ど-78.旅行に行きたいです?
朝のお伴?に一分の小説。
「…旦那様?」
「疲れた。疲れすぎた」
「御苦労さまで御座いました、旦那様」
「…ふー。で、だ。ひとつ聞きたい事があるのだが、いいか?」
「はい、なんなりとご伺いくださいますよう」
「俺ってさ、どうして七日ほどで世界一周徒歩横断なんて無茶苦茶な事をやってたんだ?」
「そのような尋常ではない旦那様の胸の内にのみ答えが存在するような事柄を私に尋ねられましても、お応えいたしかねるのですが」
「だよな。いやまて」
「はい」
「そもそもの発端としてお前に言われてた気がするのですが?」
「…旦那様」
「何ですかそのいかにも哀れな人を見るような目は何か言いたい事があるのなら逆に言ってくれた方が俺としては気が楽なのですが!?」
「お疲れのところ、一息でのご不満の発露、御苦労さまでした」
「言う事はそれだけ?それだけなのか!?」
「では。旦那様のご不満を要約いたしますに、つまりはこのような事でございますね。思うところがあるのであれば、はっきりと物申してもよろしい、と」
「ああそうだよ。珍しく何の捻りもな…て、待てよ俺」
「旦那様がお望みとあらば、私も率直に申し上げさせていただきましょう」
「いやお前も待――」
「今回の件は旦那様の突拍子もないご要望を叶える為に企画立案して検討再検討を幾度となく行い、ですが旦那様の行き当たりばったりな“隷属の刻印”を刻まれた方々を買い漁ると言う浅ましくも欲望に忠実な行いにより全て気泡と化してしまったのですがそれでもやはり問題は私の方にある、とそのような御見解で?」
「――て。て、おい」
「はい、なんでございましょうか旦那様。そして旦那様のご要望通り、私は確と口を慎むとしましょう」
「いや何であの一瞬であそこまでの事を言い切る事が出来るかな、と。俺が一口開く間の出来事として致命的に間違ってはないか?」
「その旦那様の疑問には残念ながらお応えする事は叶いません。口を慎めと言われたばかりですので」
「いや、それはもういいからさ。俺の質問に答えようよ、ねえ?」
「そうなのですか?」
「ああ。だから」
「では改めまして、旦那様。旦那様御自身の都合により行動なされるのはいつもの事であり、それについて私が不満を感じるなどあろうはずもございません」
「何かさっきと言ってる事違わない?それよりも俺としては先ほどの一瞬の出来事の事を、」
「たとえ旦那様がお買いになられた“隷属の刻印”を刻まれた方々を世界を巡ってまでも彼らの故郷まで送り届け、あまつさえそのまま“刻印”を解放してきてしまわれたとしても、一向に私などの関するものではございませんとも」
「…えと、さ。やっぱり不満に思ってる?」
「いえ、全く?旦那様の行いで御座います、何か、私には思いつきもしない深い思慮が隠されているのでしょう。よしんば隠されていないとしても、悪逆非道の権化であり事実無根の潔白な旦那様の行いとしては最良の部類に入る行為と言えましょう。それを何故私が不満に思う事がありましょうか」
「なら、どうしてあいつらの故郷の場所を間違ったところばかり教えたんだよ?つか、結局徒歩三日も掛からないところにあったのに、俺の苦労はなんだったの!?」
「決して旦那様の愚行を眺めて高笑いなどいたしておりませんとも」
「衝撃の告白っ!?なにその好きな子をいじめてました、とも言えないイジメは!?」
「いえ、ですからそのような事は決してしておりませんと、申し上げているではないですか。…旦那様?」
「笑ってる!お前、顔が今笑ってるからニヤけてるからっ!!どうせ高笑いじゃなくって笑いを押し殺してたとか、そんなオチなんだろどうせっ!!!」
「旦那様はお心が荒んでおられる様子。ご休息をお勧めいたします」
「そもそも誰の所為で――ったく!!」
「では率直に申し上げさせていただくことといたしましょう」
「初めからそう言え、初めからっ」
「では旦那様。旦那様はご帰還なされてから、一番最初に言うべき事が何かあるのではございませんか?」
「――」
「旦那様?」
「――あぁ。つか、お前が機嫌が悪かったのはそれか」
「はい、勿論。ですから先ほどから申し上げている通り、旦那様の行いに不満を持つなど、全く以てあり得ない事で御座います」
「ったく、ああもう、さっきから一人で喚いてた俺がバカみたいじゃないか」
「…今更自覚なされても」
「ああもうクソっ。………ただいま帰った」
「――はい。お帰りなさいませ、旦那様」
本日の一口メモ〜
メイドさんは意外と礼儀には厳しいです。育った環境の所為も若干ありますが。
旦那様の今日の格言
「イジメってのはな、イジメられてる本人も悪いんだ…って、俺も!?」
メイドさんの今日の戯言
「旦那様に悪い所など、一片如きで語りきれるものではありませんとも」
追伸:済みません。前回の『灼耀』の説明をしようと思ってたのですが…なるべく次回までには挟むように…
それほど大げさなものでもないですけどね。