ど-616. そんな気分の日もある
「……鬱だ」
「旦那様?」
「なんというか……俺は何て駄目な奴なんだ。駄目駄目のペケペケ、最低のグズ野郎だ」
「!! 旦那様っ、旦那様をグズ呼ばわりしてよいのは旦那様以外の全生命体だけで御座いますっ、旦那様が旦那様のことをグズなどと、呼んではなりません!!」
「……はぁ」
「……と。おや?」
「……はぁぁぁぁ、俺は駄目だ、駄目な奴なんだ。生きてる価値なんてないし?」
「ッ、旦那様!」
「あ?」
「そのようなことは決して御座いません!」
「……、ああ、そうだよな。どうせ俺なんて死ぬ価値すらないしな。もう何て言うのか……毒にも薬にもならない、そこにあるだけの存在だよな、俺って」
「旦那様っ、一体如何なされたというのですか!」
「? 如何したもこうしたもないぞ? 俺はただ、至極当たり前のことを言ってるだけだろ?」
「そのような旦那様は旦那様らしくありません!」
「俺らしく? 俺らしいってどんなのが俺らしいんだ? 俺はいつだってこんな感じだろ? なんつーか、無価値で無意味で無駄で……あぁ、駄目だ、自分で言っててまた鬱になってきた」
「……旦那様、一体どうしてしまわれたのですか?」
「どう?」
「はい、旦那様。いつもの旦那様は厚かましいという言葉が本当に似合う、百害あってなお千害あり、のお方では御座いませんか。それが今は見る影もなく……」
「ああ、俺さ、ふと気がついたんだよ。俺って何て……駄目な奴なんだろう、ってさ」
「いえ、確かに旦那様がダメダメのお馬鹿では御座いますが、この世界に生きる存在全てが旦那様の事を毛の先から端まで貶そうとも、旦那様だけはそのようなことを仰られてはいけません」
「ああ、なるほどな。つまり俺には自分をけなすほどの価値もない、と。分かる分かる」
「……旦那様? やはり少々様子がおかしいようですが、いかがなされたのですか?」
「ゃ、いかがも何も、特に理由はないんだが?」
「左様でございますか」
「ああ」
「しかし……ふぅ」
「――旦那様? あまりそのように、『俺ってこんなに不幸なんだぜ、可哀想過ぎるだろ、な?』などという態度をなさってばかりなのはあまり感心できませんよ? それとも慰めてほしいのですか?」
「あ、や、そういうわけでも……お前の慰めとか、特に要らないし」
「そこまで旦那様が切望なされるというのであれば致し方御座いません。私が全力を持って旦那様のことをお慰めいたしましょう」
「だから、別に望んでないし」
「大丈夫で御座います、旦那様。私には旦那様の心の声が聞こえます。ああ、いえ少々訂正しましょうか、たとえ心の声が間違っていようとそれを是とさせるだけの自身が御座います」
「や、それは駄目だと思うぞ?」
「旦那様以上に駄目なものなどこの世界に一片たりとも存在しておりません」
「……それもそうか」
「はい」
「……あぁ、なんつーか。何か考えてるだけでも自分が嫌になってくるな、つか、欝だ」
「旦那様、こういうときには気分転換でもなさってはいかがですか?」
「気分転換、か。そうだなー……まぁ、それもありっちゃ、ありかぁ」
「はい。今ならばちょうどお勧めの暇つぶしが御座いますが、いかがなさいますか?」
「暇つぶし? ……そうだな、なら、その暇つぶしとやらでもしてみるかー、あ、いや待て? でもこんな俺なんかがすることだし、他のやつ等に迷惑が掛かったりなんかしたら目も当てられないなんてことも」
「そのようなこと、旦那様が態々気になさらずとも心配するだけ無駄というもので御座いましょう。些細なことであれ、旦那様が動かれる以上は周囲に迷惑以下を振りまくことは御座いません」
「……おい待て。それは流石にいい過ぎな気も、しないでもないような?」
「では。旦那様。これより暇つぶしに参りましょうか」
「ああ、そうなー」
「では、」
「……ぁ、そういえば聞いてなかったが、そのちょうどいい暇つぶしとやらってなんだ?」
「ああ、『そうだ、勇者を凹りに行こう!』堂々世界めぐりの旅で御座いますが、旦那様が気に留めることでもないでしょう」
「は? 勇者を凹……?」
「では。Let's go――と参りましょう」
ときどき、ブタ