とした。投げつけるでもなく、ただ自分の足元へと零すように小さな灯火を落とす。
それはまるで風に乗った綿帽子のようにゆっくり、ゆっくりとした速度で地面へと向かって、時折右へ左へ揺らめきながらも落ちていく。
「俺はさ、誰かさんの影響で無益な殺生ってのが嫌いなんだ。ついでに加えると有益な殺生も余り好きじゃない。だから、」
男の足元に落ちた灯火は地面に触れた瞬間、爆発的な勢いをもって燃え広がった。まずは近くの獣へと、ついで隣接する獣へと炎が広がる。数十、数百、数千、数万、数億と燃え広がっていくのに、時間は一瞬の瞬きの間すら必要ではなかった。
男の周囲に群がる黒い獣たちを、一匹足りとて逃すことなく――黒を覆い尽くしてなお輝き満ちる赤、赤、赤い世界。
「思いのまま、互いの主張を武器に気の向くままに気の済むまで平和的に語り合おうじゃないか」
その中で男は嘲笑を止め、ただただ愉快そうに笑い、黒い獣たちの群れへと更に一歩を踏み出した。
「言葉が分からない? 言語が通じない? ああ、心配は無用だ。俺は飛び切りの共通言語を習得してるしな?」
更に一歩、もう一歩、両手のを左右に広げながら男は悠々と黒い獣たちへと向かって歩を進める。
顔に浮かぶのは笑み、ただ楽しそうな、それだけの笑み。
こらえ切れなかったのか、黒い獣たちの中からついに一匹の獣――角を生やしたネズミのような、とはいってもその大きさは男の倍ほどあるのだが――が飛び出してきた。
慌てず、焦らず。
男は右の拳を軽く握り締めて、、襲い掛かってくる獣に対して更にもう一歩、大きく踏み込みを入れた。
「さあ、思いっきり語り合おうぜ? ――肉体言語でさ」
◆◆◆
「――ッッ!?」
一瞬視界が光って、思わず反射的に目を閉じた――次の瞬間にはわたしはどことも知れない場所に一人で立っていた。
「――師匠っ!?」
思わず叫ぶ。
返事は……当然、ない。
まさか師匠、わたしを逃がして一人だけあの場所にとどまって時間稼ぎ、なんて――
縁起でもないのにまるで走馬灯のように師匠の今までが浮かんでは消えていく。
いちいちムカつく事を言ってくる師匠、水浴びを覗いておいて『――ないな』の一言を残して悠然と去っていった師匠、師匠一人柔らかそうな葉っぱのベッドの上で眠っていてわたしは冷たい土の上、な毎日。その他にも色々と、色々と……
「……」
むしろいなくなって清々するかも?
い、いやっ。それでも一応は世話になったわけだから――少なくともわたしを汚物を見るような目で見たり、ただのモノとしてみるような冷たい視線を向けてきたり、人を人とも思わない扱い、はされててかも? ――だけどっ、だからって死んでいいとは思ってないし、何よりあんな分かれ方なんてわたしが納得できていないっ!!
「――師匠ッッ!!!!」
周りは見覚えのない風景。少なくとも師匠と過ごしてた小屋の近くの森、ではないと思う。
返事はやっぱりない――
「どぅえ~いっす、師匠でーすっ」
何か聞き覚えのない女性の声が後ろ聞こえたけど、返事はやっぱりない。間違っても老人だった師匠が一瞬目を閉じた隙に女の人に代わってたとかそんな驚愕の事実はない……と思いたい。
少なくとも後ろから敵意とかは感じないから、振り向かなくても大丈夫だと思う。というよりも第六巻的な何かが振り向くなといっている気もするし。
「でも弟子は今、お留守です。具体的には……可愛い弟子は地獄に落とせ?」
「それを言うなら千尋の谷――って、」
思わず突っ込みを、って。
「はぅ? ……で、どちらさま?」
「いや、それはわたしの台詞」
何か眠たそうな表情の女性がいた。真っ赤な髪に真っ赤な瞳……およそ“現実世界”じゃありえないような彩色で、けれど決して染めて出せるような色じゃない。あくまで天然の赤髪と赤瞳。それはここは“異世界”なんだって改めて衝撃を受けた気がした。
……師匠? 師匠は白髪だったからまったく気にならなかったよ?
「ムェ、元気にしてるかな? どうだろ?」
「さ、さあ?」
というよりムェって、誰? あ、もしかしてさっき言ってたお弟子さん、とか?
「私の名前はラライという。名前はまだない」
「……ラライ、が名前じゃないの?」
「そうともいう可能性も無きにしも非ず?」
「……」
時折、頭がかっくんかっくんしてるけどこの人……え、もしかして寝ぼけてるの!?
「それにしても、珍しいな~? 黒髪なんてレム様とお姉様以外で初めて見た~……くぅ」
「ッ、……ぇ!?」
「ね、寝てないよ? 私は断じて寝てないよ?」
「いや、誰もそんなこと聞いて、じゃなくてっ、今黒髪って、それってもしかして――」
「……んぅ?」
「――ッッ!!??」
何の前触れもなく。いつの間にか目の前の女性――ラライ、さん? の手の中に抜き身の刀が握られていた。
同時に雰囲気? それとも空気? ががらりと変わった。なんとなく、これが殺気というものだと否が応でも分かってしまう。
って、刀!? あれ、日本刀!?
……なんて、いろいろと聞きたいことはある気がする、けど。
「……昼寝もさせてくれないなんて、『魔王軍』というのはつくづく面倒臭いんですね――」
――GUGAAAAAAAAAAAAAAA!!!!
空から5メートルほどの巨体の、コウモリのような羽の生えたゴリラ? が怒声を上げながらまっすぐ降下してきていた。
その姿はもう目前に迫っていて、手を振り上げる迫力、羽根付きゴリラ? の獰猛な嗤い声、嫌気のする獣臭がはっきりと、
――音もなく、羽根付きゴリラ? が血花火になって散った。
「いえ、寝てませんよ?」
「……」
「ええ、はい。別に寝ぼけてたりはしてませんでしたけどね?」
「……」
……え?
つづ、く・・・?
え、続くのか?