ど-618. そうだ、行き倒れよう!
行き倒れっ、行き倒れっ
・・・なぜこうなっている?
「……なあ、」
「はい、そのように一見深刻そうなお顔をされていかがなさいましたか旦那様」
「……――生きるって何だ? 人って何なんだろうな?」
「生きるというのは旦那様を見習わないことで人というのは旦那様以外の全存在のことですが、それが何か?」
「ソレ酷いな、おい!?」
「……ふむ、今のは中々の名言かもしれません。『生きるとは其れ、旦那様を見習わないこと也』。今度世界の名言集百選に加えておくことにしましょう」
「いやいやっ、それ全然名言じゃないからなっ!?」
「旦那様のお陰で今日もまた有意義な一日になりそうです。ありがとうございます、旦那様」
「何か釈然としない、つか礼を言われる意味わかんないんですけど?」
「それはそれとして旦那様、宜しいでしょうか?」
「って、おぉい!? 俺の言葉は完全スルーかよっ!?」
「先ほどから旦那様の腹の虫の音がうるさいので黙らせてくださいませんか?」
「無理」
「ならば私が黙らせて――」
「いや、だから無理だからっ、つか黙らせたいのなら何か食べ物でも持ってこようぜっ!? もう五日も何も食べてないんだがっ!!」
「ご心配されずとも私は一年程度は一切飲まず食わずでも耐えられます」
「や、誰もお前の心配とかしてないから。つかお前が大丈夫でも俺が大丈夫じゃねえんだよ!」
「昔聞き及んだ話ですと“センニン”とやらは霞を食していきているそうです。“センニン”とやらに出来て旦那様に出来ぬ道理はございません」
「無理だから! 霞だけ食って生きるとか、ンな与太話誰から――、と、とにかくそれは無理だから! ……そもそもの話ここ五日、霞すら出てねぇよ」
「大丈夫でございます、旦那様」
「いや、だから俺自身が大丈夫じゃないと、」
「そこまで堂々と大声で叫んでおられるのです。まだまだいけるはずです、旦那様っ」
「……ぁ、駄目だ。何か意識すると眩暈がしてきた」
「それは気のせいではございませんか、旦那様?」
「気のせい違うよ!? ご飯食べてないの事実だからっ!」
「旦那様はやれば出来るお方でございます。目指せ、行き倒れ!」
「まだそれ引きずってんの!? つか、だから行き倒れとかしねえよ、してたまるかっ」
「ふふっ、口ではそう言いつつも体の方は正直ではございませんか」
「……そりゃなー。だって腹減ってるし」
「では旦那様、率直にお尋ねいたします。後どれほどで行き倒れますでしょうか?」
「率直過ぎだな、おい!?」
「回りくどい言葉では旦那様が理解できませんので、致し方御座いません」
「ゃ、それくらい理解できる……はず!」
「左様で御座いますか。……仕方ありませんね、では後十日ほど断食を強制してみますか」
「止めて!? 俺死ぬから、餓死するよ!?」
「むざむざ旦那様を死なせはしません。引き際は心得ます。正しく立派に旦那様を行き倒れにして見せましょう!」
「何か訳分からない所で張り切るな!?」
「私にかかれば一人の行き倒れを作ることなど造作も御座いません」
「作るなよ!? お願いだからそんな訳分からない事で頑張らないで!?」
「しかしながら旦那様、そのようにお腹が空いていらっしゃると主張するのであればご自身で餌をとっていらしてはいかがですか」
「……ゃ、餌とか言うなよ」
「では獲物、と。――ああ、どこをどう間違ってかは存じませんが、獲物と言ってもどこかの訳ありの女性では御座いませんよ?」
「そんな事は分かってる」
「それはどうでしょうね……。ではご自身で狩って、もしくは採取してこられてはいかがですか?」
「……、この見渡す限り草原の、どこで何を取れと?」
「そうですね。では私はそろそろ昼食にいたしましょうか」
「って全然会話がつながってねー!! つかその手に持った握り飯は何だ!?」
「私の本日の昼食ですがそれが何か?」
「俺に遣せ!!」
「口移しでよいのであれば喜んで」
「……、いやそこまでのプライドは捨ててねえ!!」
「では今の間は何でしょう?」
「うるせ。俺だって悩むことくらいあるわ」
「いえ、むしろ悩んでおられない旦那様はありえないのでは御座いませんか?」
「流石にそこまでは、」
「ない、などと言い切れるはずが御座いません」
「……」
「まあだからといってこれを旦那様に差し上げる気など毛頭御座いませんが」
「鬼か、お前はっ」
「私は鬼族では御座いません」
「いや、そういう意味じゃなくて、」
「――まあ、旦那様にだけ断食させるのも申し訳が御座いませんし、やはり私も昼食をとるのは止めておきましょうか」
「……お前には分けて二人で食べようとか、そういう気はないのか」
「当然、あるはずがないではありませんか。その程度、聞かずとも理解しておられるはずで御座いましょう?」
「分かっていても聞かずにはいられないことも時としてある」
「では私も食をとるのは旦那様が行き倒れるまで待つことにしましょう」
「ねえ!? お願いだからもうその俺を行き倒れさせようとか言うわけの分からない頑張りを止めてほしいんだがっ!? いや真剣に止めろよ、おい!」
「段々と楽しくなってきたので断ってもよろしいですか?」
「駄目!」
「と、こうして無駄に旦那様を叫ばせることにより体力を奪っていく作戦は着々と成功しております」
「おま、おま……っ」
「はい、旦那様。何か言いたそうにしながらも言葉が出ないご様子ではありますが、如何なさいましたか」
「……いや、もういい。何も言わない。無駄な体力も使わない」
「それは苦しみを長引かせるだけだと分かっていての発言と捕らえてよろしいですね、旦那様」
「……よくない」
「まあ旦那様が泣こうが喚こうが結果は変わりませんが。……愛を囁けば変わるかもしれませんが」
「愛してるぜ!」
「言葉が限りなく安いですね、旦那様」
「ふっ、空腹の前には全てが無意味だ」
「ですがその程度の言葉では私の心は微塵も揺れません」
「……俺、お前がいないと駄目なんだ」
「――少しグッときました。ですがその程度で私を倒すことなどまた夢の夢、」
「ヤ・ら・な・い・か?」
「……――ふむ、旦那様」
「ぉ、おう」
「こちらを進呈いたしましょう」
「っしゃあああああああ!!!!!!!!!!! ぁ、……ぅ、眩暈が――」
「まあ、とは言っても今旦那様に差し上げたのは一見握り飯に見せかけた――実に巧妙な作り物です。食べられません、勝った後も」
「ってぬか喜びかよ!!??」
「やはり私としては言質よりも態度で示して頂いたほうが嬉しいですから。好感度ポイントはその分、下がります」
「くっ、うぅ……む、無駄に叫んだせいで余計に腹減ったぁぁぁ~」
「そうして旦那様は着々と私の手の内に落ちていく――完璧ですね」
「ぁ~、ぅ~……く、食い物を。せめて旅人とか冒険者とか商人とか通りすがりの食べ物くれる怪しい風貌のおっさんとか、通りかかってくれないものかっ」
「少なくとも私が見ている範囲……そうですね、旦那様の歩行速度で言えば一日ほどの距離でしょうか。ヒトに限らず魔物、動物の類も含め、影ひとつ御座いません。危険は御座いませんのでご安心くださいませ」
「そ、それは安心とは違う……くっ、今日はもう極力体力を消耗しないように……はぁぁ、黙って歩くか」
「はい、旦那様」
「……」
「……」
レムが行き倒れることに、理由など必要ない!