Act XXX 魔王、ことへたれちゃん
へたれちゃんとメイドさんの出会い(笑)
――我は魔王、世界を統べるモノ也
この世の生きとし生けるものすべての恐怖、すべての絶望。
「へたれちゃんは――?」
「そっち逃げた!」
「そっちってどっち!?」
「あっ、皆、こっちこっち!」
「ほんとだ、へたれちゃん発見!」
「みんなー、行くわよー!!」
「「「うんっ」」」
「きゃぅん、きゃぅんっ!」
――我は魔王、
「一斉攻撃ー♪♪」
『えーい♪♪』
「きゅぅぅん、きゅぅぅぅぅん……」
『へたれちゃん、可愛いー!!』
名前はない、断じて! 断じて“へたれ”などと言うふざけた名前ではない!!
あのふざけた女が付けた“ヘカトンケイル”などという名前は中々……ぃ、いや、あの女が付けた名など我は認めぬ、認めてなるものかっ!!
「ぐるるぅぅぅぅぅ!!」
この、世界でも一番脆弱な、小人族の小娘共が、調子に乗りおってぇぇぇ!!!!
「えい♪」
「えい♪」
「えぇい♪♪♪」
「きゅぅぅ、きゅぅぅ」
えぇい、おかしいのではないかっ! それともあの女の陰謀かっ!?
何故、魔王たるこの我が小娘程度の相手に、いくら相手が複数とはいえこうも翻弄……というより圧倒される!?
「――さて、ヘカトンケイル、いえへたれ様。今回はこれでチェックですね」
「……ぐ、ぐるぅぅぅ」
「そのような虚勢は無駄です、へたれ様。では午前の部はこれで終了としましょうか。昼食はいつもどおりマカフィーにもらってください。治療はシャーマルに、その後に午後の訓練を再開しましょう」
「……」
我は魔王、世界でもっとも尊き、強き存在ぞっ!!
――くそぅ、それもこれもあの女が現れてから全てがおかしくなったのだッッ!!
◇◇◇
「グルルゥゥゥゥゥ――」
我は魔王、万物の王也。
『勇者』――忌々しくも我の天敵たるその存在がこの世界に誕生したのを感じた。『勇者』は、我を殺す唯一の存在。ゆえに我は『勇者』を殺さねばならない。
「ギュブ……?」
不意に、息苦しさを覚えた。
正直なところ、我には最初それが理解できなかった。……否、今でさえ理解などできていない。
「ワン公、伏せ」
その雌は。どこかふざけた衣装に身を包んだくすんだ銀髪のメスは出会い頭で我にそれを強要した。何よりも屈辱的な、服従のポーズ。
この身の程知らずを殺してやろう、と思った。
「さて? 身の程知らずは果たしてどちらの台詞でしょう」
気がつくと我は自慢の四肢を失い、無様に地に転がっていた――と思ったのも一瞬。
……我の四肢はちゃんとある。地をしっかり踏み締めてもいるし、無様に転がってもいない。
『……小娘、今、我に何をした』
「小娘? それは褒め言葉ですか、それとも何かの冗談でしょうか。まったく面白くありません、0点」
『答えよ、小娘。さもなくば、』
「さもなくば?」
娘が欠片も表情を浮かべていない――精巧な仮面といわれても納得できる顔を僅かに横に傾げる。
『殺、――』
「その冗談は旦那様ほどに面白くありません。というよりも今一度ご自身の状況を理解してみては如何でしょう。その頭で理解できたならの話ですが?」
『小娘ェ……!』
このメスの運命は決した。いや、我の前に姿を現したときからこのメスの未来は既に死でしか満たされぬ。
「理解できないなら私が言葉にして申し上げて差し上げましょうか? このワン公」
『何を……』
「ふふ、そのように口先だけ達者なのはどこか旦那様を思わせます。好感度アップ、ですよ? ――最も私の身も心も全ては既に旦那様の、旦那様だけのモノでございますが」
『――』
そのとき、仮面の様な無表情だったメスが僅かに笑みを浮かべた瞬間に、ようやく気がついた。
今、我が感じているありえないはずの感情、そして“この異常な状況”が。
我は確か、我が城の王の間で昼寝をしていたはずだ。だというのに、我は今なぜ大地に足をつけている?
それに我が周囲を見よ。あの、視界の端で情けなくガタガタと震えている数百の影は我が腹心どもではないか?
だが何より。何よりも、だ。
「そうですね。ではあなたのことはへたれちゃんと名付けましょう。略称でヘカトンケイル、ええ、『旦那様は旦那様である』という世界的至高の名言の次の次の次の次の次の次の……まあ後軽く五億後程度にはよい名前です」
『……』
「それで――ああ、如何やら漸くご自身の状態が理解できたようですね、へたれちゃん」
――我はっ、なぜこのメスに絶対服従のポーズをとっているのだッ!!
「それは貴方が強いからですよ、へたれちゃん。あちらに転がしておいた阿呆どもと違って、だから理解できるのでしょう? “強者”と“弱者”の絶対的な差のほどを」
「……グゥゥ」
それになんだ、先ほどからこのメスはっ、まるで我の思考を先読みするかのように、
「まさか、私は思考など読んでおりませんよ? なぜ皆様方がそのような勘違いをなさるのか不思議でなりません」
『……』
それが、思考を読んでいるといわず何と言うのか!
「経験の賜物です」
『グガッ……!』
もはや何も言うことはない、考えることもない。だから我は何も考えてなどいない!
「はい。それではへたれちゃん、いえ――改めまして『魔王』、お目にかかるのは初でございますね?」
『小娘、貴様、何モ――』
何モの、と続けようと、はたと気づいた。
“くすんだ銀髪”の、メス――など、“この世界には存在していない”。
ヒトは今は不在の神どもの祝福により、“赤”“青”“緑”の三色どれかあるいは複数色の加護を持つ。それは龍種、妖精族、巨人族、小人族に差はなく、例外は世界の守り手たる『創造の白龍』の“白”と、世界の壊し手たる『破滅の黒龍』その眷属たちの“黒”その二色だけ。
銀は“白”の唯一たる色であり、それがくすむことなどありえない。ゆえに“くすんだ銀髪の女”などという存在はこの世界のどこにもいないはずだというのに。
『――小娘、本当に何モノだ』
「私は旦那様のものですが、あえてあなたに関係あるように申し上げるとすれば、あなたの飼い主でしょうか、へたれちゃん」
『ふざ、』
「ふざけてなどおりませんとも。私は常に本気です。旦那様の喜びと苦痛とマゾッ気と被虐的性癖とどうしようもないほどに屑っぽい根性のためにあなたを『教育』して差し上げましょう、世界が創った、憐れな今代『魔王』」
『グガッ!!??』
我は、魔王……この世界で最強の……
◇◇◇
そして気がついたらここにいた。
おのれ、あの女っ、全てはアレが元凶で――今に見ておれぇぇぇ!!!
……あ? 『勇者』?
ふん、いまさらそのような小物、我にとっては如何でも良いわ。あの女を見返してやること、それが今の我の全てだ。