ど-629.共食い
年末は忙しいのです?
それはそれとして、メイドさんの陰謀、もとい傑作のお話
「本年もこちらをお納めいたします。どうぞ、お受け取りくださいませ、旦那様」
「……」
「(くふふ、お主もわるよのぅ) いえいえ、それほどでも。しかしながら旦那様もお好きに御座いますね」
「……」
「(お主もな) いえ、旦那様ほどではございません」
「……」
「(して、例のものは?) それはこちらに。どうぞご賞味くださいませ」
「……ゃ、ツッコミ所はどれと言わればもう全てなんだが先ずは、何その一人芝居?」
「いえ、旦那様がノッて下さらなかったので仕方なく……一人で話の流れを進めてみた次第に御座います。なんといっても私は優秀ですので、旦那様の口助けがなくとも、旦那様を置き去りに話を進めることなど造作もございません」
「いや、俺を置いてけぼりにってのは色々拙いだろ、ってかそれは優秀とは言わない」
「全て、事後承諾を強要させているので問題御座いません」
「強要という時点で何もかもが問題だということに気づけ」
「はい、すべて承知しております」
「……はぁぁぁぁ」
「そのように盛大にため息を吐かれて、如何なさいましたか旦那様」
「いや、もう全部が全部今更なわけだし、わざわざ言うことでもないけどな」
「はい、そうでございますね、旦那様」
「そこは素直に認めるとこ違うぞ?」
「旦那様に対してのみ従順で素直で純情で一途なのは私の数多ある利点の一つに御座います」
「……」
「……?」
「ゃ、もう俺から言うことは何もないけどな?」
「はい。承知いたしました、旦那様」
「頭痛いけど。……で?」
「はい。では旦那様にもご納得いただけたところで、」
「いや納得というよりもう諦めただけな?」
「こちらをどうぞ、お納めくださいませ」
「……あぁ、そういえば。そもそもコレが問題だったなぁ、つか、何コレ」
「近年稀にみる傑作であると自負してしまいます」
「や、近年も何も俺、見るの初めてなんだが?」
「そうで御座いましたか?」
「……わざとらしい。どうせ俺に秘密裏に作ってやがったくせに」
「はい」
「……なんというか、相変わらずそういうところは潔いのな、お前」
「私と旦那様の間に嘘偽り、隠し事など一方的にしかございません」
「あるのかよ!? つか、一方的!? どっちがどっちに!?」
「それは旦那様の逞しい妄想にお任せいたしますが、それはそれとして放置いたしましょう」
「いや、放置できる話題じゃないのだが……」
「そして旦那様、それの食し方としては頭から齧り付く、もしくは四肢をもいでじわりじわりと貪り食らっていく、というのが一般的なお勧めでしょうか。上級者向けとして熟れるまで放置してどろどろの中身を吸出し一気飲み、いっその事股間部を勢いよくガブリ、などと言うのも御座いますが、旦那様は如何なさいますか?」
「……なあ、何か腕をもごうとしたら『いててっ』とか『止めろ―、俺を食うなー』とか、妙な幻聴が聞こえるんですが?」
「そこまでこぎつけるのには大変苦労致しました。様々な試行錯誤、まさに私の全身全霊、善知識と全力を以てして育成した最高級傑作と呼ぶにふさわしい出来に御座いましょう!」
「…………この際はっきり言うけどよ、」
「はい、如何なさいましたでしょうか、旦那様」
「――何、この『1/16俺』?」
「よくぞお聞きくださいました、旦那様。愛でて良し、食して良し、甚振って良し? 舐め回しても良し? のまさに傑作、細部まで完璧な1/16スケールの旦那様の実、もとい私作成、私育成、私頑張りました! の“レイムの実”に御座います」
「……あ、そう」
「はい、特に超自然的に旦那様の形に生るように品種改良を行うこと、また超自然的に疑似生物のように旦那様の喘ぎ声を真似させるよう品種改良を行うのは苦労致しました。味と出汁の方は比較的、楽だったのですが」
「いや、誰もコレ作る際の苦労談なんて聞いてないから。むしろ聞きたくもないから」
「私的には“れいむ”の身体を剥いていく時の『いゃんっ♪』という艶声が特にお勧めでございます」
「誰もテメェのお勧めなんざきいてねぇ! つか、何作ってんの? いや、マジで、何こんなふざけたもの作るのに無駄なテメェの才能を割いちゃってんの!?」
「あちらこちらから引く手数多なので毎年品切れが続出して困りものです」
「吐けっ、今すぐこれをどこのどいつに横流してやがるのか吐きやがれっ!!」
「買い手の情報を明かすのはたとえ旦那様といえども契約上、そしてマナーの上でも申し上げることはできません」
「この際、契約もマナーもくそもあるかっ、つか契約云々より先に俺の人権はどうなった!?」
