REVERSAL-01
・・・何かよくわからなくなった。
(推定)勇者の少女のお話?
「……、」
その少女はゆっくりと、まるで目を覚ますことを躊躇うかのようにして目を開いた。
「――お、ようやく起きたか」
漆黒の瞳――この世界では『厄災』として忌み嫌われる、否、真に世界の“敵”として存在するその瞳に最初に写ったのは、みすぼらしい一人の老人の姿だった。
「ほら」
「?」
差し出されたものを反射的に受け取る。器の中から漂う匂いに自然とお腹が空腹を訴えていた。
「――ぁっ」
「とりあえず食っとけ」
「ぁ、ありがとうございま、っっ!」
礼を言いかけた直後、視界の端に写ったソレ――自身の黒髪に少女は反射的に両手で頭を隠していた。とはいっても全く、隠しきれていなかったが。
結果として、器の中身が盛大に零れ落ちた。
「……ふむ」
「ぁ、ぁのその……ごめッ――」
「……こう、白濁色の液体をぶっか――」
「ぇぅ?」
「げふんげふんっ……いや、そのくらいに気にするな。その黒髪と黒瞳の事も加えて、な」
「……――ぇ?」
少女は。
気づいたときに『この世界』にいた少女にとって受けた仕打ちは一言で表すことのできるものだった。即ち、迫害。
それに心をすり減らしてようやく慣れてきた、慣れてしまった頃に、その一言があった。
初め、何を言っているのだろうと不思議がり。次にだまそうとしているのかもしれないと疑いを持ち。最後にそれでもいいかと諦めを持ちかけた頃。
「――っし、これで好感度アップ!」
「……?」
ほんの僅かな囁き声。
何か今、とてつもなくおかしな言葉が聞こえた――そんな気がしてが聞こえた気がして少女は目の前の老人を思わず凝視していた。
「……」
「……」
老人は気難しそうな顔をしたまま視線を逸らさない。
少女も、なんとなく逸らしたら負けかな、という思いとともに視線を逸らさなかった。
「……」
「……」
「…………」
「……」
気のせいか、目の前の老人の額から汗のようなものが滲み出している気がした。
途方もなく、それは少女にとって理由は定かでないが『この世界』に来てから初めての感覚だった。
――どうしようもなく、気が抜ける……気がした。
「ぁ、あの――」
くぅ
決意一心、話しかけようとした瞬間に少女の腹の音がなる。
「何だ、そんなに腹ぁ、減ってたのか。おら、遠慮せずに食え」
「ぁ、ぁの……」
「何だぁ、あれだけでかい腹の音鳴らしといて、いらねぇってのか?」
「ぁ、いえ、そうじゃなくて……」
「なら食え、食っちまえッ」
「ぁ……ありがとう、ございます」
「ふんっ、そんなにでかい腹の音を聞かせられてりゃこっちも気が散ってしかたねぇからな」
「……」
器の中の、ソレが何かは分からなかったが――白濁色の粘性のある液体などに彼女は心当たりがなかった
――漂ってくる甘い匂いが食欲を誘う。
一口、含むと初めて味わう、何とも言えない甘味が口の中に広がって、
「おいおい、そんなに慌てることぁ、ねぇだろうが」
「……」
我に返ったのは老人のその言葉を聞いたときだったが、それでも白濁色の液体を飲むのをやめる気にはなれなかった。
だから器の中身を飲み終えたとき無遠慮に老人が差し出してきたもう一杯、それに迷うことなく手を伸ばしてしまっていたのは仕方なかった。
一杯、二杯、三杯、四杯、五杯、六杯……と、七杯目まで老人が差し出してきたときには流石に謹んで遠慮させてもらった。
「……ご馳走様でした」
「おう、いい飲みっぷりだったな、嬢ちゃん」
「……」
「照れるな照れるな。それだけ腹ぁ、減ってたってことは元気な証拠だ。生きてるだけ儲けモノと思ってきな」
「生きて……」
「おう、お前さん――というより麓の村な、久々に降りてみりゃ魔族に襲われて滅んでるときたものだ。驚いた、驚いた」
「ぁ、ぁの、誰か――」
「ちなみに、生き残りは嬢ちゃん一人だけだ。他のやつぁ、全滅だ」
「そう、ですか……」
「ったく、最近の奴らは情けなくて仕方ない。俺から言わせてみりゃ、殺す方は当然悪いが、殺されるほうも悪い」
「そんな、」
「そんな言い方は酷いとでも言う気か? 嬢ちゃんが“生きてきた世界”はどうか知らないが、ここはそう言う“世界”だ。酷いといって死んでりゃ訳ないぜ」
「……」
「少なくとも嬢ちゃんが生きてきた世界の常識なんざ、ここじゃ微塵も役にたたねぇよ。そこンところ、起きたなりのあの態度からすれば十分理解できてんじゃないのか?」
「それ、は……」
「はっ、まあいいや。嬢ちゃんの事情なんて俺には関係ないことだしな」
「……」
「それはそうと嬢ちゃんよぉ」
「は、はい……?」
「腹ぁ、膨れたか?」
「は、はい。ありがとうございます」
「そうかい、そうかい。なら目の方はもうばっちり覚めてるか?」
「え、あ、はい。それは……」
「そうか。そりゃよかった。なら出て行ってもらおうか」
「……ぇ?」
「あん? 俺はお前が行き倒れてたから拾ったが、ただそれだけだぞ? 起きたんなら出てくのは当然だろうが」
「ぁ、はい。それはそう、です……ね」
「ふっ、俺にほれたのなら仕方ない」
「はい?」
「……げふん、げふん。いや、なんでもない。ほら、元気になったなら出て――いや?」
「?」
「そう、だな。その黒髪と黒瞳、案外それも面白そうだ」
「あ、あの、いったい何の話――」
「気が変わった。くくっ、、嬢ちゃん、お前を鍛えてやるよ」
「……はぇ?」
「そうだな、とりあえず世界で四番目位の強さにはしてやるさ。そう――30日くらいでな」
「は? え、あの、その、どう言う話……」
「ああ、嬢ちゃん、拒否権はねえぞ? さっき嬢ちゃんが飲んだの、実はエリクシルとか言う一杯で城一つたつほど高価なものでな」
「え、の、何を急に……!?」
「ま、その代金だと思って素直に俺に鍛えられとけ」
「そんな!?」
「――ま、どちらにせよ俺に鍛えられなきゃ、嬢ちゃんにこの世界で生きる術はないだろうけどな」
「……」
「くくっ、これでしばらく、いい暇つぶしができそうだな」
「……」
・・・頭が痛い。