REVERSAL-05
魔王軍? の来襲です。
しかし魔王不在なのに魔王軍とはこれいかに?
「師匠っ、北の方角から何かいっぱい――」
「分かってる。いいから少し落ち着け、弟子」
勢いよく屋内へと駆け込んできたユウが見たのは、両目を閉じて瞑想でも行っているかのような老人の佇まいだった。
はっきり言おう。全く似合っていない。違和感ありまくり、である。
「……ぷっ」
「何を笑っている、弟子?」
「い、いえ……なんでもありません」
「そうか。とりあえず状況を説明してやる。座れ」
「あ、はい」
「……よし、弟子。いきなりだがお前は狙われている」
「……本当に行き成りですね」
「ああ、今はじめて言ったからな」
「それで、師匠。狙われてるって、何に……」
「まあそうせくな。全部説明してやる……時間もなさそうだからかなり省いて説明してやろう」
「……そこは詳しく説明してほしいかなー」
「あん?」
「い、いえ」
「で、唐突な話だが今この世界は危機に陥っている」
「また、本当に唐突です」
「これも今はじめて言ったからな。それで具体的に言えば魔王軍という世界征服を狙う馬鹿者どもがいる」
「……ま、まさかと思いますけど実は私が勇者とかで、だからその魔王軍に狙われてる、とか――」
「お前、馬鹿?」
「ぇ」
「弟子の分際で何いい気になってやがるの? 私は勇者です? 世界を救っちゃうんです? テメェ、馬鹿弟子の分際でそんな器が自分にあるとか、そんなイタい勘違いしちゃってるんですか~、ぷぷっ」
「――なっ、ち、ちが。違いますっ!! ただ、こういうのは聞いたことあるかな、とか……」
「ま、お前は勇者とかじゃないから安心しとけ。ただの俺の弟子だ。それ以上でもそれ以下でもない――って、これじゃまるであいつみたいな言い方じゃないかっ」
「あいつ?」
「いや、なんでもない」
「あ、それってもしかしてこの周りでよく見かける銀髪の綺麗なメイドさんのことですか?」
「……お前、気づいてたの?」
「? 師匠の言う、何に気づいてたのかどうかは分かりませんけど、今朝も普通に挨拶しましたよ?」
「――はい?」
「本人曰く、近くの湖に住む奉仕の妖精さんらしいですけど。毎日、『今日はいい天気ですね?』とか、『明日は曇りそうですから洗濯物は早めに干したほうがよさそうですね』とか他愛無いこと話してますよ? ……何か時折『今日は旦那様日和ですね』とか変なこと言ってましたけど」
「……」
「師匠?」
「いや、何でも。というよりも今は時間がないからな。説明の続きに移るぞ」
「あ、はい」
「それでお前はその魔王軍に狙われている。今ここに向かってきてる、お前が見たのも魔王軍の軍勢だ」
「えぇ!!??」
「何で私が、と当然思うだろうが原因はお前のその髪の色だ」
「髪?」
「そう、真っ黒」
「……地毛ですけど?」
「ずっと俺としか接していない引きこもりの馬鹿でしには分かりにくいだろうが、この世界に“黒髪”ってのはただの一人しかいない。いや、正確にはいなかった、か」
「いなかった? あ、わたしが二人目?」
「そういうことだ。そしてこの世界では黒ってのは【厄災】――馬鹿弟子にも分かり易く言えば世界の怨敵の象徴、っつかそのものだ」
「世界の怨敵?」
「そう。だから狙われる。はっきり言えば魔王軍に限らず、この世界に生きるありとあらゆるものから、な」
「……」
「まあだからといっていっちょ前にショックを受けてる時間もないぞ、馬鹿弟子」
「……こ、こういうときは少し慰めてくれてもいいと思いますっ」
「断る。そういうことは老い先長い老人じゃなくて彼氏にでもしてもらえ」
「彼っ――そ、そんなヒトいませんっ!!」
「あん? そうなのか。時折寝言で『アサギ君、アサギ君』とか言ってるからてっきりそのアサギ君とやらが彼氏か何かと思ったぞ、というか彼氏じゃないなら片思いか」
「なっっっ!!!」
「とりあえずそんなことに使ってる時間はない。言うべきことはお前は狙われてる、だから今すぐここから逃げる用意をしろってことだけだ」
「……わっ、分かりましたっ」
「――よし、それじゃあ用意ができたら一直線で南へ行け。とりあえず魔王軍から少しでも離れて、それから……『勇者』に会いに行け」
「? はい、分かりました……師匠?」
「あん?」
「師匠はどこへ?」
「ちょっと散歩だ。帰りは遅くなるから一々俺を待つ必要はない。用意が出来次第、とっとと南へ逃げろ、馬鹿弟子」
「……、師匠? もしかして馬鹿なこと考えてませんか?」
「少なくとも馬鹿弟子よりも馬鹿なことは考えてねぇな」
「――まさか、あのいっぱいきてる大群と戦おう、とか考えてませんよね、師匠?」
「運がよけりゃ、一日くらいは足止めできるだろ」
「師匠!?」
「俺はお前の師匠様だぞ? 弟子が一々変な気を回してんじゃねえよ。俺の心配する暇あるならテメェの心配でもしてろ、弟子」
「で、でも――」
「それにこんな爺、老い先も短そうに見えるだろ? 遠慮するこたぁねえよ。『ここは俺に任せて……先に行けっ、後で必ず追いかけるっ!!』ってやつだ」
「な、何か余計に心配になる一言なんですけど、それ」
「? どこがだ?」
「……いえ、もういいです。そんなことよりも、師匠!」
「あん? つーか、いいからさっさと準備しろ」
「師匠が残るのならわたしも残って、戦います!」
「……」
「――わたしは本気です!」
「…………はぁぁぁあぁぁぁぁ」
「……」
「おい、馬鹿弟子」
「はい、何ですか、大馬鹿師匠」
「――いい度胸じゃねえか」
「師匠ほどじゃないです」
「よぅし、馬鹿弟子。テメェの心意気に免じて俺の取って置きをお前に見せてやる」
「? とっておき?」
「――さて、種も仕掛けもございません。しかしあら不思議、」
「? 師匠? 何ですか、この床の光ってる、魔方陣? みたいな模様……」
「――転移。そして馬鹿な弟子の姿は影も形もないのです、とさ」
ユウの足元の魔方陣が消えたとき、そこに残っていたのは老人ただ一人――否。
老人だった顔にヒビが入り、それが何かの幻であったかのように砕け散る。その下から現れたのはまだ若々しい男の、まあへたれっぽい以外は平々凡々な男の顔。
「お、呪いが解けた? ……つか結局解除条件ってなんだったんだろうな。ユウを育て上げること、とか? まあ考えても分からんかー。今はとりあえず、と」
男はにやりと、口元を吊り上げて笑みを作り。
同時に周囲一帯が紅蓮の炎に包まれた。――魔王軍の到着、である。
ちなみに補足しておくと。
今代勇者、浅葱 夕凪君。男の子。ユウの片思い(?)のお相手です。