「そのようなもの、存在すらしておりません。まあ、それは放置するとしまして、どうぞ、こちらが“レイムの実”の顧客リストになっております」
「良し、よくやった! いや、もともとお前のせいだからよくやったも何もないのか? いやそれよりも、つかさっき言ってることとやってることが違わなくないか、お前?」
「いえ、私は申し上げることはできません、とは言いましたがお教えできません、とは一切申し上げておりませんが?」
「……それを屁理屈という」
「私は旦那様には“真実しか”申し上げません」
「……ま、この際そっちはどうでもいいか。――さて、こんなふざけたものを買ってるのはどこのどいつか、……」
「如何なさいましたか、旦那様?」
「あー、悪い。コレ、なんだ?」
「これも何も、先ほど申し上げた通り、“レイムの実”の顧客リストに御座いますが?」
「紙一枚だからそんなにいないのかなーとか間の抜けたことを一瞬でも考えてた俺が馬鹿だけどさ、この『検索』とかって、何?」
「はい、何せ人数が人数ですので、条件付けの上で検索していただかなければ数が多すぎます」
「……ちなみに総計何人ほど?」
「はい、総計で――……ああ、人数で申し上げるよりも世界中の女性人口に対する割合で申し上げた方が手っ取り早いですね。確か……きゅ、」
「いや待て、それ以上言うな皆まで言うな」
「? 如何なさいましたか、旦那様」
「……聞く勇気を失くした俺を惨め・へたれ・負け犬と呼ぶなら呼ぶといいさ!!」
「いえ、そのような当たり前のこと、いまさら申し上げる必要も御座いませんでしょうに」
「ぐっ」
「それはそうと旦那様、味の方は私が全面的に保証いたしましょう。どうぞ“レイムの実”を貪り食らってくださいませ」
「……なんつーか、自分と全く同じ姿のモノを食うのは、すっげぇ抵抗があるんだが?」
「どうぞ、共食いしてくださいませ」
「共食いとか言わないで!?」
「まあ、実際のところ“れいむ”を食べるお方は少ないのが、私としては残念なところなのですが。ほとんどの方々は観賞用あるいは虐殺用に用いておられます」
「……んで、いまさら聞くまでもないけど、そのふざけた名前を決めたの、お前だよな?」
「“れいむ”ですか?」
「そう、それ」
「はい。会心の名前でしょう、旦那様?」
「……皮肉が聞くほどに、な」
「はい」
「……で、さ」
「はい、旦那様?」
「コレ、食べなきゃダメ?」
「いえ、旦那様が干からびていく様を旦那様が見たいと仰られるのでしたら、私は一向に構いません」
「……いや、全てが全て扱いに困るんだが。俺はこれをどうすればいいんだ?」
「がぶり、と」
「……うぅむ」
「さあ、いっそ清々しく!」
「……あ、ユウがそろそろ戻ってきそうな気がするなぁ~」
「そしてご自身の1/16の果実、もとい人形を持っておられる旦那様。変態ですか、いえ旦那様は初めから変態なお方でございましたね、失礼いたしました」
「違ぇよ!?」
「客観的事実です、お諦め下さいますよう、旦那様」
「……くそっ、こうなりゃ証拠隠滅しかないのかっ!?」
「がぶり、と」
「……えぇい、こなくそっ!! ――!!」
「……!」
「……れ? あれ、無茶苦茶、美味い?」
「自信作ですので」
「その自信満々なのがむかつくんだが……」
「そう言いつつも主張している私の胸部に視線が釘付けな旦那様が素敵です」
「そ、そんなことはない、ぞぉ……?」
「では……ちらり?」
「そそそそその程度で俺の鋼鉄は揺るがんぞ!!」
「まあ、そうでしょう。この程度の戯れはこの程度にしておきまして、」
「……チッ」
「? 旦那様?」
「い、いや、何でもない」
「はぁ……。では旦那様、私はこれから“れいむ”を皆様方に配らねばなりませんので、失礼させていただきます。旦那様の共食いの姿も拝見できたことですし」
「共食いとか言うなっ」
「『うなっ~』と言う“れいむ”の断末魔の叫び声が素敵でした。湧き上がるもやもやの気持ちを抑え切れません」
「……もぐ、……うん、やっぱり美味いな。この不気味な絶叫さえなければだけど」
「旦那様が1/16スケールの旦那様を食べられている、実に微笑ましいお姿に御座います、旦那様」
「……もぐ、うん。……」
「では旦那様、私はこれにて、失礼いたしました」
「……今度はもう少し普通の差し入れがほしいなー」
「それは無理な注文でございます」
「なんでだよっ!?」
「では、失礼を」
「……もぐ、うん、味だけはいいな、コレ。でも、“れいむ”ねぇ……? いや、これ以上は考えマまい」
断じて、共食いではない!